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回り道
アスタールの求人旅行 6
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昨日の祭りは、なかなか楽しかった。
グラムナートの祭りは夜に行われるものが多いのだが、エルドランでは一昼夜通して行われていた。
それに、運ばれてくる供物ではなく、自分で好きなものを屋台で買って食べるという経験は初めてのことだ。
少し悪いことをしているような気分になりつつも、それがまた楽しくて、ついつい買いすぎてしまった。
幸いなことに、温め直せば美味しく食べることができたから今日の朝食として楽しんだのだが、次の機会があったら気をつけることにしよう。
買いすぎに注意、だ。
昨晩泊まった宿を出ると、まずは祭り見物をしながら目をつけていた宿に空きがないか訪ねてみる。
「ああ、お祭りも終わったから空いてますよ」
幸いなことに、良さそうだと思っていた宿に部屋が空いていた。
ありがたい。
昨日の宿は壁が薄くて隣の音が筒抜けな上、部屋に戻ったあとに何度もドアを開けようとする人物がいて迷惑していたのだ。
部屋を間違えたのだろうが、酒を飲みすぎだと思う。
酒を楽しむのは良いが、他人に迷惑をかけない適度な量にとどめてもらいたいものだ。
「では、とりあえず三日ほど滞在したい」
「宿泊料は先払いで、三万九千ミルになります。朝食と夕食をご用意することもできます。別料金になりますが、いかがですか?」
「では、朝食だけ頼みたい」
「朝食は五百ミルなので、千五百ミルを追加して四万5百ミルになります」
宿帳に記入してから、代金を渡しつつ身分証を提示すれば宿泊手続きは終了だ。
部屋を確認させてもらうと、昨日とは比べ物にならない清潔な部屋でホッと胸をなでおろす。
やはり昨日の宿はないな、と改めて思う。
なにせ、ベッドは足が折れるし、窓にも鍵がかからなかったのだ。
客を泊めるような部屋ではないだろう。
大方、祭の最中にやってきた世間知らずからぼったくってやろうと思って、物置にでも泊めたのに違いない。
あれで二泊5万ミルだとは、なんともひどい話だ。
他に泊まる場所がなかったから、仕方がない部分はあったのだが………
「お祭りはもう終わってしまいましたけど、この街にはどのようなご用件でいらしたんですか?」
受付をした上に、部屋まで案内してくれた女性がそう言って私を見上げる。
少し、顔が赤いようだが熱でもあるのだろうか。
私は問いに答えるついでに、兄上が言っていた弟子の募集を行う施設の場所を尋ねる。
「実は、弟子を採ろうと思っているのだが――」
「ああ、職業斡旋所に行かれるんですね」
「うむ」
「今は新卒の子達がお仕事を探しに奔走する時期ですし、お仕事を探している人も大勢いますから、きっと応募が殺到しますよ」
殺到するのも困るなと思いつつ、女性の言葉に頷くことを返答の代わりとした。
新たにとった宿で職業斡旋所の場所を教えてもらい、早速、そちらへ足を向ける。
特に人数は決めていないものの、あまり大勢を相手に教えられる自信はない。
一人か、せいぜい二人。
それ以上は必要ないだろう。
辿り着いた先にあった職業斡旋所は、クリーム色のレンガで作られた三階建ての建物だ。
屋根が傾斜のきつい三角形になっているのは、冬場の雪を落とすためだろうか?
だから、建物の間に雪の残滓があるのかと納得しつつ内部へ入った。
中に入ると開きっぱなしになっている扉があり、そこに多くの人がいるのが見える。
宿の女性が受付は一階にあると言っていたから、私もその部屋に入ればいいのだろうと検討をつけて中へと踏むこむ。
部屋の入口からぐるりと見回すと、どうやら一番人気がない窓口に兄の用意した書類を提出すれば良いようだ。
『弟子の募集をしたいのだが……」
とりあえず、何やら書き物をしている窓口の男性に声をかけてみる。
「あ、はい――」
返事をしつつ顔を上げた彼が、続きを口にする前にポカンと口を開けて目を瞬く。
一回、二回、三回。
それからゆっくりと口の開け締めを同じ回数繰り返す。
……何かの儀式なのだろうか?
そうしてから、ようやく受付業務に取り掛かる。
受付を始めてくれたのはいいのだが、今度は全く瞬きをしないというのはなんなのだろう。
正直なところ、少し怖い。
グラムナートの祭りは夜に行われるものが多いのだが、エルドランでは一昼夜通して行われていた。
それに、運ばれてくる供物ではなく、自分で好きなものを屋台で買って食べるという経験は初めてのことだ。
少し悪いことをしているような気分になりつつも、それがまた楽しくて、ついつい買いすぎてしまった。
幸いなことに、温め直せば美味しく食べることができたから今日の朝食として楽しんだのだが、次の機会があったら気をつけることにしよう。
買いすぎに注意、だ。
昨晩泊まった宿を出ると、まずは祭り見物をしながら目をつけていた宿に空きがないか訪ねてみる。
「ああ、お祭りも終わったから空いてますよ」
幸いなことに、良さそうだと思っていた宿に部屋が空いていた。
ありがたい。
昨日の宿は壁が薄くて隣の音が筒抜けな上、部屋に戻ったあとに何度もドアを開けようとする人物がいて迷惑していたのだ。
部屋を間違えたのだろうが、酒を飲みすぎだと思う。
酒を楽しむのは良いが、他人に迷惑をかけない適度な量にとどめてもらいたいものだ。
「では、とりあえず三日ほど滞在したい」
「宿泊料は先払いで、三万九千ミルになります。朝食と夕食をご用意することもできます。別料金になりますが、いかがですか?」
「では、朝食だけ頼みたい」
「朝食は五百ミルなので、千五百ミルを追加して四万5百ミルになります」
宿帳に記入してから、代金を渡しつつ身分証を提示すれば宿泊手続きは終了だ。
部屋を確認させてもらうと、昨日とは比べ物にならない清潔な部屋でホッと胸をなでおろす。
やはり昨日の宿はないな、と改めて思う。
なにせ、ベッドは足が折れるし、窓にも鍵がかからなかったのだ。
客を泊めるような部屋ではないだろう。
大方、祭の最中にやってきた世間知らずからぼったくってやろうと思って、物置にでも泊めたのに違いない。
あれで二泊5万ミルだとは、なんともひどい話だ。
他に泊まる場所がなかったから、仕方がない部分はあったのだが………
「お祭りはもう終わってしまいましたけど、この街にはどのようなご用件でいらしたんですか?」
受付をした上に、部屋まで案内してくれた女性がそう言って私を見上げる。
少し、顔が赤いようだが熱でもあるのだろうか。
私は問いに答えるついでに、兄上が言っていた弟子の募集を行う施設の場所を尋ねる。
「実は、弟子を採ろうと思っているのだが――」
「ああ、職業斡旋所に行かれるんですね」
「うむ」
「今は新卒の子達がお仕事を探しに奔走する時期ですし、お仕事を探している人も大勢いますから、きっと応募が殺到しますよ」
殺到するのも困るなと思いつつ、女性の言葉に頷くことを返答の代わりとした。
新たにとった宿で職業斡旋所の場所を教えてもらい、早速、そちらへ足を向ける。
特に人数は決めていないものの、あまり大勢を相手に教えられる自信はない。
一人か、せいぜい二人。
それ以上は必要ないだろう。
辿り着いた先にあった職業斡旋所は、クリーム色のレンガで作られた三階建ての建物だ。
屋根が傾斜のきつい三角形になっているのは、冬場の雪を落とすためだろうか?
だから、建物の間に雪の残滓があるのかと納得しつつ内部へ入った。
中に入ると開きっぱなしになっている扉があり、そこに多くの人がいるのが見える。
宿の女性が受付は一階にあると言っていたから、私もその部屋に入ればいいのだろうと検討をつけて中へと踏むこむ。
部屋の入口からぐるりと見回すと、どうやら一番人気がない窓口に兄の用意した書類を提出すれば良いようだ。
『弟子の募集をしたいのだが……」
とりあえず、何やら書き物をしている窓口の男性に声をかけてみる。
「あ、はい――」
返事をしつつ顔を上げた彼が、続きを口にする前にポカンと口を開けて目を瞬く。
一回、二回、三回。
それからゆっくりと口の開け締めを同じ回数繰り返す。
……何かの儀式なのだろうか?
そうしてから、ようやく受付業務に取り掛かる。
受付を始めてくれたのはいいのだが、今度は全く瞬きをしないというのはなんなのだろう。
正直なところ、少し怖い。
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