私は妹とは違うのですわ

茄子

文字の大きさ
上 下
77 / 84
第三章

それぞれの未来へ 005

しおりを挟む
「あら、ミトが来ましたわ」
こっちですわよ」
「待たせたな。レベッカの友達がなかなか見つからなくてな」
「ちゃんとお預けしてきましたか?」
「おう」

 ミトはそう言って椅子に座ると、すぐさま侍女に紅茶を淹れるように指示を出す。侍女も心得たかのようにタイミングよく紅茶を差し出した。

「それにしても、王家からの要請でしばらく夜会が自粛になってしまう前だからとはいえ、随分と盛大なものになってしまいましたわね」
「まあ、ティカル様の出立前と同じぐらいじゃないか?」
「皆様そんなに娯楽に飢えていらっしゃるのでしょうか?私は今はいろいろな事で手一杯ですのに」
「アイリは特殊だからなあ。まあ、娯楽には飢えてはいるだろうけど、何よりも情報に飢えているんだろうね」
「そうですわね。ティカル様が公式の場に姿を現したのは前回の夜会一度切り、しかもあのメイリン様とのやり取りがありましたし、ミトとラルクの親衛隊入りのおねだりを致しましたでしょう。どのような人物なのか、皆様計りかねていると言ったところなのではないでしょうか」

 ターニャの言葉に、アイリはなるほど、と言って紅茶を飲む。今回は気分を変えてハーブティーにしてみた。レモングラスの爽やかな香りが鼻をくすぐる。

「ティカル様の人物像としましては、人の好い方というのが私の印象なのですが、三人はどうです?」
「私は食えない方と言った感じですわね。王妃になるだけの器はお持ちだと思いますわ」
「俺もターニャに賛成。器はでっかいと思うぞ、まあメイリン様はその器でも受け入れられなかったけどな」
「オレは、そうだな。よく人を見ている人だと思ったよ」
「と、言いますと?」
「趣味を聞く機会があったんだけど、人間観察が趣味だって笑って言ってたよ」
「まあ」
「いつそんな時間があったんだ?基本的には一緒だっただろう?」
「ミトがトイレに行ってるときに」
「あーなるほど」
「それにしても人間観察が趣味なのですか。変わっていらっしゃいますわね」
「そうかしら?案外そういう方は多くていらっしゃるのではない?」
「そうなのですか?まあ、ターニャがそう言うのでしたらそうなのでしょうけれども。人間観察をして何が楽しいのでしょうか?」
「さあ、その人の人となりを見るのが楽しいんだって言ってたけど、アイリに関しても言ってたよ」
「まあ、私のことを?なんとおっしゃってました?」
「まるでカタツムリのような人だって」
「カタツムリ……褒められてはいませんわよね」
「うーん、普段はのんびり暮らしているのに、つつかれると殻に閉じこもってしまう、そんな印象を受けたって言ってたかな」
「褒められてませんわね」
「そうですわねえ。まあ、確かにアイリは出不精なところがありますけれどもカタツムリは言いすぎですわよね」
「まあ、リックス王子と一緒で独特の言い方をなさる方なのかもしれないし」
「それはそれでやっかいですわね」
「リックス王子が二人は困るなあ」
「ふふそうですわよね」

 四人がそう言って笑っていると第三者の声が聞こえてくる。

「呼んだかな?」
「まあ!リックス王子!どうしてこんなところへ?」
「こんなところって、君たちがいる場所じゃないか」
「私たちは恒例のお茶会を開いているだけですわよ。リックス王子、会場を抜け出して大丈夫なのですか?」
「今日は母上が張り切っているからね。こういう日は大人しくしているに限るんだ」
「まあ、そうなのですか?」
「そうなんだよ。側室同士にはっぱをかけようとかそんなことを企んでるに違いないよ」
「あらまあ……」
「リックス王子の側室になられる方は、皆様ティカル様との面談を済ませたのでしょう?何か不都合がありましたか?」
「聞いている限りではないかな。まあ、気に入らない側室はいるみたいだけれども、力でねじ伏せるみたいなことを言ってたかな」
「全く以て不穏ですわね」
「まあ、正室と側室が皆仲良く過ごせる時代なんてないんだし、そんなものなんじゃないかな」
「逆を言えば、側室と正室が仲良く過ごせていた時代は、国王がないがしろにされていたとも聞きますわよね」
「そんな歴史も習ったな」
「まあ、ともあれ、リックス王子もそんなところに立っていないで、どうぞ席にお座りになってくださいませ」
「いいのかい?招かれないからてっきり帰れと言われるかと思ったよ」
「まさか、リックス王子をお帰しするような無礼をするわけがないではありませんか」
「そうかな?四人の中に入るのはなかなか勇気がいることなんだけどな」

 リックスがラルクとミトの間に座ると、すぐさま紅茶が差し出される。

「うーん、毒見の要らない飲み物っていうのはいいよね」
「この中にリックス王子を暗殺しようとする者はおりませんわよ」
「そうだなあ、っていうか、今此処で毒殺でも起きたらすぐさま疑われるのが俺たちだしな」
「信頼しているよ」

 リックスはそう言って紅茶に口をつける。

「うん、美味しい。今回の紅茶はアイリが担当したのかな?レモングラスの香りがいい感じだね」
「ええ、ティカル様が輿入れしてくだされば、ガメル共和都市との繋がりもより一層強くなりますでしょう?こういった物も手に入りやすくなると思いますわ」
「うん、今回の結婚はいいことづくめで何よりだよね。本人同士が会ったのがついこの間だってことを抜かせばだけど」
「まあ!そうでしたの?」
「そうだよ。肖像画はもらってたけど、あんなものいくらでも誤魔化せるから信じてなかったんだけど、実際に会ってみたら予想よりずっと可愛らしい方だったね」
「だからと言って、昔こっそりと飼っていた猫に例えるのはいかがなものかと思いますわよ」
「ええ、良い例えだ思ったんだけどな。黒い艶やかな髪がそっくりだよ」
「そんなにそっくりなのですか?」
「うん、硬そうなのに触れると案外柔らかな感触も、そっくりだった」

 その言葉に、四人は「ん?」と頭の上に疑問符を並べた。いったい、いつ髪の毛に触れたのだろうか、と。
 確かに婚約者どうしなのだから、触れてもおかしくはないのだが、ティカルが常にきっちりと髪を編み込んでいたはずであり、その状態で案外柔らかな感触という表現はおかしいのではないだろうか。

「リックス王子、不躾な質問かとは思いますが、いつティカル様の髪にふれたのですか?」
「それはもちろん夜に」
「ああ、夜に……」

 場が一気に何とも言えない空気になる。リックスもティカルも大人なのだから、そう言うことがあってもおかしくはないのだろうけれども、まさか短期滞在中にそのような行為を行うとは、この場にいる四人には予想もしていないことだった。

「あ、もしかして君たちにはまだ早すぎる話だったかな?でもミトはともかくアイリとラルク、そしてターニャはあと二年後には実際に体験しなくちゃいけないことなんだし、今から知識を蓄えておくのも悪くないと思うんだけど?っていうか、昔は学院時代に妊娠とか普通にあったらしいし」
「リックス王子、そこまでにしてあげてください。アイリが真っ赤になってかわいいです」
「ターニャも顔が赤いな」
「なっ私は別に赤くなどなっておりませんわよ。ただ、あけっぴろげな言い方に唖然としただけですわ」
「あ、そう」

 ターニャの言葉にはいまいち力がこもってはいなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,429pt お気に入り:1,209

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:846

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,201pt お気に入り:33

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:633pt お気に入り:387

処理中です...