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凄惨すぎる光景
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「お父様、大丈夫です」
そう力強く答えていた。
とはいえ、不安で不安で仕方がないのだけれど。
「マヤ、大丈夫。わたしがついている」
そうわたしを安心させようとしたのは、お父様ではなく侯爵だった。
どうして侯爵がそんなことをしたのかはわからないけれど。
「侯爵、あなたたちも……」
「義父上、ご心配なく。われわれも立ち向かわねばならないのです」
お父様の言葉に、侯爵は美貌に決意をみなぎらせて応じた。
ミレーヌも美しくて可愛い顔に気丈さをみなぎらせている。
お父様は、無言で頷いた。
案内人は、そのタイミングで部屋の扉を開けた。
その部屋は、子ども部屋だった。
どうしてそうなのかがわかったかというと、部屋の片隅に埃をかぶった玩具が無造作に置かれているからである。
部屋は、子ども部屋だからか長毛の絨毯が敷き詰められている。が、絨毯や壁や玩具やチェストなど、いたるところにシミがついている。
まるで大昔に付着した血液のようなそのシミを見た瞬間、うなじがゾワゾワし始めたのと同時に頭が痛くなってきた。
頭痛、というのはちょっと違うかもしれない。
頭の中に強烈な光があらわれ、それが爆発したかのような感覚に襲われた感じかしら。
そして、うなじがゾワゾワする原因がもうひとつある。
部屋の中央に血まみれの塊が転がっている。
その血まみれの塊を見た瞬間、頭の中でさらにスパークが起った。そう。それは、まさしくスパークだった。
その衝撃に、おもわず頭を抱えてしまったほどである。
「マヤ、大丈夫かい?」
「マヤ、大丈夫?」
侯爵が支えてくれなかったら、あるいはミレーヌが声をかけてくれなかったら、失神してしまったかもしれない。
「タク、きみの推察通りだった」
そのとき、紺色のスーツ姿の男性が静かに言った。彼は、血まみれの塊の横で静かに佇んでいる。
先日、侯爵に会いにきた客人である。
そのとき、彼は隣国ぺルグラン帝国から宰相に会いに来た使者だと言った。
その前に侯爵とお父様に会いたかった、とも。
いま、その彼の左手にはお母様の日記が握られている。
(どうして彼が、お母様の日記を?)
疑問に思ったけれど、すぐに思い出した。
宰相は、帝国から使者が来ると言っていたことを。
彼は、お母様の日記をその使者に渡すつもりだったのかもしれない。
そのとき、血まみれの塊が動いた。うめき声がきこえてくる。
「タ、ク……。き、貴様、おれを売ったな……」
途切れ途切れだけど、たしかにお父様への言葉だった。
それは、宰相だった。
「まだいらぬ口を叩けるか、このクソ野郎」
帝国の使者は、宰相の横に両膝を折ると拳で殴りつけた。
ここからでも彼のその拳が真っ赤に染まっているのが見える。
それからが悲惨すぎた。
帝国の使者は、わたしたちを案内してくれた人にお母様の日記を預けた。それから、彼は宰相をめちゃくちゃに殴り続けたのである。
宰相の肉体に拳があたる度に立てるゾッとする音をきき、周囲に飛散する血液を見るには、わたしは小心者すぎる。
というか、それらが頭の中をめちゃくちゃにし始めた。
映像が、音が、わたしの頭の中をひっかきまわす。気分が悪くなり、侯爵に支えてもらいながらでも意識が飛んでしまう。
このままここから逃げだしたい。もう見たくないしききたくもない。
どうしてこんなものを見せられ、きかせられるのか……。
お父様の意図するところがわからない。
「た、たのむ。もうやめてくれ。謝る。金貨だってやる。だ、だから、命だけは、命だけは助けてくれ」
宰相の弱弱しい懇願。それを無視して暴行を続ける帝国の使者。
そのとき、唐突にあらわれた。
脳裏にはっきりとあらわれたのである。
お母様が、わたしが、宰相が、見覚えのある少年と少女と彼らのお母様が……。
宰相はいまより若く、わたしはまだ子ども。
少年は、侯爵。少女は、ミレーヌ。侯爵とミレーヌのお母様は、わたしのお母様に負けず劣らず美しいレディ。
突如戻ってきた。
わたしの記憶が戻ってきたのだ。
いっきに押し寄せてきた記憶の奔流に耐えきれず、わたしの意識は飛んでしまった。
わたしは、失神したのである。
そう力強く答えていた。
とはいえ、不安で不安で仕方がないのだけれど。
「マヤ、大丈夫。わたしがついている」
そうわたしを安心させようとしたのは、お父様ではなく侯爵だった。
どうして侯爵がそんなことをしたのかはわからないけれど。
「侯爵、あなたたちも……」
「義父上、ご心配なく。われわれも立ち向かわねばならないのです」
お父様の言葉に、侯爵は美貌に決意をみなぎらせて応じた。
ミレーヌも美しくて可愛い顔に気丈さをみなぎらせている。
お父様は、無言で頷いた。
案内人は、そのタイミングで部屋の扉を開けた。
その部屋は、子ども部屋だった。
どうしてそうなのかがわかったかというと、部屋の片隅に埃をかぶった玩具が無造作に置かれているからである。
部屋は、子ども部屋だからか長毛の絨毯が敷き詰められている。が、絨毯や壁や玩具やチェストなど、いたるところにシミがついている。
まるで大昔に付着した血液のようなそのシミを見た瞬間、うなじがゾワゾワし始めたのと同時に頭が痛くなってきた。
頭痛、というのはちょっと違うかもしれない。
頭の中に強烈な光があらわれ、それが爆発したかのような感覚に襲われた感じかしら。
そして、うなじがゾワゾワする原因がもうひとつある。
部屋の中央に血まみれの塊が転がっている。
その血まみれの塊を見た瞬間、頭の中でさらにスパークが起った。そう。それは、まさしくスパークだった。
その衝撃に、おもわず頭を抱えてしまったほどである。
「マヤ、大丈夫かい?」
「マヤ、大丈夫?」
侯爵が支えてくれなかったら、あるいはミレーヌが声をかけてくれなかったら、失神してしまったかもしれない。
「タク、きみの推察通りだった」
そのとき、紺色のスーツ姿の男性が静かに言った。彼は、血まみれの塊の横で静かに佇んでいる。
先日、侯爵に会いにきた客人である。
そのとき、彼は隣国ぺルグラン帝国から宰相に会いに来た使者だと言った。
その前に侯爵とお父様に会いたかった、とも。
いま、その彼の左手にはお母様の日記が握られている。
(どうして彼が、お母様の日記を?)
疑問に思ったけれど、すぐに思い出した。
宰相は、帝国から使者が来ると言っていたことを。
彼は、お母様の日記をその使者に渡すつもりだったのかもしれない。
そのとき、血まみれの塊が動いた。うめき声がきこえてくる。
「タ、ク……。き、貴様、おれを売ったな……」
途切れ途切れだけど、たしかにお父様への言葉だった。
それは、宰相だった。
「まだいらぬ口を叩けるか、このクソ野郎」
帝国の使者は、宰相の横に両膝を折ると拳で殴りつけた。
ここからでも彼のその拳が真っ赤に染まっているのが見える。
それからが悲惨すぎた。
帝国の使者は、わたしたちを案内してくれた人にお母様の日記を預けた。それから、彼は宰相をめちゃくちゃに殴り続けたのである。
宰相の肉体に拳があたる度に立てるゾッとする音をきき、周囲に飛散する血液を見るには、わたしは小心者すぎる。
というか、それらが頭の中をめちゃくちゃにし始めた。
映像が、音が、わたしの頭の中をひっかきまわす。気分が悪くなり、侯爵に支えてもらいながらでも意識が飛んでしまう。
このままここから逃げだしたい。もう見たくないしききたくもない。
どうしてこんなものを見せられ、きかせられるのか……。
お父様の意図するところがわからない。
「た、たのむ。もうやめてくれ。謝る。金貨だってやる。だ、だから、命だけは、命だけは助けてくれ」
宰相の弱弱しい懇願。それを無視して暴行を続ける帝国の使者。
そのとき、唐突にあらわれた。
脳裏にはっきりとあらわれたのである。
お母様が、わたしが、宰相が、見覚えのある少年と少女と彼らのお母様が……。
宰相はいまより若く、わたしはまだ子ども。
少年は、侯爵。少女は、ミレーヌ。侯爵とミレーヌのお母様は、わたしのお母様に負けず劣らず美しいレディ。
突如戻ってきた。
わたしの記憶が戻ってきたのだ。
いっきに押し寄せてきた記憶の奔流に耐えきれず、わたしの意識は飛んでしまった。
わたしは、失神したのである。
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