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賢者、王都から旅立つ。

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黒。

あいつを表現するなら、顔や背格好ではなく、ただ唯一。

『黒』としか答えようがない。

目の前にいる時はきちんと顔も表情も手の動きも見ているはずなのに、別れてしまってから思い出そうとすると『黒』としか言い表せないのだ。
おそらくミルベルの先祖たちもそうなのだろう。
だから日記には『姿を現さず、現れた』と書かれ、そういうだと口伝で伝わっているのかもしれない。
実際私にしても、絵姿にせよと言われてもきっと描けないし、念写もしようがないほど記憶が曖昧だ。
しかしそれでも『あいつに会えばわかる』という確信が絶対的にあり、それがどうしてなのか、どうしてもそれがわからない。
だが実際私はあいつに会った時、いつだって絶対にわかった。
「……そうなんだね」
だから、私はそう言うしかなかった。


私たちがいない間にミルベルとどういうやり取りがあったのかわからないが、ウルがご機嫌で私の側に戻ってきた。
首から前足の間を通すようにベルトが通され、背中から腹部分に回されたベルトに留められ、そして背なかにはリュックが乗せられている。
「……なかなか愉快な格好だね」
《でしょ?でしょ?ミルが着けてくれました!ご飯とかお水とか持てます!パトご主人のお手伝い、します!》
ブンブンと尻尾を振る様はまったく持って犬と変わらないが、白い小型ウルフがこれでいいんだろうか──
「うん。お手伝い、ありがとう」
「ホント!似合ってる~。いいなぁ……ウルにお嫁さんが来て、子供が産まれたら私も欲しい!ねっ!」
《ウルのお嫁さん!欲しいです!欲しいです!》
ミウの言葉に元気に尻尾を振っているが、ウルはどうやらその意味を深く考えてはいないのだろう。
魔獣で群れをつくる多くは、野生の動物と同じように『異端』を受け入れない。
それゆえに白い毛皮のウルは、森の木陰に隠れられる茶系の毛皮をしている両親や親族がいる群れから追放されてしまった。
だからもしウルが同族のつがいを見つけるためには、同じように白い毛で産まれたために群れを追われる悲しい運命を背負うモノを願わねばならない──罪深い願いだ。
いや、ひょっとしたら普通の毛皮の小型ウルフの雌でも、ウルの良さを気に入って番ってくれるかもしれない。
「……そうなると、いいなぁ」
「え?何か言いました?」
《いいのですか?どうなると、いいのですか?》
ミウとウルが同時に私を見上げたが、私は何でもないと首を振った。
だいたい私自身が連れ合いを求めていないのだから、ウルの幸せがあればいいとは思うが、それを押しつけるように積極的に働きかけるのは違うだろう。


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