私は妹とは違うのですわ

茄子

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第三章

それぞれの未来へ 008

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 リックスとティカルの婚姻の儀式も夜会も滞りなく終わり、祝福ムードが収まりつつあったころ、ティカルはアイリに案内されて、アイリが管理する孤児院を訪問した。
 ティカルが来ることは事前に知らせていたので、この日は孤児院にいる子供たち全員が揃ってティカルを出迎えた。
 花のブーケと子供たちの唄う歌に、ティカルは満足したようで、院長室に移動したときは満面の笑みを浮かべていた。

「いかがでしたか?何か気になる点がございましたでしょうか?」
「そうですわね、素晴らしいということはわかりましたけれども、やはりこのような神の加護を得ている孤児院が少し前までは寂れていたというのは信じられませんわね」
「それについては私も調べているのですが、所有者が転々としていて、上手く調べられないのです」
「所有者が転々と、ですか」
「ええ」

 ティカルはその部分が引っかかったのか、アイリにそれまで調べた所有者のリストを見せて欲しいと頼んできた。
 アイリは院長室に保管してあるリストをティカルに渡すと、何かわかるのだろうかと、ドキドキしながら次の言葉を待った。

「……駄目ですわね、わかりませんわ」
「そうですか……」

 期待していた分、幾分か声にがっかりとした感情が乗ってしまった。

「ただ、当時裕福だった家の方に所有権が渡っているというのはわかりましたわ」
「え?」
「この国の歴史を勉強しているのですが、ここに名前の出ている貴婦人方は、皆当時は裕福な家の方ばかりですわね。孤児院を放置しなければ、孤児院の経営はうまく行っていたでしょう」
「つまり……」
「この方々は孤児院の運営に興味を示さなかった方々ということですわね。アイリ様の前任者など、今ではもう落ちぶれた貴族になってしまっていらっしゃいますでしょう?少し前までは裕福な伯爵位でしたのに、今では貧乏な男爵位まで爵位を落としていらっしゃいますわ」
「そういわれてみればそうですわね」
「これは、光の神の試練なのかもしれませんわ」
「試練ですか?」
「ええ、孤児へ気を配ることが出来る者には祝福を。そうでないものには絶望を、といった具合に」
「まあ、そんな恐ろしい」
「神とは時として恐ろしいものだと知り合いの神がおっしゃっておりましたわ」
「神に知り合いがいらっしゃいますの?」
「お母様繋がりでお二柱ほど。冒険者をなさっておいでですわ」
「そ、そうなのですか」

 あまりにも衝撃的な内容に、アイリも何と言っていいのかわからない。
 まさか神が冒険者をしているとは思ってもみなかった。まさに向かうところ敵なしなのではないだろうか。

「ともあれ、これでアイリ様は神から祝福を受けているのではないかということが分かりましたわね」
「え?」
「アイリ様は、今ご自分が置かれている環境が、只恵まれているだけだと思っていらっしゃるのでしょう?」
「ええ」
「けれども、この孤児院をどうにかしようとした努力の結果、神に認められて祝福を受けた結果なのだと考えたら、それは、アイリさまの努力の結果なのですわ」
「そう、でしょうか?」
「そうですわ。私はアイリ様の事をカタツムリのような方だと思っておりますのよ」
「ラルクから聞きましたわ」
「つつかれたら、すぐに丈夫な殻に守られる。そんな方だと思っておりますの。それが、神の殻なのだとしたら、相当に頑丈なものですわね」

 そう言う意味だったのか、とアイリはティカルの考えを初めて知った。

「私は、褒められていないのだと思っておりましたわ」
「あら、誉め言葉でしたのよ?」
「ティカル様とリックス王子は案外お似合いですわよね、独特の誉め言葉をお持ちという点で」
「そうでしょうか?私は物事をストレートに言う方だと思っておりますけれども」
「ストレートすぎてわかりませんわ」
「まあ、よいではありませんか」

 ティカルは「ほほほ」と笑うと、資料をたたんでテーブルの上に置くと、紅茶を飲んだ。

「祖国でも、孤児院でこうして紅茶が飲めるところは限られておりますのよ」
「そうなのですか?我が国もですわよ」
「もっとこういうところを増やしていければいいですわね」
「そうですわね」

 二人がしみじみとしていると、ドアがノックされ、ノイが入って来る。

「まあ、ノイどうかしましたの?」
「すみませんアイリ様。その、ちびたちがティカル様ともっと話したいっていうものですから、もしよければ相手をしてやってもらえないかって思って…。って、すみません、本当にすみません。ご迷惑ですよね」
「そんなことは」
「構いませんわよ。私、子供が大好きですもの」

 アイリが何かを言う前に、ティカルがそう言って立ち上がると、少しだけお腹を気にしながらノイに案内されて子供たちのいるところに行ってしまった。
 残されたアイリは、困った顔を浮かべながら、今まで調べてきたリストを撫でて冷たい声を出す。

「あんなに可愛い子供達をないがしろにするなんて、ありえませんわ」

 そういうと、席を立ちあがって、ティカルたちの後を追いかけるのだった。

 結局、アイリ達はその夕食の時間までいることになってしまい、流石に夕食は一緒に食べられないからと、ぐずる子供達を残して馬車で城まで帰ることになった。

「申し訳ありません、こんな時間までお付き合いいただいて」
「かまいませんわ。今日は一日オフにしておりましたし、子供達がかわいかったですもの。生まれて間もない子供もいて、いい勉強になりましたわ」
「ジュエリア国でも愛人制度と娼婦制度は同じですよね」
「ええ、同じですわね。愛人は契約に基づき、愛人になる。それは相手を保護するという意味を取っておりますわ。娼婦は高級から下級までピンキリ。下級になるほど避妊薬がずさんなものになっていくので妊娠の確率が高くなっていきますわね。娼婦の産んだ子供は、例外なく一度は孤児院に預けられるのが決まりですわ」
「高級娼婦には不妊薬が配られるので妊娠する危険性はないし、定期的に健康診断も行われますものね」
「ええ、そこら辺にいる貴族よりもよほどいい環境なのではないでしょうか?体を売る仕事ですけれども」
「ティカル様は、娼婦に偏見はないのですか?」
「ありませんわね。そもそも娼婦が居なければ困ってしまいますでしょう?いろいろと」
「貴族のご婦人の中には娼婦制度に反対な方もいらっしゃいますわ」
「先が読めない方ですわよね。排除して殿方達に隠れたりされるよりも、公に認めて堂々とされた方がよほど健全というものですわ」
「そうですわよね」
「ところで、リックス様はその、高級娼館に通われたことがあるのでしょうか?」
「え?さあ、わかりませんわね」
「そうですか」
「どうかなさいましたの?」
「その、妙に手馴れていらっしゃったので、どこかで勉強なさったのかと思って」
「まあ、王族の方ですし、不思議ではありませんわね」
「そうですわよね」

 ティカルはどこかほっとしたような顔で呟いた。本来ならば嫉妬していいところなのではないかとアイリは思ったが、何か事情があるのかもしれないとも思った。
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