私は妹とは違うのですわ

茄子

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第一章

ラウリア伯爵家の夜会

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 アイリとメイリンが話し合いをする夜会は、サングーリア国の東方に位置するラウリア伯爵家の夜会に決まった。
 夜会にはエイミールにエスコートされて、アイリは会場に入った。
 もうすでにメイリンは来ているらしく、会場内を見れば、既に複数の人々に囲まれていた。他にも会場内を見渡せば、ターニャやミト、ラルクの姿もあり、アイリはほっと息を吐き出す。

「さあ、アイリ。メイリン嬢と話をしよう」
「ラウリア伯爵への挨拶やファーストダンスも踊らずに、ですの?随分と功を焦っておりますのね」
「あっ……そうだね、まずは挨拶をしてダンスを踊ってからにしようか」

 アイリの言葉に、エイミールは焦って返すと、早速ラウリア伯爵を見つけ、挨拶を行う。

「ご機嫌よう、ラウリア伯爵。今宵はご招待いただきありがとうございます」
「やあ、アイリ様、エイミール様。よくお越しくださいました」
「今宵は少々騒がしくしてしまうかもしれませんが、どうぞお許しになってくださいませね」
「聞いておりますのでご安心ください」
「アイリ?ラウリア伯爵に何を言ったんだい?」
「別に、本日はメイリンとの話し合いを行いますので、その時にメイリンが大きな声を上げたりするかもしれないので、その旨を先に伝えているだけですわよ」
「そうかい。ラウリア伯爵、よろしくお願いします」
「うむ、エイミール様も今夜は出来る限り、楽しんで行ってください」
「はい」

 アイリとエイミールはそう簡単に挨拶を済ませると、ファーストダンスを踊るためにダンスフロアに手を取り合って躍り出た。
 今夜のアイリのドレスは、スワレがデザインしたマーメイドラインの青いドレスだ。小さな真珠がちりばめられており、シャンデリアの輝きを反射している。
 一曲を踊り終えると、そのままエイミールはアイリをメイリンの下にエスコートしていった。
 その様子を見ていたのだろう、さり気なくターニャやミト、ラルクが近づいてきているのを見つけ、アイリはアイコンタクトを交わした。

「あっお姉様!」
「ご機嫌ようメイリン」
「今夜は来てくださって嬉しいですわ」

 まるで自分の夜会であるかのようにふるまうメイリンに、アイリは思わず眉間にしわを寄せて、メイリンの横にいるスコットを見る。
 スコットは横に首を振った後に、軽く頭を下げた。

「お約束ですもの、話し合いに参りましたのよ。どこか座れる場所に移動いたしましょうか?」
「ここでかまわないではないですか」
「貴女がそれでよろしいのならいいですが……」

 アイリは周囲に目をやると、メイリンを囲んでいたお友達・・・が一歩離れ、周囲に輪が出来上がる。
 これで、仮初ではあるが、話し合いの場は出来上がったと言えるだろう。

「では、話し合いをいたしましょうか、メイリン」
「はい!」
「といっても、何を話せばいいのかしら?エイミール様は何を話せばいいと思いますか?」
「まずはお互いを知るべきだよ」
「お互いを、ですか」

 アイリはそう言うと、メイリンを上から下まで見る。メイリンはふんわりとした、生地を何枚も重ねたシフォンドレスを着ており、まさに黄金の妖精姫と言った具合だった。
 いつもよりもドレスに気合いが入っているのは、アイリに会えるからだろう。

「そうですわね、まずはお互いの状況を理解するところから始めるべきですわよね。メイリン、貴女は私の何を知っておりますの?」
「何をって、家族ですもの、何でも分かっておりますわ」
「なんでも?何でも分かっているというのであれば、なぜ私に近づいて来ようとするのでしょうか?」
「それは、姉妹だからですわ。仲良くなりたいんです」
「姉妹だから必ず仲良くできるとは限りませんでしょう?」
「なれます!なれるに決まってるじゃないですか!」
「どこからその自信がわいてきますの?」
「どこからって、姉妹だからですよ」
「私は、貴女と違ってお父様たちからの愛をろくに受けずに育ってまいりましたわ。それなのに、両親に愛されて育ってきた貴女と仲良くなれると思っておりますの?」
「そんなっ、お父様もお母様もお姉様のことをちゃんと愛しておりますわ」
「そうでしょうか?それは私がお爺様に引き取られてからの感情ではありませんこと?」
「いいえ、そんなことはありません!」
「では、どうして私の髪の色は抜けてしまったのでしょう」
「え?」

 アイリの言葉に、メイリンは首をかしげる。

「覚えていらっしゃいますか?私は十歳までは貴女と同じ髪の色をしておりましたのよ」
「それは……」
「病を患い、放置された結果、このように髪の色が抜けてしまいましたのよ」
「それは……」
「貴女が暢気にお茶を飲んでいる間、私は死地を彷徨っておりましたのよ。それをちゃんとわかっていらっしゃるのかしら?」
「それは……仕方がなかったことではありませんか。病気になったお姉様が悪いのですわ」
「私が悪い?」
「そうです。病気になったらちゃんとお父様やお母様に言えば、もっと早く対応出来ていたはずですもの」
「まあ、言えばどうにかなりましたの?」
「そうですとも」
「そうなのでしょうか、お父様、お母様」

 アイリは、遅れてやってきたフォルトとレイチェルに向かって言葉を発する。

「もちろんだとも」
「そうですわよ、ちゃんと言ってくれれば、もっと早くに対応しておりましたわよ」

 フォルトとレイチェルの言葉に、アイリの眉間のしわが濃くなる。

「そうでしょうか。私はちゃんと訴えましたわ。体調がすぐれないと。そのためにお茶会を欠席したいと申しました。それなのに私は放置されましたわよね。その次のお茶会の時も、同じように体調が以前よりも悪くなったと言ったのに、放置されましたわ。そうしてその後に、高熱で動けなくなったのを、メイドが発見してやっと医者が呼ばれたのではありませんか」
「それは……」
「私はちゃんと申しておりましたわよね。けれどもお母様もお父様も、大したことがないと言って放置なさったではないですか」
「そんなっお母様、お父様!そのようなことをなさったのですか!」

 メイリンは聞かされたことに驚きつつも、フォルトたちを責めるように声を大きくする。

「メイリン、聞いてちょうだい。これには訳があるのです。アイリのことですが、メイドより大したことがないと報告がありましたから、対応をしませんでしたのよ」

 レイチェルの言葉に、メイリンはそうなのかと納得したように頷いた。

「そうなのですか。お姉様、そうなのですって。悪いのはメイドであってお母様達ではありませんわ」
「本当にそう思っておりますの?」
「え?」
「仮にも跡取り娘が体調が悪いと訴えているのに、メイドが問題ないと言ったから放置するなど、異常だと思いませんの?」
「それは……ちゃんと状況を伝えなかったメイドが悪いのですわ」
「本当に、そう思いますの?」
「ええ」
「そうですの」

 メイリンの言葉にアイリは疲れたように溜息を吐き出した。

「では、お父様、お母様。どうして私には愛を向けて下さらなかったのでしょうか?家族愛すら向けられなかった。そう私は実感しておりますわ。お爺様たちに引き取られて初めて、家族愛というものを知りましたもの」
「ちゃんと愛していたさ」
「まあ!愛していたというのに、私が大病を患うまで放置なさっていたとおっしゃいますのね」
「お姉様、ですからそれはメイドが」
「お黙りなさい、メイリン。私は今、お父様達にお話を聞いておりますのよ」
「なっ」
「お父様、なぜ大切な跡取り娘をそのように扱ったのでしょうか?」
「それは……、決してお前のことを愛していなかったわけではないのだ。ただ、お前は」
「私は、何でしょうか?」
「メイリンよりも愛せなかった。それだけだ」
「そうですわね。メイリンの方がかわいかったですわ。そもそも、アイリ、貴女は最初死んだものとみなされておりましたのよ。それをメイリンの泣き声が貴女を救ってくれたのです。貴女はメイリンに感謝をして生きるべきなのですわ」
「そうですか」

 レイチェルの言葉に、アイリは疲れたように扇子で口元を隠した。
 扇子の下では口が自分の意思に反して笑みの形を作っているからだ。呆れすぎると思わず笑いが出てしまう、そういうものなのだろう。
 アイリは続いてメイリンを見るが、メイリンは驚いてこそいるが、レイチェルの言葉を信じているようだ。

「お姉様、確かにお姉様は私よりも愛されなかったかもしれませんが、ちゃんと愛されているではありませんか」
「今の言葉を聞いてなお、愛されていたと思いますの?」
「思いますわ」

 メイリンは真っ直ぐな瞳でアイリを見る。アイリはその瞳を受け、眉間のしわを濃くし、扇子の下では笑みを濃くした。

「ではメイリン、貴女は今のことを聞いて私の何を知ったのでしょうか?」
「え?」
「私が愛されなかったと、少なくとも貴女よりも愛されなかったと知って、どうなさいますの?」
「どうって、これからより一層お互いを知り合って仲良くすればいいじゃないですか」
「……それを私が望んでいると思いますの?」
「もちろんです。今のお姉様はきっと意地を張っていらっしゃるだけなのですわ」
「意地ですか。確かに意地を張っているのかもしれませんわね」
「そうでしょう!」
「けれどもそれは、必要な意地ですわ。私はあのままでしたら壊れてしまっていたでしょう。体も心も。ですから今更そのような状況に追いやった貴女達とどうにかなりたいなどと思いませんの」
「そんな……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」

 あくまでも、家族は仲良くしなければいけないと主張するメイリンに対して、アイリは息を吐き出すと、扇子をたたんで、浮かんだ口元の笑みを見せる。
 その笑みに、メイリンは理解されたのだと勘違いをして、喜びの笑みを浮かべる。
 しかし、アイリの眉間のしわは消えていない。

「どうして、なんて聞くほうがおかしいと思いませんこと?貴女は自分が同じ立場にあっても、相手を憎まない自信がありますの?愛されるばかりだった貴女には、わかりますの?」
「もちろんわかります。そのうえで理解し合えると思ってますわ!」
「そうですの。残念ながら私はそのように心が広くありませんの。ですから、残念なことに貴女を赦す気がありませんのよ」
「そんなっお姉様!」

 メイリンはアイリにすがるようにふらふらと近づいてきて、その手を取る。

「家族ですのに、どうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」
「家族だからと言って仲良くできるとは限らないと申しておりますのよ」
「では、お姉様は私の何を知っているというのですか?」
「そうですわね。お父様、お母様に愛されて、大切に守られてきて、愛しい婚約者も与えられて、私にとっては酷く憎くて、素晴らしく羨ましい存在ですわ」

 アイリは憎々し気にそういうと、メイリンの手を払い、フォルトとレイチェルを見た。
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