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賢者、精霊王に会う。

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かなり大きな荷馬車ではあったが、それを覆うサイズの魔法陣にすっぽりと収まり、影も形も認識できない。
しかしその車体を引っ張るシュンゲルは普通の大きさではなく、魔法陣からはみ出した馬首と前足と胴体の一部がにょきっと現れている。
「ええええええ────っ?!?!」
全員の叫び声が森にまで響くが、動くモノはない。
おそらくノームたちは村に引き籠って、安全に暮らしているに違いないのだろう。
私とミウが約束したのが来年の春だから、きっとそれまでのんびりとウサギでも数えているのかもしれない。
ボンヤリと私が森を眺めていると、恐る恐るといった感じでデューンが荷馬車の置いてある魔法陣に向かい、シュンゲルに触って見えない胴体がちゃんと存在するのを確認してから、その場所に足を踏み込む。
当然のようにデューンの姿が消えたが、しばらくすると荷車に繋いでいたシュンゲルの手綱だけを引いて魔法陣が作る結界から出てきた。
その目はまるで信じられないものを見たように見開かれ、心なしか顔からも色が抜けている。
「なかなか面白い体験でしょう?」
コクンと無言でうなずくデューンを見て、ケヴィンがうずうずと荷馬車の方と交互に顔を見る。
青年というより少年──いや、子供のような。
「……一度だけ、どうぞ」
あまりここで時間を取られたくはないのだが、おそらくノームの村に辿り着くまで気を取られそうな感じがしたので、私はケヴィンに魔法陣の中に入って見ることを許可した。
その様子はまるで私のもとに来たばかりのマーリウスのようにウキウキとしている。
「まったく……いつまでたっても子供みたいなんだから」
呆れ声はラダだ。
どうやらケヴィンのこういった行動はいつものことらしい──が。
「私が彼と敵対する人間ではないからいいけれど……もし万が一、『勇者剣士』を罠に掛けたり、害したりするつもりであの魔法陣を描いていたらどうするんだろう?」
「どうもしないわよ。そんなことを考えているんだったら、まずあいつは興味を持たないわ。なんていうのかな……超感覚?予感?危険を察知する能力が凄いっていうか……残念なことにそれは人間とか魔族とか『ケヴィンに対して悪意を向ける』っていう明確な方向性がある場合に限るってあまり使えないものなんだけどね」
「いやいやいや……使えないってことはない……」
「うん。そうなんだよね~」
まるで『歩く幸運男ラッキー・マン』というべきその性質は、確かに備わっている本人しかその恩恵を感じづらいものだが──
私が否定しようとすると、ラダも納得したように同調した。
「最初は『あいつばっかり運がいい』とか思ったんだよね……子供の頃。でも一緒に行動しているうちに、他の『運のいい奴』とはちょっと違って……自分だけじゃなく、アタシたち仲間への殺意とか悪意とか……逆に好意を持っているとかね。そういうのがあるかないのか判断を無意識にやってくれてる」
「ほう……」
「普通の『勇者』というか、世間一般的に認められた『勇者パーティーのリーダー』って、ずいぶん能力自慢とか独りよがりな奴も多いらしいんだけど。ケヴィンはあのまんま……本当に子供の頃から変わらない。運が良くて、人が良くて、気が良くて。でも……」
「でも?」
「どうやらその性質というか体質?特技というかスキル的な……ケヴィンのその『良い気質』に対して、めちゃくちゃ激しい憎悪を持つ奴らがいてね……」
ラダが不思議そうに首をかしげるが、何となく想像はつく。
おそらくケヴィンと接する時に、善い性質が強い者はそちらが強く刺激され、悪しき性質や考えを持っている者はそっち方面が増幅されて、あまつさえ殺意まで抱いてしまうのだろう。
そうしてそれ故に、ケヴィンは『勇者剣士』となれたのかもしれない。


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