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ど、どういうことなの?
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まるで書物の一場面のようだった。馬車が崖から落ちる瞬間、お母様は馬車の扉を開けてわたしを突き飛ばしたのである。と、あとで知った。あの夜、屋敷に戻る途中でわたしはお母様にもたれてウトウトしていた。しかし、突然お母様に叩き起こされた。そして、そのときには茂みに落下して全身を強打し、意識を失ってしまった。
薄れゆく意識の中、顔にあたる雨粒が冷たかったのと二頭の馬の悲痛な嘶きをきいたことを覚えている。
その後、お父様自身が軍事国家と折衝し、かろうじて戦争突入を回避した。
そして、お父様は去った。政界を、である。
お父様は、ほんとうは王都、それどころかセネヴィル王国から去りたかったに違いない。
その軍事国家の首長が、お父様を気に入って国に招いてくれていた。それに応じてもよかったのである。
だけど、お父様はそうはしなかった。出来なかったのである。
なぜなら、このセネヴィル王国は亡くなったお母様の愛する国だから。そして、お父様はわたしの将来を考えてもくれた。
結局、馬屋一本ですごすようになったのである。
(というか、いまの二人の会話はいったいどういうこと? 侯爵は、『領地にきていただいたら』て言っていなかった?)
どういうことなの?
わたしは、なにも知らない。なにもきかされていない。
もしかして、わたしの知らないところでなにか話が進んでいるわけ?
「お父様、その、どういうことなの?」
正直、癪である。癪だけど、どうなっているのか知らないままでいるのはもっとイヤ。
だから、いま自分の中で五千歩譲った。譲ってお父様に尋ねてみた。
「どういうことだって?」
お父様は、おおげさに驚いた。それがふりなのか真面目なのかはわからない。
「どういうことって、おまえ……」
お父様は、戸惑っている。それがふりなのか真面目なのかは、やはりわからない。
「侯爵、彼女には?」
お父様は、侯爵へと視線を移した。
侯爵は、ムカつくほどやわらかい笑みを浮かべたままゆっくり頭を振る。
「そうですか。では、わたしから説明しましょう」
隣に座るお父様が体ごとわたしの方に向いたので、わたしもお父様を見た。
「マヤ。侯爵は、シルヴェストル侯爵領にわたしを招いてくれたのだ。彼は、みずから采配して仕事場も兼用した屋敷を建ててくれた。獣医の開業資金を援助してくれるだけではない。侯爵領内、それから周辺の領地にも獣医がやって来ると知らせてくれている。なんでも、いま現在東方地域にはちゃんとした獣医師がいないそうだ。だから、どうしてものときには王都や遠い領地から呼び寄せなければならないらしい」
「はぁ……」
としか言いようがない。
「わたしが今夜招かれたのは、その最終確認というわけだよ」
「はい? 最終確認? お父様、どういうことなのです? まさかわたしを置いて、自分一人だけで辺境の地に行くのですか?」
そう。侯爵領は、この王国の東の国境地域を占めている。
国境を越えれば、わが家の因縁の相手ともいえる軍事国なのである。仇敵の相手、という方がいいかもしれない。
「おまえを置いて?」
お父様は、またわざとらしく驚いた。
「だってそうでしょう? わたしはこの王都にいるのだから」
なにせ侯爵が離縁してくれない。だから、現状はこの王都にいなければならない。
「というか、どうして侯爵領で獣医をするの? 他の領地でも出来るでしょう? 周辺の領地にもいないのだったら、その領主にスポンサーになってもらえばいいではないですか」
なにも侯爵でなくても、スポンサーになってくれる貴族はいるはずよ。
薄れゆく意識の中、顔にあたる雨粒が冷たかったのと二頭の馬の悲痛な嘶きをきいたことを覚えている。
その後、お父様自身が軍事国家と折衝し、かろうじて戦争突入を回避した。
そして、お父様は去った。政界を、である。
お父様は、ほんとうは王都、それどころかセネヴィル王国から去りたかったに違いない。
その軍事国家の首長が、お父様を気に入って国に招いてくれていた。それに応じてもよかったのである。
だけど、お父様はそうはしなかった。出来なかったのである。
なぜなら、このセネヴィル王国は亡くなったお母様の愛する国だから。そして、お父様はわたしの将来を考えてもくれた。
結局、馬屋一本ですごすようになったのである。
(というか、いまの二人の会話はいったいどういうこと? 侯爵は、『領地にきていただいたら』て言っていなかった?)
どういうことなの?
わたしは、なにも知らない。なにもきかされていない。
もしかして、わたしの知らないところでなにか話が進んでいるわけ?
「お父様、その、どういうことなの?」
正直、癪である。癪だけど、どうなっているのか知らないままでいるのはもっとイヤ。
だから、いま自分の中で五千歩譲った。譲ってお父様に尋ねてみた。
「どういうことだって?」
お父様は、おおげさに驚いた。それがふりなのか真面目なのかはわからない。
「どういうことって、おまえ……」
お父様は、戸惑っている。それがふりなのか真面目なのかは、やはりわからない。
「侯爵、彼女には?」
お父様は、侯爵へと視線を移した。
侯爵は、ムカつくほどやわらかい笑みを浮かべたままゆっくり頭を振る。
「そうですか。では、わたしから説明しましょう」
隣に座るお父様が体ごとわたしの方に向いたので、わたしもお父様を見た。
「マヤ。侯爵は、シルヴェストル侯爵領にわたしを招いてくれたのだ。彼は、みずから采配して仕事場も兼用した屋敷を建ててくれた。獣医の開業資金を援助してくれるだけではない。侯爵領内、それから周辺の領地にも獣医がやって来ると知らせてくれている。なんでも、いま現在東方地域にはちゃんとした獣医師がいないそうだ。だから、どうしてものときには王都や遠い領地から呼び寄せなければならないらしい」
「はぁ……」
としか言いようがない。
「わたしが今夜招かれたのは、その最終確認というわけだよ」
「はい? 最終確認? お父様、どういうことなのです? まさかわたしを置いて、自分一人だけで辺境の地に行くのですか?」
そう。侯爵領は、この王国の東の国境地域を占めている。
国境を越えれば、わが家の因縁の相手ともいえる軍事国なのである。仇敵の相手、という方がいいかもしれない。
「おまえを置いて?」
お父様は、またわざとらしく驚いた。
「だってそうでしょう? わたしはこの王都にいるのだから」
なにせ侯爵が離縁してくれない。だから、現状はこの王都にいなければならない。
「というか、どうして侯爵領で獣医をするの? 他の領地でも出来るでしょう? 周辺の領地にもいないのだったら、その領主にスポンサーになってもらえばいいではないですか」
なにも侯爵でなくても、スポンサーになってくれる貴族はいるはずよ。
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