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不安
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それからも色々あった。
母が王宮を出てベネット邸で働き始めて数日後。
わたしは、妙な不安に襲われた。
時間はすでに夜。
暗くなっていく外を見て、たった一人、この世界に取り残されてしまったかのような不安に襲われたのだ。
体が震えた。
自分で自分を抱き締めても、何も変わらない。
「お母さん……」
会いたくて、でももう王宮にいないことを思い出して、さらに震える。
どうしようもなく怖くなって…………、そこで頭に浮かんだのが、アレクシス殿下だった。
殿下に会いたい。
それ以外何も考えられず、部屋を飛び出した。
夜とはいっても、場所は王宮だ。
人はそれなりに残っている。
途中、誰かに声を掛けられたかもしれない。
でも、それを全部振り切って、気付けば殿下の部屋の前まで来ていて、部屋から出てきた殿下の胸に、飛び込んでいた。
やっぱり、殿下に抱き締められていると、安心できる。
程なく、体の震えが止まった。
「落ち着いたか?」
それを見計らったかのように殿下に声を掛けられて、わたしは頷いた。
「急に、どうした?」
その質問に、わたしは何も説明していなかったことを、やっと思い出した。
わたしが落ち着くまで、殿下は何も聞かずにいてくれたのだ。
不安に襲われて、母に会いたくなった事。いないことを思い出して、ますます怖くなってしまったこと。
アレクシス殿下の事が思い浮かんだら、いても立ってもいられなくなって、気付けば部屋まで来てしまったことを話す。
「そうか」
聞き終えた殿下の言葉は、素っ気ない一言。なのに、何だか優しい一言だった。
※ ※ ※
その後も、しばらくそのままでいてくれた。
やがてもう大丈夫だと思って、殿下から離れようとしたけれど、離してくれない。
「あの、殿下……。もう平気ですので……」
「アレクだと言っているだろう。……離れると、お前の格好が見えてしまうから、このままでいろ」
一瞬何のことだと思って、すぐ思い当たって血の気が引いた。
時間は夜。
すでに寝る時間だった。
だから、わたしはもう着替えも済んでいて、夜着姿なのだ。間違っても、万人に……男性に見られていい格好じゃない。
こんな格好でわたしは王宮の中を走って、殿下の部屋まで来てしまったのだ。
散々、公爵閣下やユインラム様に体つきを揶揄されたことを思い出す。
こんな姿を見せてしまって、どれだけ気分を悪くさせてしまっただろうか。
先ほどとは別の意味で、泣きたくなった。
「申し訳、ございません。本当に、ご迷惑をおかけして……。あの、毛布か何か、お貸し頂けないでしょうか。見えないようにして、部屋へ戻ります」
「……お前さ、何か勘違いしているだろう。俺の言い方も悪かったかもしれないが」
「え?」
顔を上げる。
けれど、殿下の顔が想像以上に近くて、また逸らす。
そうしたら、殿下の体が震えて、笑い声が聞こえた。
「俺が何を考えているか、教えてやろうか。――リィカが夜着姿なんかで飛び込んできてくれたんだから、このままベッドに連れ込んでも問題ないよな」
「お、お、お、大ありです!!!」
真っ赤になって、どもって言い返した。
さすがに、その意味は分かる。
そうか。心配すべきはそっちだったのか。
公爵閣下とユインラム様に揶揄された事なんて、ぶっ飛ぶくらいの衝撃だ。
そうなると、このまま抱き締められているのは、危険な気がする。
いやでも、離れて姿を見られるのもマズい……?
どうするべきか、頭の中がパニックだ。
そうしたら、また殿下の笑い声が聞こえた。
ふわっと優しく頭を撫でられる。
「冗談だ。一応、今のところはな。……少し待ってろ」
本当に冗談なのか分からない言葉を残して、殿下はわたしから離れて、奥へ行った。
戻ってきた殿下は、上着を一枚持っている。
それを、わたしの肩にかけてくれた。
見覚えのある上着だ。
殿下がよく普段着として着ている服だ。
「部屋まで送るよ」
「え、いえ……っ……!」
一人で戻れる、と言おうとしたら、それより早く殿下に抱えられた。
横抱きのこの体勢は、殿下の顔が近くて、恥ずかしい。
「で、殿下! 一人で大丈夫ですから!」
「暴れると危ないぞ。それと、アレクだ」
危ないなら降ろしてくれればいいのに、殿下はさっさと歩き出してしまう。
しょうがなく、大人しくする。
恥ずかしくて嬉しくて、ドクドク鳴る心臓の音が大きくて、殿下に聞こえてしまわないか緊張した。
もう不安は感じなかった。
一晩貸すから、と殿下が置いていってくれた上着を抱き締める。
すごく、暖かかった。
※ ※ ※
「リィカ。ベネット家の監査に一緒に行くぞ」
それから一週間ほど経ったある日。
唐突にアレクシス殿下に言われて、急いで準備をした。
わたしを連れて行く理由が何かあるのかと思ったけれど、単に母と会わせてくれただけだった。
わたしが監査で何かをすることはなく、わたしは母と一緒の時間を過ごして、母の手料理を食べた。
本当に、ただそれだけのために、連れてきてくれたのだ。
「いい人だね」
母の言葉に、ただ頷いた。
母が王宮を出てベネット邸で働き始めて数日後。
わたしは、妙な不安に襲われた。
時間はすでに夜。
暗くなっていく外を見て、たった一人、この世界に取り残されてしまったかのような不安に襲われたのだ。
体が震えた。
自分で自分を抱き締めても、何も変わらない。
「お母さん……」
会いたくて、でももう王宮にいないことを思い出して、さらに震える。
どうしようもなく怖くなって…………、そこで頭に浮かんだのが、アレクシス殿下だった。
殿下に会いたい。
それ以外何も考えられず、部屋を飛び出した。
夜とはいっても、場所は王宮だ。
人はそれなりに残っている。
途中、誰かに声を掛けられたかもしれない。
でも、それを全部振り切って、気付けば殿下の部屋の前まで来ていて、部屋から出てきた殿下の胸に、飛び込んでいた。
やっぱり、殿下に抱き締められていると、安心できる。
程なく、体の震えが止まった。
「落ち着いたか?」
それを見計らったかのように殿下に声を掛けられて、わたしは頷いた。
「急に、どうした?」
その質問に、わたしは何も説明していなかったことを、やっと思い出した。
わたしが落ち着くまで、殿下は何も聞かずにいてくれたのだ。
不安に襲われて、母に会いたくなった事。いないことを思い出して、ますます怖くなってしまったこと。
アレクシス殿下の事が思い浮かんだら、いても立ってもいられなくなって、気付けば部屋まで来てしまったことを話す。
「そうか」
聞き終えた殿下の言葉は、素っ気ない一言。なのに、何だか優しい一言だった。
※ ※ ※
その後も、しばらくそのままでいてくれた。
やがてもう大丈夫だと思って、殿下から離れようとしたけれど、離してくれない。
「あの、殿下……。もう平気ですので……」
「アレクだと言っているだろう。……離れると、お前の格好が見えてしまうから、このままでいろ」
一瞬何のことだと思って、すぐ思い当たって血の気が引いた。
時間は夜。
すでに寝る時間だった。
だから、わたしはもう着替えも済んでいて、夜着姿なのだ。間違っても、万人に……男性に見られていい格好じゃない。
こんな格好でわたしは王宮の中を走って、殿下の部屋まで来てしまったのだ。
散々、公爵閣下やユインラム様に体つきを揶揄されたことを思い出す。
こんな姿を見せてしまって、どれだけ気分を悪くさせてしまっただろうか。
先ほどとは別の意味で、泣きたくなった。
「申し訳、ございません。本当に、ご迷惑をおかけして……。あの、毛布か何か、お貸し頂けないでしょうか。見えないようにして、部屋へ戻ります」
「……お前さ、何か勘違いしているだろう。俺の言い方も悪かったかもしれないが」
「え?」
顔を上げる。
けれど、殿下の顔が想像以上に近くて、また逸らす。
そうしたら、殿下の体が震えて、笑い声が聞こえた。
「俺が何を考えているか、教えてやろうか。――リィカが夜着姿なんかで飛び込んできてくれたんだから、このままベッドに連れ込んでも問題ないよな」
「お、お、お、大ありです!!!」
真っ赤になって、どもって言い返した。
さすがに、その意味は分かる。
そうか。心配すべきはそっちだったのか。
公爵閣下とユインラム様に揶揄された事なんて、ぶっ飛ぶくらいの衝撃だ。
そうなると、このまま抱き締められているのは、危険な気がする。
いやでも、離れて姿を見られるのもマズい……?
どうするべきか、頭の中がパニックだ。
そうしたら、また殿下の笑い声が聞こえた。
ふわっと優しく頭を撫でられる。
「冗談だ。一応、今のところはな。……少し待ってろ」
本当に冗談なのか分からない言葉を残して、殿下はわたしから離れて、奥へ行った。
戻ってきた殿下は、上着を一枚持っている。
それを、わたしの肩にかけてくれた。
見覚えのある上着だ。
殿下がよく普段着として着ている服だ。
「部屋まで送るよ」
「え、いえ……っ……!」
一人で戻れる、と言おうとしたら、それより早く殿下に抱えられた。
横抱きのこの体勢は、殿下の顔が近くて、恥ずかしい。
「で、殿下! 一人で大丈夫ですから!」
「暴れると危ないぞ。それと、アレクだ」
危ないなら降ろしてくれればいいのに、殿下はさっさと歩き出してしまう。
しょうがなく、大人しくする。
恥ずかしくて嬉しくて、ドクドク鳴る心臓の音が大きくて、殿下に聞こえてしまわないか緊張した。
もう不安は感じなかった。
一晩貸すから、と殿下が置いていってくれた上着を抱き締める。
すごく、暖かかった。
※ ※ ※
「リィカ。ベネット家の監査に一緒に行くぞ」
それから一週間ほど経ったある日。
唐突にアレクシス殿下に言われて、急いで準備をした。
わたしを連れて行く理由が何かあるのかと思ったけれど、単に母と会わせてくれただけだった。
わたしが監査で何かをすることはなく、わたしは母と一緒の時間を過ごして、母の手料理を食べた。
本当に、ただそれだけのために、連れてきてくれたのだ。
「いい人だね」
母の言葉に、ただ頷いた。
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