白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十三話「神々の座」 その四

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 後宮をふらふらと徘徊することに関して小言を貰ったのも今は昔、相も変わらず後宮の各地に姿を見せるレクティファールに騎士団の乙女騎士たちは慣れてしまった。
 その行動にはこれといった傾向は見られず、その日その日の気まぐれに任せて徘徊しているようにしか思えない。
 それを探知することができる正妃たちの中には積極的にレクティファールを捕まえようという意欲を持つ者は少なく、意欲はあってもお互いに牽制し合って全く動けない第一妃と白の龍妃を除けばレクティファールの行動を掣肘する存在はいないのだ。
 なお、ウィリィアに仕事がある日を狙って徘徊する程度の知恵はレクティファールにも備わっている。
 彼は報告書を映した投影窓を眺めながら、後宮の庭園の一つを散策していた。時折姿を見せる乙女騎士に挨拶をしつつ、報告書を最後まで読み切った。
 そして、唸る。
「グロリエ皇女も随分逼塞してるようですが、あの人閉じ込めるとか逆に怖くてしょうがない気がするんですけどねぇ……」
 レクティファールの感性からすれば、グロリエは適度に動かさなければ周囲を巻き込んで爆発する危険人物だ。一所に留め置けば、その爆発の危険性は高まるばかりで何の益もない。
 最初期の熱式魔導炉のように待機状態を維持できず、常に駆動状態に置かなければならないのだ。
 それがグロリエの父である帝王クセルクセスに理解できないとは考えにくい。レクティファールと干戈を交える以前のグロリエは、各地を転戦し続け、勝ち続けていた。それが彼女にもっとも適した生き方だったはずだ。
 政治を理解することはできても、その性格は政治には向かない。グロリエは常に敵を欲する種の人物であり、明確な敵を作らない政治の世界にはあまりにも不向きであった。
 レクティファールは投影窓を閉じ、庭の木々に目を向けた。
 そして本音を吐露する。
「――羨ましい。私なんてリリシアかメリエラのどっちに味方しても怒られるのに」
 無論、それ以外でも特定の人物の肩を持つと恐ろしい目に遭う。例外はマティリエと真子ぐらいのものだ。
「そういえば、今夜は真子か」
 本人が色々不慣れで、尚且つ体力が少ないこともあり、レクティファールが真子の部屋に行く回数は他の妃よりも若干少ない。
 その点でいえばマティリエは他の妃と変わらず、レクティファールはその一点に奇妙な気疲れを感じていた。その際に隣の部屋から感じられる強烈な威圧感のせいかもしれないが。
「うーむ、とりあえずところてん作って貰って、月見でもしながらのんびり過ごしますかね」
 ゆっくりと過ごせる分、レクティファールは真子との逢瀬が嫌いではなかった。『好き』ではなく『嫌いではない』というのは、好きという評価を下すことが誰にも見えない意識下のことであっても恐ろしいからだ。
 彼女たちはそれさえも見通す。どれだけ〈皇剣〉の奥深くで思考しようとも嗅ぎ付ける。レクティファールが恐れ戦くにはそれなりの理由があるのである。
「黒蜜……きなこ……餡子もありか……」
 レクティファールはぶつぶつとところてんの付け合せを考えながら、後宮の廊下を進んでいくのだった。
 なお、その背後を小さい黒髪の妃が「ところてん……」と呟きながら追尾していた。

                            ◇ ◇ ◇

「ところてんはイズモからの輸入品だから在庫が少ないって言っておいたのに……」
 レクティファールは盆を抱えながら、ついに在庫が尽きたところてんを嘆いた。今頃、皇王府系列の輸入業者が飛龍を飛ばしてイズモに買付けに走っていることだろう。
 いっそ国産のところてんでもいいのではないかと思ったが、調理担当の乙女騎士が一切の感情が見られない空虚な瞳で見詰めてきたので、レクティファールは説得を諦めた。職人のこだわりは地位を凌駕する。
「オリガはまたいつの間にか引き籠もってるし」
 ところてんを食い尽くした妃は、再び自らの縄張りである特別文庫に引き籠もってしまった。魑魅魍魎が跋扈しているであろう特別文庫も、彼女にとっては隠るに易い牙城なのかもしれない。
「はぁ」
 深々と溜息を吐き、レクティファールは辛うじて確保した二人分のところてんを見下ろした。皇王が自ら料理を運ぶ様子は乙女騎士たちにとってそれほど珍しくなく、頭を下げて道を譲る騎士たちもこれといった感情を見せることはなかった。ごくたまに、甘い匂いに顔を顰める絶賛減量中の騎士がいる程度である。
「真子は黒蜜餡子派ですが、オリガは黒蜜果物派。メリエラはお酢の方がいいと言ってましたが、リリシアは断固醤油派……ううむ、人とは分かり合えない生き物です」
 小さく呟きながら廊下を進むレクティファール。
 やがてイズモ建築様式と皇国建築様式が入り交じった区画に入ると、彼は真子の紋章が刻まれた大扉の前までやってきた。
「良くお渡り下さいました」
 扉の前で、真子の護衛部隊を率いる乙女騎士が頭を垂れる。やはり、レクティファールが抱える盆については何も言わなかった。
「それでは、殿下がお待ちです」
 頭を上げた乙女騎士が合図をすると、大扉はゆっくりと開く。
 その奥には龍の描かれた襖障子があり、それもまた誰の手に依ることもなく静かに開いた。
「ご苦労」
「は」
 レクティファールは乙女騎士を労うと、そのまま歩を進める。背後で扉が閉まる音が聞こえてきたが、レクティファールは振り返ることなく己の妃の下へと向かうのだった。
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