華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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王宮を飛び出した私は、その足で実家の公爵邸へと直行した。


もちろん、移動手段は「徒歩」だ。


馬車を待っている時間すら惜しい。


ドレスの裾をまくり上げ、夜の王都を全力疾走する公爵令嬢。


すれ違う人々は「白い突風が通り抜けた」としか認識できなかっただろう。


「ぜぇ、はぁ……着いたわ!」


目の前に、見慣れた巨大な鉄門がそびえ立つ。


当然、私の視力ではボヤけた黒い塊にしか見えない。


門番がいるはずだが、反応がない。


(あら? 門番さん、サボりかしら? まあいいわ、開ける手間が省けるし)


私は閉ざされた鉄門の隙間――人一人がやっと通れる通用口へと突っ込んだ。


実際には、門番たちは私の形相(眉間にシワを寄せ、呼吸を荒げながら突進してくる姿)を見て、「魔獣の襲来だ!」と腰を抜かして草むらに隠れていたのだが、知る由もない。


「ただいま戻りましたー!」


玄関ホールに入ると同時に、私は大声を張り上げた。


屋敷の中は静まり返っている。


深夜だからではない。使用人たちが物陰に隠れて震えている気配がする。


(みんな、恥ずかしがり屋なんだから)


私は気にせず、階段を駆け上がろうとした。


その時、頭上から重々しい声が降ってくる。


「……ミールか」


階段の踊り場に、ひとりの男が立っていた。


我が父、ヴァン・ダレス公爵である。


国の宰相を務める厳格な男で、その眼光は鋭く、政敵を震え上がらせる「鉄の公爵」として有名だ。


だが、今の私には「灰色の長い棒(父)」にしか見えない。


「お父様! ちょうどよかった!」


私は階段を二段飛ばしで駆け上がる。


父の顔の前まで詰め寄り、いつものように目を細めて凝視した。


(えっと、今日のお父様の顔色は……うん、白っぽいから健康そうね)


至近距離でのガン飛ばし。


父、ダレス公爵の顔がピクりと引きつる。


「そ、そう睨むな……。話は聞いている」


父の声は、なぜか少し震えていた。


「王家から早馬が来た。婚約破棄、そして国外追放……だろう?」


「はい! その通りです!」


私は満面の笑みで答えたつもりだった。


だが、父にはそれが「怒りのあまり引きつった笑み」に見えたらしい。


公爵は額の汗をハンカチで拭った。


「……悔しいか?」


「ええ、もう! 最高に!」


「(最高に悔しい、ということか……なんと恐ろしい殺気だ)」


父はゴクリと喉を鳴らす。


「で、お父様。話が早くて助かります。私、これからすぐに旅立ちますので」


「なっ!? す、すぐに、とはどういうことだ。まさか……」


父の顔色が変わる。


「今すぐ兵を挙げるつもりか!? 早まるなミール! 我が家の私兵団だけでは王軍に勝てんぞ!」


「はい? 何の話です?」


「クーデターだろう!? そのために帰ってきたのではないのか!?」


「違いますよ。兵隊なんて邪魔なだけです」


私は手を振って否定した。


「私が欲しいのは、もっと実用的なものです」


「じ、実用的……まさか、暗殺部隊か……?」


「お金です」


私は右手を差し出した。


掌を上に向け、指をクイクイと動かす。


「オズワルド殿下からは慰謝料と別荘を頂きましたが、旅の資金はいくらあっても困りません。これまで公爵家のために『完璧な令嬢』を演じてきたのですから、退職金くらい頂いてもバチは当たりませんよね?」


「た、退職金……」


「はい。即金でお願いします。小切手は換金が面倒なので、現物支給で」


父は呆然としていたが、私の背後に揺らめくオーラ(ただの空腹によるイライラ)を感じ取り、慌てて懐を探った。


「わ、わかった。金庫の鍵だ。好きに使え」


「ありがとうございます! さすが話がわかる!」


私は鍵をひったくると、父の横をすり抜けて廊下を走った。


目指すは、父の書斎にある隠し金庫だ。


(場所は把握しているわ。以前、掃除のついでに見つけたから)


記憶を頼りに廊下を進む。


曲がり角で、執事のセバスチャンと衝突しそうになった。


「ひぃぃッ! お嬢様!?」


「あらセバスチャン。どいて頂戴、急いでるの」


「あ、あのお顔……修羅だ……修羅がおられる……」


セバスチャンは壁に張り付いて合掌している。


私はそれを無視して書斎に飛び込み、壁にかかった絵画を外した。


金庫が現れる。


鍵を差し込み、扉を開ける。


そこには、ズラリと並んだ金貨の袋と宝石類。


「おー! キラキラしてる(ような気がする)!」


視界が悪いので正確な量は分からないが、手触りで確認する。


重い。硬い。冷たい。


間違いなく金貨だ。


「これだけあれば、辺境で店を開く資金には十分ね」


私は近くにあった風呂敷(なぜ書斎に風呂敷があるのかは謎だが、たぶん父が趣味の骨董品を隠すのに使っているのだろう)を広げ、金貨袋を放り込んだ。


ついでに、棚に置いてあった高そうな壺も……いや、これは割れるからやめておこう。


代わりに、文鎮として置いてあったミスリルの塊を懐に入れた。


(これなら漬物石に使えるわね)


「よし、資金確保!」


風呂敷を背負い、私は自室へと移動する。


次は荷造りだ。


部屋に入ると、専属メイドのマリーが震えながら立っていた。


「お、お嬢様……婚約破棄されたというのは本当ですか……?」


「ええ本当よ! マリー、手伝って!」


「ひっ、は、はい! 何なりと! (殺される!)」


「ドレスはいらないわ。コルセットも、ヒールも、宝石も全部捨てて」


「え?」


マリーがキョトンとする。


「動きやすい服! 狩猟用のパンツスタイルのがあったでしょう? あれを出して。あと、ブーツも!」


「は、はい……あの、夜会用のドレスは……」


「薪にするから束ねておいて」


「薪!?」


「あと、一番大事なもの!」


私はクローゼットではなく、部屋の隅にある「趣味の棚」を開けた。


そこには、私が隠れて集めていた調理器具コレクションが鎮座している。


最高級鋼で作らせたマイ包丁。


焦げ付き知らずの鉄フライパン。


秘伝のスパイスセット。


「これらは絶対に持っていくわ。マリー、布で包んで!」


「は、はい……あの、お嬢様。剣や毒薬ではなく、調理器具を?」


「当たり前じゃない。現地で調達できないものを持っていくのがサバイバルの基本よ」


私はテキパキと指示を飛ばす。


(着替えは最低限でいい。どうせ向こうで買うし。大事なのは、生活の質を落とさないための道具!)


視界が悪いので、手探りで棚の奥を探る。


「あった! 私の相棒!」


取り出したのは、巨大な中華鍋だ。


「……お嬢様、それは鈍器ですか?」


「鍋よ。盾にもなるし、煮炊きもできる優れもの」


「(盾にする気だ……やはり戦地へ向かうのね)」


マリーの勘違いをよそに、私は荷造りを完了させた。


大きなリュックサック一つと、背負った風呂敷包み。


そして腰にはフライパンと中華鍋をぶら下げている。


鏡を見てみた。


(……うん、よく見えないけど、強そう)


姿見に映っているのは、どう見ても「戦場に向かう傭兵」か「夜逃げする盗賊」だったが、私は「身軽な旅人」だと思い込んでいた。


「よし、準備完了!」


私は窓を開けた。


「お嬢様? 玄関はあちらですが」


「玄関まで戻るのが面倒だわ。ここから行く」


「ここ、三階ですよ!?」


「問題ないわ。下には確か、フカフカの芝生があったはず」


私は窓枠に足をかけた。


「マリー、今までありがとう。あなたは良いメイドだったわ」


「お嬢様……!」


マリーが涙ぐむ。


「元気でね! 退職金は父の金庫から勝手に取っておきなさい!」


「ええっ!?」


言い残して、私は夜空へ身を投げた。


ヒュンッ、と風を切る音。


次の瞬間、ドスッという鈍い音と共に着地する。


「……痛っ」


芝生だと思っていた場所は、先日植え替えられたばかりの「トゲトゲのサボテン花壇」だった。


「誰よ、こんなところにサボテン植えたの!」


お尻に刺さったトゲを抜きながら、私は立ち上がる。


痛みで少し涙目になったが、それもまた「別れの悲しみを堪える姿」として、窓から見下ろすマリーの涙を誘ったらしい。


「お嬢様……必ず、必ず生きて戻ってください……!」


「(サボテンの手入れはちゃんとしなさいよー!)」


言葉は届かない。


私はサボテンのトゲを抜き終わり、屋敷の裏門へと向かった。


あとは、ひたすら北へ走るだけだ。


自由へのカウントダウンは、もう終わっている。


「待っててね、私のスローライフ!」


私は夜の闇に紛れ、公爵邸を後にした。


その背中を見送る父と使用人たちが、「公爵家最強の狂犬が、野に放たれてしまった……」と絶望していることなど、知る由もなく。
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