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女子(レディ)力

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「それでね、マヤ。わたしったらおっちょこちょいのところがあるから、そのときもそのレディにお茶をかけちゃったの。しかも盛大によ」
「へー」

 すべてが順調ではなかった。

 荷物は滞りないけれど、侯爵の妻の座を譲る為の引継ぎがうまくいっていないのである。

 ほんとうに「まったく」、である。

 ミレーヌは、例のわたし拉致事件以降ますますわたしに馴れ馴れしくしてくる。

 そんな彼女を邪険に出来ない。なにせ囮になってくれたから。
 
 いまも居間のわたしお気に入りの長椅子の上で、ふたりで並んでお茶とスイーツを楽しんでいる。

 訂正。楽しんでいるのは彼女だけで、わたしは自分の部屋にはやく戻りたいと思っている。もしくは、せめて「侯爵の妻」の引継ぎをしたい。

 もっとも、引継ぐ内容は、それほど多くはない。

 わたしは、公式非公式にかぎらず最低限にしか妻を演じていないから。

「それでね、それでね。その娘ったらほんとうにかわっているの」

 ミレーヌは、お気に入りの娘の話をずっとしている。

 なんでも子どものときの大の仲良しの娘なのだとか。

「マヤ、このカヌレ美味しいわね」

 彼女は、もう数個しかないカヌレを手でつまむと口に放り込んだ。

 ほんと彼女ってわからない。

 最初は、侯爵とは身分違いのレディかと思っていた。たとえば、街のそういうことを専門にしているレディかと。それなら、すんなり夫婦になるのは難しい。いろいろと根回しや手配が必要になる。だから、侯爵はわたしと契約夫妻となり、その間に彼女と正式に結婚する準備を進めているのかと思っていた。

 が、彼女の話の端々に、上流階級のレディなのかなという感じを受けることがある。彼女の所作もそう。囮になってくれたあのときの華麗といっても過言ではないあのアクションは別にして、ときに間の抜けたようなおっとりした動作と性格は、とてもではないけれど街のそういうレディの所作ではない。

 もっとも、わたしが侯爵の妻を演じているように彼女も演じているのなら話は別だけど。

「そのカヌレ、レナルドに教えてもらってわたしが作ったの」
「えっ、マヤが? キャッ、素敵。こんなに美味しいんですもの。シルヴェストル侯爵家領でスイーツのお店をしてもいいんじゃない? ううん。この王都でだって人気店になるわ。マックにねだればさせてくれるわよ」

 彼女は、両手を上げて驚きの表情を作った。

 その大げさな反応に、「ああ、こういうのがレディ力というのね」と、サンドリーヌが言っていたのを思い出した。

 最近の男性は、「レディ力」の高いレディを好むらしい。

 だからこそ、侯爵もミレーヌを気に入っているのねと納得した。

「ほんと、マヤッてすごいわよね。馬の専門家でありお医者さんだし、お菓子だって料理だってとっても美味しく作ることが出来るし、やさしいし気遣い抜群だし。それにくらべ、わたしなんて最低だわ」

(あなたの方がすごいわよ、ミレーヌ。あなたのその天然なところが特にね)

 心の中で苦笑せずにはいられない。

 彼女は、ひとしきりわたしのことを褒めてくれたあと、また子どものときの親友の話を始めた。

 彼女とその娘と彼女の兄は、とても仲がよかったらしい。

 彼女には、兄がいるらしい。きっと彼女に似て美貌の持ち主に違いない。

 それこそ、侯爵のように。

 その娘とのやり取りを面白おかしく語る彼女は、ほんとうに楽しそうでしあわせそう。

 その娘がいまどうしているのか、とふと尋ねてみたくなった瞬間である。

 居間の扉が開き、だれかが入ってきたのを背中で感じた。

「まあっ、マック」

 ミレーヌは、ピョコンと立ち上がると形のいい唇の前で両手を握り合わせて叫んだ。

(こういうのも『レディ力』が高いっていうのね)

 つくづく感心する。

「侯爵閣下」

 それにくらべ、わたしは座ったまま首だけわずかにまわし、まともに彼を見ることなく冷静に言う。

(なんて可愛げがないの?)

 自分でもそう思う。

「ずいぶんと楽しそうだな、ミレーヌ? 甲高い声が大階段上にまで響き渡っているぞ。ほら、もう遅い。マヤにも迷惑だ。お開きにしないとな」
「えーっ! いやよ。せっかくマヤとお話ししているですもの。レディトークよ。朝までふたりで話をしたいわ」

 ミレーヌは、キャピキャピしている。これだけ可愛く言われたら、男性なんてイチコロよね。

 侯爵のように。

 わたしにはぜったいに出来ないけど。

 そもそも馬糞臭をさせながらキャピキャピしたら、かなり残念なレディである。
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