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第四章:万世流転編
第八話「破壊のその先」 その一
しおりを挟む意思疎通という一点において、皇国軍の捕虜となった異世界人たちの驚きは相当なものだった。
彼らは事情聴取として行われる諸々のやりとりの間、皇国の軍人や官僚たちの会話に耳を欹てていたが、もちろん理解することはできない。
だからこそ、収容所の食堂などで捕虜同士が会話をする機会があれば何の気兼ねもなく言葉を交わしていた。その中には、脱走計画に発展しかねないものもあったが、彼らは自分たちを監視する兵士がこちらの言葉を理解しているはずがないと思っていた。
だがそれは、彼らの常識による思い違いだった。
「――君たちの崇める存在だが、我らの君主に侍ることになった。これは両者の合意の上でのことである」
軍の尋問官がある日、一斉に捕虜たちの代表にそう告げた。恐ろしく正確な発音の彼らの言葉で。
「え?」
代表者たちはほぼ全員が、そう返した。
二重の意味での驚きが彼らから冷静な判断力を奪った。
「陛下は君たちを次元間難民として取り扱う決定を下された。君たちの元々暮らしていた世界の安否について、君たちの崇める存在が諸君らにとって好ましからざる情報を提供したからだ」
代表者たちはそこでようやく、自分たちの今までの会話が彼らに筒抜けだったことを知る。しかしそれ以上に、自分たちをこの世界に導いた神が、すでに誰かの支配下にあることを知らされ、衝撃を受けた。
そこから、代表者たちの反応はふたつに分かれた。
尋問官に食ってかかり、己の信仰の拠り所を穢されたと罵る者。中には尋問官に手を出して拘束され、自室に拘禁された者もいた。
そしてもう一方は、事実関係をより詳細に確認し、その結果として皇国に随順する者だ。数としてはこちらの方が多勢であり、皇国側の担当官が胸を撫で下ろした。
前者の中には暫く自室で暴れる者も出たが、彼らの信仰対象に従うという名目で皇国に降った同輩に説得され、やはり大半が己の立場を受け入れた。そして残りも、ここから一年という時間を掛けることで、ようやく全員が自分の立場を受け入れるに至った。
それからの彼らは、自分たちが転移してきた地点に居留地を構えることになる。
後にブラオン荒原に点在する鉱山都市。その中枢として栄えることになる〈リリステア〉の興りだ。
採掘から再生成、製造までを一括で行うこの地は〈ニーズヘッグ〉と並んで皇国の工業を支える存在となるが、彼らはいつか自分たちの世界へと通じる扉が開くことを期待していたのかもしれない。
しかし、その期待は決して報われることはなく、異世界の民たちはゆっくりと皇国の中に溶け込んでいく。百年も経つ頃には、煉界系亜人という名称だけが、彼らの起源を表すのみだった。
◇ ◇ ◇
街中で手に入る帝国系の各新聞と、商人や付き合いのある別組織から送って貰った皇国系や中原、西域系の各紙を前にして、車椅子に乗った線の細い少年――フェオダルが困ったように笑う。
「パスターニア、見てごらん」
そう言って振り返ると、彼の忠実な従者が横から机の上に広げられた新聞を順に辿っていく。彼女は人形らしい無表情を浮かべて沈黙したあと、やはり人形らしい無表情のままに主人に言った。
「やはり、自国領土で戦う皇国軍は強いですね」
「大抵の軍はそうだけどね。あの国は国土を軍に合わせた感じがあるから、余計にそうなるのかな」
ふたりが見ているのは、つい先頃発生した皇国軍と異世界武装勢力との戦闘に関する記事だ。
ことが異世界からの侵攻ということもあり、ほぼ総ての地域で大きく取り上げられている。帝国系の新聞が皇国軍の動きを分析し、いちいち文句を付けているのはお約束というものだろう。
「これで――」
フェオダルがそう口を開いた途端、ふたりの背後にある扉が盛大な音を立てて開く。パスターニアが腰から得物を引き抜こうとしたが、そこにいた人物ふたりを見て動きを止めた。
「司令殿、合図のひとつも頂きたいものですが。グェン様も」
「すまんな」
「爺にあまり注文を付けんでくれ、頭からぽろぽろこぼれ落ちてしまう」
アンドレアスは軽く頭を下げると、伴ってきたポー・グェンに椅子を勧めて自分は片隅にあった木箱を引っ張って椅子代わりにした。
「そう簡単にこぼれ落ちるほど、グェン翁の頭は小さくないでしょう」
フェオダルがグェンの顔を見て苦笑すれば、この反乱組織の意見番は少しおどけて見せた。
「誰しも耄碌するものだよ、君は若いから分からんだろうがね」
「ところが、ぼくの足はグェン翁のそれよりも耄碌してしまっているんです。何かあったら翁に背負って貰わないと逃げられない」
「ははは、なに、君くらいのやせっぽちであれば、この老いぼれにも背負えるだろうさ。儂よりも先には死なせんよ。もぐらのように逃げ回ってきた爺にも、一欠片の意地はある」
力こぶを作ってみせるグェンであったが、その腕は細くパスターニアと大差はなかった。しかし、この翁の言葉に疑う余地はない。彼はそれだけの実績を重ねてきたのだ。
「それで、皇国からの依頼や情報は?」
フェオダルは気を取り直し、外部で皇国の連絡員と接触していたアンドレアスに新たな情報を求める。
「ん、ああ」
アンドレアスはふたりのやりとりの間、机の上に広げられた新聞にひとつひとつ目を通していたが、眼が痛くなった。
彼は皇国から連絡員として送り込まれ、今はこの拠点近くの商会で丁稚紛いの真似をしている情報員たちが、より多くの新聞を集めて分析を行っている光景を先ほどまで眺めていたが、自分には情報員と同じことはできないように思えた。
「依頼と言っても、まあいつも通りだ。地下を通じて皇国の法と価値観を広めて欲しいって奴と、あとは商会を乗っ取るための援護だな」
あとは、と続けるアンドレアスだが、フェオダルはもう帳面を広げて皇国からの依頼に応えるべく新しい拡散経路を考え始めていた。
「情報はこの新聞の内容と大して変わらない。ただ、この一件の際に通信量が活発化した周辺地点の詳細は貰ってきた」
紙片ひとつにびっしりと書き込まれた数字と文字。
それを見たパスターニアが部屋の隅から周辺地域の地図を持ってきて、机の上に広げる。
「ええと、まずは……」
フェオダルは手を目一杯伸ばしながら、兵棋演習で使用する駒を地図の上に置いていく。それは基本的に彼らの把握する軍事拠点や政庁、大商会の本店などであったが、中には何の施設もない山中や、無人島とされている島もあった。驚くべきは、旧時代の朽ちた遺構とされている場所にも駒が置かれたことだ。
「うわ、これ凄いね」
フェオダルが感嘆するのも無理はない。
皇国はこの戦いの際、帝国や他大陸の上空に超高高度戦略偵察騎を上げていた。しかし、皇国が保有する一個飛行隊十六騎の超高高度戦略偵察騎が総て投入されていたことまでは、フェオダルも知らないことだった。
さらに超高高度戦略偵察騎から分離する形で、他の飛龍も超高高度戦略偵察騎に仕立て上げようという計画も持ち上がっているが、これが日の目を見るのはもう少しあとのことになる。
「ぼくだったらこれを見せられた時点で皇国におなか晒しちゃうね」
フェオダルの冗談に、アンドレアスたちはひとつも笑みを見せなかった。彼らもまた、目の前にあるものが自分たちの常識を打ち破るものだと気付いたのだ。
「たぶんだけど、皇国はこの通信の中の何割かは傍受して分析しているね。伏兵? 奇襲? ありえない! 数で勝る帝国は、もう数でしか勝負できなくなりつつある」
「その数も、少しずつ喰われている訳だ」
アンドレアスは紙巻煙草に火を付け、その灰を胸元から取り出した金属製の懐中灰皿に落とした。皇国の情報員イェステルから個人的に貰い受けた品だった。
「上手いもんだ。俺たちが皇国の情報を流すだけで、帝国領内の亜人たちは勝手に我も我もと独立や皇国への合流を夢見る。あとはその中から必要な組織に必要な情報とカネ、ついでに物資を流せば良い」
ことがそんな単純に済む訳がないと誰もが思っていた。
しかし、人々は自由と共に知性と理性さえも奪われていた。それだけに、情報は圧倒的な武器になって帝国中を駆け巡っている。
「えげつない手だ。彼らにとってみれば、自国以外の民は守るべき対象ではないんだろう。しかし、それだけに圧倒的に正しい。彼らは彼らと契約する国民のためにあらゆる悪を実行するだろう」
グェンは立ち上がると、地図の片隅にある帝都を指差した。
当然、そこにも駒は乗っている。
「ここにいるのは莫迦ばかりではない。中には軍師坊やや皇国の皇王様と変わらないくらい頭の回る輩もいるだろう。しかしな、帝国はそういう連中が上に上がれないようになっている」
それこそが帝国の致命的な欠陥だと言える。
帝国は人々の支配する集合体ではなく、人々を支配する集合体に成り下がっている。その人々の中にどれだけの傑物が居ても、国の中でもがくしかない。
「まあ、全員が全員愚か者ということはなかろう。帝族の中でも、帝王に一等近い四人はそれなりに頭が回るし、その周囲にもそれなりに使える奴がいる」
だが、それを活用する手段が帝国には乏しい。
互いにしがらみを捨てて外敵に対することができれば帝国にも十分以上の勝ち目があるだろう。それだけの国力を持っているのだ。
しかし、その国力を十全に発揮できない環境を作られてしまえば、それだけで帝国の力は大きく削がれる。
「しかしながら、一番恐ろしいのはそれだけの策を巡らせても勝ちきれない帝国のしぶとさです。我々がどれだけ内臓を食い荒らそうとも、連中は何でもないかのように振る舞う」
フェオダルの言葉は多分に呆れが籠められていた。
その目には、帝国が巨大な体躯を持つ魔獣のように見えていた。老いて力を減じていても、その巨体が身動ぐだけで人を潰せる。そんな相手だ。
「何よりも一番恐ろしいのは、皇国が他大陸の勢力の情報まで送ってくることです。我々の危機感を煽るためだとしても、与えられた情報はかなり厳しい」
それに対するべく動いているのが、大陸内でも限られた勢力であるというのが、フェオダルとってはもっとも恐ろしいことだ。このままでは、アルマダ大陸は他大陸の超大国による草刈り場、代理戦争の場になってしまうだろう。
「皇国はぼくらに何を求めているのか、もう一度考え直した方が良さそうです」
フェオダルの言葉に頷き、アンドレアスは大きく紫煙を吐き出した。
「我々は思ったよりも高い買い物をさせられたようだ……しかも返品は利かないときた。まったく、やってられんよ」
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