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ぜんぶ、欲しい 前 〚早苗〛
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葵の両親は、聞きしにまさるクズだった。
“家に居場所がない”なんて葵は軽く説明してたけど、これほどとは。
日曜日、在宅しているだろう時間に訪れたとき、諸手をあげて歓迎された。
この目には慣れている。俺の上っ面だけで俺を評価する目。―――底の浅いやつらだ。
2日間葵を預かっていたことを謝れば、「あらいなかったかしら」「そういえば茜がそんなこと言っていたな」なんていう反応。
生活スペースにも、葵の気配は一切ない。
三人掛けのソファと、ひとり用のビーズクッション。
食卓机も四人掛けだし、冷蔵庫に貼られたカレンダーは予定を書く欄が四分割されている。………おそらく、家族それぞれの予定を書き込むのだろうそこに、葵の名前はない。
カップなども、葵のだけはすぐにわかる。四つがお揃いの中、不揃いのひとつはすごく目立つから。
―――まさかこれほどとは。
心の中が冷え込んでいくのを感じながら、美しい理由をつけて葵の下宿話を持ちかける。
言葉や態度の端々に見え隠れする「厄介払いができて嬉しい」という本音に、葵がそっと目を伏せる。
きっといつものことなのだろう。
気弱げな微笑みそのままに、諦めたようなその表情に胸が痛んだけれど、両親がクズなおかげで同居の許可は簡単に得られた。
まともな両親なら高校生ふたりだけの同居なんて許さないだろうに、ここだけはクズに感謝しなくもない。
途中で帰ってきた茜が反対したけど、耳触りのいい言葉を並び立てて目を合わせて微笑めば両親は簡単に堕ちた。―――本当に底が浅い。
一番の目的は早々に達成したけれど、まだ懸念は残っている。
ひとつめは、葵の気持ち。
同居を持ちかけたものの、ずっと逡巡していた。
どれほどの扱いを受けようと、家族を切る気にはなれないのだろう。―――その優しい心根が、愛しいけれど、もどかしくもある。
早く、俺に、堕ちればいいのに。
かなり強引に話を進めたけれど、やはり葵にこそ選ばせたい。
葵の居場所は、この冷たい家ではなくて俺の横なのだと。
ふたつめは、弟の茜。
ぎらぎらと俺を睨みつける目は、敵意と嫉妬で溢れていた。
葵が自分から離れるとわかってどう出るか。
―――正直、悪い想像しかできない。
この土日で出来る限りの護身術は仕込んだけど、大丈夫だろうか。
俺の予想では、強姦が6割。暴力が3割。監禁が1割。
暴力や監禁への抵抗は難しいだろうから、葵の首にキスマークをつけた。
この『おまじない』で、強姦の確率は高まるだろう。押し倒されたところから抜け出す方法は入念に教えたから、勝率もあがるはずだ。
葵に念押しもした。何かあったら迷わず来ること。練習を忘れないこと。
あとは、葵を信じて待つだけだ。
一緒にいて、牽制して、守ることは容易い。
けれど、葵があのニセモノの呪縛から真に逃れるためには、葵自身が戦う必要がある。
悶々としながら今か今かと連絡を待ち、まさか抵抗に失敗したのではないか、助けに行くべきかと立ち上がりかけた時、携帯が鳴った。
飛びつくように出て、だけど努めて落ち着いた声を出す。
―――泣いている。
声はない。鼻をすする音さえしない。
けれど、電話の向こうで泣いていることはすぐにわかった。
何度も傷つく姿を見た。
青ざめて、くちびるを震わせて、痛みに耐える姿を。
けれど、決して泣かなかったのに。
―――ああ、なんで今そこに俺がいない。
かちかちと歯の鳴る音と、バスのアナウンスだけが聞こえる電話の向こうに、ひとつひとつ言葉を投げる。
もう大丈夫だと、怖いものはないと、耳に吹き込んで。
その傍らで、アナウンスから到着時間を調べる。
この時間なら、ひとつ前の停留所に行っても間に合うだろう。
そう確信して、電話の向こうに伝わらない程度の早足でそこに向かった。
声はまだ聞こえない。けれどアナウンスが、もうすぐ会えると伝えて。
到着と同時にバスに乗り込めば、一番後ろの座席に葵がいた。
萎れた花みたいに頬を濡らして、小さな手でそれを拭おうとして。
衝動的にその手を掴んだ。
―――俺には、隠すな。
声を殺して泣くのも、泣いてることを隠すように濡れた頬を拭うのも、生い立ちが関係していることくらいわかる。
だけど、俺は、ぜんぶ欲しい。
心の奥まで見透かすような目も。
ひかえめな微笑みも。
痛みを堪える青ざめた頬も。
はじめて見る泣き顔も。
そしていつか、曇りのない笑顔を。
名前を呼べば、華奢な身体が胸の中に飛び込んできた。
“家に居場所がない”なんて葵は軽く説明してたけど、これほどとは。
日曜日、在宅しているだろう時間に訪れたとき、諸手をあげて歓迎された。
この目には慣れている。俺の上っ面だけで俺を評価する目。―――底の浅いやつらだ。
2日間葵を預かっていたことを謝れば、「あらいなかったかしら」「そういえば茜がそんなこと言っていたな」なんていう反応。
生活スペースにも、葵の気配は一切ない。
三人掛けのソファと、ひとり用のビーズクッション。
食卓机も四人掛けだし、冷蔵庫に貼られたカレンダーは予定を書く欄が四分割されている。………おそらく、家族それぞれの予定を書き込むのだろうそこに、葵の名前はない。
カップなども、葵のだけはすぐにわかる。四つがお揃いの中、不揃いのひとつはすごく目立つから。
―――まさかこれほどとは。
心の中が冷え込んでいくのを感じながら、美しい理由をつけて葵の下宿話を持ちかける。
言葉や態度の端々に見え隠れする「厄介払いができて嬉しい」という本音に、葵がそっと目を伏せる。
きっといつものことなのだろう。
気弱げな微笑みそのままに、諦めたようなその表情に胸が痛んだけれど、両親がクズなおかげで同居の許可は簡単に得られた。
まともな両親なら高校生ふたりだけの同居なんて許さないだろうに、ここだけはクズに感謝しなくもない。
途中で帰ってきた茜が反対したけど、耳触りのいい言葉を並び立てて目を合わせて微笑めば両親は簡単に堕ちた。―――本当に底が浅い。
一番の目的は早々に達成したけれど、まだ懸念は残っている。
ひとつめは、葵の気持ち。
同居を持ちかけたものの、ずっと逡巡していた。
どれほどの扱いを受けようと、家族を切る気にはなれないのだろう。―――その優しい心根が、愛しいけれど、もどかしくもある。
早く、俺に、堕ちればいいのに。
かなり強引に話を進めたけれど、やはり葵にこそ選ばせたい。
葵の居場所は、この冷たい家ではなくて俺の横なのだと。
ふたつめは、弟の茜。
ぎらぎらと俺を睨みつける目は、敵意と嫉妬で溢れていた。
葵が自分から離れるとわかってどう出るか。
―――正直、悪い想像しかできない。
この土日で出来る限りの護身術は仕込んだけど、大丈夫だろうか。
俺の予想では、強姦が6割。暴力が3割。監禁が1割。
暴力や監禁への抵抗は難しいだろうから、葵の首にキスマークをつけた。
この『おまじない』で、強姦の確率は高まるだろう。押し倒されたところから抜け出す方法は入念に教えたから、勝率もあがるはずだ。
葵に念押しもした。何かあったら迷わず来ること。練習を忘れないこと。
あとは、葵を信じて待つだけだ。
一緒にいて、牽制して、守ることは容易い。
けれど、葵があのニセモノの呪縛から真に逃れるためには、葵自身が戦う必要がある。
悶々としながら今か今かと連絡を待ち、まさか抵抗に失敗したのではないか、助けに行くべきかと立ち上がりかけた時、携帯が鳴った。
飛びつくように出て、だけど努めて落ち着いた声を出す。
―――泣いている。
声はない。鼻をすする音さえしない。
けれど、電話の向こうで泣いていることはすぐにわかった。
何度も傷つく姿を見た。
青ざめて、くちびるを震わせて、痛みに耐える姿を。
けれど、決して泣かなかったのに。
―――ああ、なんで今そこに俺がいない。
かちかちと歯の鳴る音と、バスのアナウンスだけが聞こえる電話の向こうに、ひとつひとつ言葉を投げる。
もう大丈夫だと、怖いものはないと、耳に吹き込んで。
その傍らで、アナウンスから到着時間を調べる。
この時間なら、ひとつ前の停留所に行っても間に合うだろう。
そう確信して、電話の向こうに伝わらない程度の早足でそこに向かった。
声はまだ聞こえない。けれどアナウンスが、もうすぐ会えると伝えて。
到着と同時にバスに乗り込めば、一番後ろの座席に葵がいた。
萎れた花みたいに頬を濡らして、小さな手でそれを拭おうとして。
衝動的にその手を掴んだ。
―――俺には、隠すな。
声を殺して泣くのも、泣いてることを隠すように濡れた頬を拭うのも、生い立ちが関係していることくらいわかる。
だけど、俺は、ぜんぶ欲しい。
心の奥まで見透かすような目も。
ひかえめな微笑みも。
痛みを堪える青ざめた頬も。
はじめて見る泣き顔も。
そしていつか、曇りのない笑顔を。
名前を呼べば、華奢な身体が胸の中に飛び込んできた。
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