私は妹とは違うのですわ

茄子

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第一章

憂鬱な誕生会 005

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 パキリ、となった音の方向にアイリ達が目を向けると、そこにはエイミールが気まずそうな顔をしてアイリ達を見ていた。

「……盗み聞きとはいい度胸だな、エイミール」
「わざとじゃないんだ。後を追って来たら偶々聞こえてしまって」
「まあ!偶々ですの?後を追ってきたのですから、わざとではありませんこと?」
「……エイミール様、今までは中庭まで追いかけてくることはありませんでしたのに、今日はどうしましたの?」
「それは……君のことが気になって」
「私から、私自身の境遇を聞こうとなさいましたの?」
「それも考えた。けれども君は教えてくれないだろう?」
「ええ、それはズルになってしまいますもの。私以外からどうぞお聞きになってくださいませ。ああ、ターニャたちから聞いてもよろしいですわよ。この三人がエイミール様に話すとは思えませんけれども」
「ええ、話しませんわ」
「俺も」
「オレもだね」
「わかってる。他の方法で調べるしかないんだよね。メイリン嬢の話したことが間違いだというヒントは貰った。スコットも知っているようだけれど、話してはくれないだろうな」
「そうだろうね」

 中庭の東屋にいたアイリ達は、乱入してきたエイミールに、冷たい視線を向ける。

「スコットは自分で調べたんだぜ。そのきっかけが何なのかは知らないけどな」
「そうだね。スコットはそれを知って、メイリン様とアイリをかち合わせない様に工夫してくれている。エイミールとは大違いだな」
「アイリの境遇は、そんなにもひどいものなのかい?」
「それを調べろと言っているんだよ」
「……わかった。調べてみるよ」
「そうですの。せいぜい頑張ってくださいませ。お約束した通り、エイミール様が真相に辿り着いてもなお、私とメイリンに対話が必要だと思うのであれば、対話を致しますわ」
「それだけは約束してくれ」
「……エイミール様は、本当にメイリンのために動かれますのね」
「それは、家族は仲良くするのはいいことだと思うからであって、決して邪な思いがあるわけじゃないよ」
「そうですか、でしたらよろしいのですけれども。まあ、そうであっても構いませんのよ?だって、真相に辿り着けなければ婚約破棄なんですもの」
「アイリ、君は僕との婚約を破棄したいのかい?」
「どちらでも構いませんわよ。所詮は政略結婚ではありませんか。お互いに愛情があるわけではありませんもの。それに、ディミタス侯爵家、および公爵家の跡取りは私ですわ。伴侶はそのサポートでしかありませんもの。エイミール様でなくても構いませんわ」
「なっ」
「でもさぁ、エイミール。お前、アイリと結婚できなかったら立場的にやばいんじゃないか?騎士として出世できるほどの技量も持ってないしな」
「ミト、そんなことを本人に言うものではないよ」
「だってさラルク。こいつの剣技見たことあるだろう?型にはまったもので実戦形式には程遠いものだぜ」
「まあね。でも騎士としてお飾りの試合に出る分には問題はないんじゃなかな。所詮は第三部隊だけどね」
「ミト、ラルク。君たちは何が言いたいのかな?」
「ん?素直にアイリに今の君は相応しくないって言ってるんだよ。わからなかったかい?」
「それを察する技量があれば、アイリの境遇なんてとっくに察しがついてるんじゃないのか?」
「それは確かに」

 ミトとラルク、そしてエイミールがにらみ合いを始める。その間、アイリとターニャは呼び寄せた侍女に紅茶を入れさせ、優雅に口を付けていた。

「まったく、これだから男どもは嫌ですわね。脳筋とまでは言いませんけれども、騎士団、騎士団とうるさいですわよねえ」
「ターニャ、そんなこと言うべきではありませんわよ。男性にとって、騎士団での実力は大切なものだと聞きますわ」
「それはそうですけれども、それにしても騎士団での序列にこだわりすぎですわよ。女にとっては何の意味もありませんのにねえ」
「あら、けれどもラルクは将来の騎士団長候補と言われるほどの実力者でしてよ。そんなラルクに言い寄る女性も多いではありませんか」
「それは確かにそうですわね。けれどももう婚約者が居りますし、私どももおりますし、付け入る隙はありませんわよ」
「まあ確かに。スコット様と違って、婚約者の方や私たち以外とダンスをしているのを見たことがありませんわね」
「まあ、そこがいいという女性も多いのですけれどもね」
「ねえアイリ、貴女はどうしてラルクを婚約者にしませんでしたの?」
「え?だって……いくら政略結婚とはいえ、ラルクは友人ですし、婚約者というのはなんというか、面映ゆいですわね」

 アイリは紅茶を飲みながら、ちらりとラルクを見てそう言う。そこには恋愛感情はないが、しっかりとした友情があるため、逆に婚約者になることが出来ないのだろう。

「もうっそのようなことを言われてしまうと妬けてしまいますわね。アイリには私がいますのに」
「もちろん一番愛しているのはターニャでしてよ」
「当然ですわ。アイリの愛情は私が一身に受け止めますのよ」
「ふふ、けれども同性では婚約どころか恋人にもなれませんわねぇ」
「あら、婚約は無理でも恋人にはなれましてよ?」
「おーい、同性愛は不毛だっていつも言ってるだろうが」
「あらミト、睨み合いは終わりましたの?」
「お前らがいちゃついてる間に終わったよ。っていうか、何優雅にお茶飲んでるわけ?俺にも寄越せ」
「エイミール様はどこに行かれてしまいましたの?」
「アイリとターニャの会話を聞いてショックを受けて会場に戻っていってしまったよ」
「まあ、そうですの。なにかショックを受けるような話をしていましたかしら?」
「まあ、少なくとも最後の恋人云々は聞いてなくてよかったんじゃねーの?婚約者の前で公然と浮気をします、しかも同性となんていわれたらショックも一入だろうさ」
「まあ、ではどこでショックを受けたのでしょうか?」
「ラルクを婚約者に云々っていうところだな」
「オレとしては光栄の極みだけどね」

 ラルクは侍女がいれた紅茶を飲みながらウインクをする。侍女は侯爵家のものではなく、アイリが公爵家から連れて来た者だ。
 そのため、もちろんアイリの事情も知っているし、アイリの専属と言ってもいいため、意思の疎通は言葉を発さなくてもとれるまでなっている。
 専属の侍女は、アイリが紅茶を飲み終わったタイミングでお代わりをさり気なく注ぎ、他のメンバーの分も注いでいく。

「相変わらず、アイリ付きの侍女は有能ですわね」
「ありがとうございます。ええ、この者は有能で助かっておりますわ。私が公爵家に引き取られてからずっとついてくれているものですのよ」
「そうでしたわね」
「確かに、いっつもディミタス公爵家に遊びに行くとアイリの傍にいるよね」
「我が家にもこのように優秀な侍女がいればいいのですが、あいにくここまで優秀なものはおりませんのよね」
「我が家にもいないなあ」
「俺の家には優秀な執事ならいるぞ。ま、親父付きだけどな」
「侍女や侍従、執事には相性がありますものねえ。中々相性のいい主従に恵まれることは難しいものですわ。その点、アイリは羨ましいですわ」
「うふふ」

 アイリは侍女を見ると、優雅な笑みを浮かべ扇子を口元に持って行き揺らした。

「けれども、そろそろ会場に戻らなければいけませんわね」
「そうだなあ、アイリは今回の主役だしな。いつまでも中庭に引っ張り出してるわけにはいかないよなぁ」
「そうですわね。成人になりましたし、わがままも言ってはいられませんものね」
「では会場に戻って、私とアイリの仲の良さを見せつけないといけませんわね」
「まあ、そのドレスを着てる以上、仲の良さは知れ渡るよなあ。通常なら、主役とドレスを被せるなんてルール違反なんだけど、アイリとターニャならそれが許されるよなあ」
「だって、私とアイリですもの。それにわざと被せてデザインいたしましたのよ。着ないでどうしますの」
「うふふ、このデザインを決める時、ターニャったらデザイナーに色々と注文を付けていましたのよ。思ったよりも装飾が多くなってしまいましたわ」
「けれども似合っておりますわよ」
「うふふ、ありがとうございます。ターニャも似合っておりますわよ」

 アイリとターニャは向かい合って手を握り合った。
 それを見て、ミトとラルクはまたかと呆れた様な溜息を吐き出した。いつものこととはいえ、この二人の仲の良さは異常ともいえるだろう。
 学院内では、この二人のいちゃつきを見ることを楽しみにしている者がいるほどである。

「さあ、会場に戻るぞ。お二人さん」
「分かりましたわ」

 四人が会場に戻ると、その雰囲気は固いものになっていた。
 いったい何があったのだろうか、と四人が周囲を見渡すと、その中心にはメイリンが居た。そしてその隣にはスコットとエイミールがいる。
 まさかメイリンを取り合ってのいがみ合いではないだろうが、と思いつつも、アイリたちは声が聞こえる位置まで近づいていく。

「お姉様の婚約者を止めるだなんて、そんなことをおっしゃるなんてどういう了見ですの?」
「やめるだなんて言ってはいないよ。その可能性があると言っただけだ。だって、メイリン嬢の話を信用していては真相に辿り着けそうにないからね」
「まあ!私の言うことを信じてくださいませんの?酷いですわエイミール様。あんなにもお姉様と私の仲を気にかけていてくださったではありませんか」
「それはそうだけれども、メイリン嬢の話はよくよく考えてみると、おかしいかもしれないと思ってしまえるんだよ」
「なんですって?どうしてそのようなことをおっしゃいますの?一体何がありましたの?婚約破棄の事でしたら、気にすることはありませんわ。あんなことはったりに決まってますわ。お姉様に相応しいのはエイミール様ですもの」
「それは……そうだといいと思っているけども、今の状態ではどうしようもないんだよ。本当の真相というのを探り当てないといけないんだ」
「エイミール様、私の言ったことが信じられないというのですか?お姉様は不当にお爺様に連れていかれたんですのよ」
「けれども、アイリはディミタス公爵家では大切にされている。無理やり連れていかれたとは思えないんだよ」
「ですから!無理に連れていかれたと言っているではありませんか!」

 メイリンの叫びに、エイミールは首を振って否定をする。
 エイミールは再び聞いたのだ。アイリはどうして公爵家に連れていかれたのかと。そしてそれに返って来た答えはいつもと同じ無理やり連れていかれたというものだった。
 しかし、エイミールはメイリンの横にいたスコットの表情を見て、その情報は誤りだと、そう判断したのだ。
 そうして、メイリンの話を否定したエイミールに対して、メイリンが悲鳴のような声を上げたため、会場の空気が固いものになってしまったのだ。
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