華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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王都を出てから三日三晩。


私はひたすら走っていた。


街道を。山道を。獣道を。


「ふふ、なんて気持ちのいい朝かしら! 空気が美味しい!」


私は大きく息を吸い込み、深呼吸をする。


視界は相変わらずボヤけているが、それが逆に良い。


余計な情報が入ってこない分、自然の息吹をダイレクトに感じられるからだ。


「これぞスローライフへの第一歩……ジョギングよ!」


私の足取りは軽かった。


背中には全財産の入ったリュック、腰にはフライパンと中華鍋。


総重量は五十キロを超えているはずだが、まったく気にならない。


公爵家での淑女教育(という名のスパルタ訓練)に比べれば、こんなものは散歩である。


幼少期、父から「嫁入り道具より筋肉を持っていけ」と言われ、ドレスの下に鉄の重りをつけて生活していた日々が懐かしい。


おかげで私は、ドレスを着ていても舞踏会で三時間踊り続けられるスタミナと、素手でリンゴを握りつぶせる握力を手に入れた。


「さて、予定より早く着きそうね。ちょっとペースを上げましょうか」


私は地面を蹴った。


ドッ、という爆発音のような音がして、景色が後方へすっ飛んでいく。


時速六十キロ。


馬車など目ではない。自慢の健脚である。


しかし、そんな私の快適なジョギングを邪魔する影が現れた。


山道に差し掛かった時のことだ。


「おい! そこの女! 止まれぇぇッ!」


前方から複数の影が飛び出してきた。


「……?」


私は急ブレーキをかける。


ズサーッ! と地面が削れ、土煙が舞い上がった。


「ゲホッ……な、なんだこの土煙は……」


煙の向こうから、むさい男たちの声が聞こえる。


目を凝らしてみる。


茶色っぽいボロ布をまとった、薄汚い男たちが十人ほど。


手に何か持っている。棒切れだろうか?


(ああ、わかったわ)


私はポンと手を打った。


(この辺りは自然が豊かだから、木こりの方たちが作業しているのね)


手に持っているのは斧や鉈だろう。


私は愛想よく挨拶することにした。


「ごきげんよう! お仕事、精が出ますね!」


ニッコリと微笑む。


だが、彼らの反応は違った。


「あァ? 何ヘラヘラしてやがる。俺たちが誰だかわかってんのか?」


一番大柄な男が、ヌッと前に出てきた。


顔を近づけてくる。


(ん? よく見えないわね)


私は確認のために、いつものように眉間にシワを寄せ、目を細めて男の顔を覗き込んだ。


「……誰ですか?」


ドスの効いた低い声が出てしまった。


走った直後で息が切れていたのと、喉が渇いていたせいだ。


男がビクリと肩を震わせる。


「ひッ……!? (な、なんだこの女……すげぇ殺気だ……)」


「あの、急いでいるので。通してもよろしいですか?」


「と、通すわけねぇだろ! ここは俺たちの縄張りだ! 通りたければ置いていきな!」


「置いていく?」


私は首を傾げる。


(ああ、なるほど。通行料ね)


街道の整備費用だろうか。公爵家の領地でも関所はあった。


しかし、あいにく今は細かい持ち合わせがない。


金貨はあるが、こんな山奥で金貨一枚(平民の年収分)を渡すのは釣り銭に困るだろう。


「すみません、細かいのがなくて。ツケでいいですか?」


「ふざけんな! 金がねぇなら、その荷物と……あと、その服も全部置いていけ!」


「服?」


男たちが下品な笑い声を上げる。


「へへへ、よく見りゃ上玉じゃねぇか。身ぐるみ剥いで、たっぷりと可愛がってやるよ」


男が手を伸ばしてきた。


私の肩を掴もうとする。


その瞬間、私の脳内で「防衛本能」が作動した。


(おっと、危ない。虫かしら?)


視界の端で何かが動いたので、反射的に払いのけたのだ。


バヂィンッ!!


「あべしッ!?」


男がコマのように回転しながら吹き飛んだ。


そのまま後方の木に激突し、白目を剥いて気絶する。


あたりが静まり返った。


「……え?」


「アニキ!?」


残りの男たちが狼狽している。


私は自分の手を見つめた。


(あらやだ、大きめのアブかと思ったけど、木こりさんの手だったかしら?)


距離感が掴めないので、よくこういう失敗をする。


「ごめんなさい! 虫が止まったのかと思って、つい!」


私は謝罪の意を込めて、一歩前に出た。


しかし、男たちにはそれが「次はどいつだ」という死神の宣告に聞こえたらしい。


「や、やろォ! アニキの仇だ! 殺れ! 囲んでボコボコにしろ!」


男たちが一斉に襲いかかってきた。


四方八方から迫る刃物らしき影。


さすがの私も、これが「歓迎のダンス」ではないことくらいは察した。


(なんですって? 通行人を襲うなんて、さては……悪徳業者ね!?)


高額な通行料をふんだくろうとする違法な輩に違いない。


父上も言っていた。「領民を苦しめる悪党は、公爵家の名において鉄槌を下せ」と。


「教育的指導が必要ですわね」


私は腰に下げていたフライパンを抜いた。


愛用の鉄製フライパン。厚さ五ミリ。特注品である。


「オラァッ!」


右から男が剣を振り下ろしてくる。


「生焼けです!」


カァァァン!!


私はフライパンで剣を受け止め、そのまま手首を返して男の顎をカチ上げた。


いい音がして男が沈む。


「こ、このアマ!」


背後から二人が飛びかかってくる。


「強火で一気に!」


私はその場で回転した。


遠心力を乗せたフライパン・ラリアットが炸裂する。


ドゴォッ!!


二人まとめて吹き飛び、仲良く星になった。


「ひ、ひぃぃぃ! なんだこいつ! 剣をフライパンで弾きやがったぞ!?」


「化け物だ! 逃げろォ!」


残りの男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「待ちなさい! 説教はまだ終わってませんよ!」


逃がすものか。


私は足元の小石を拾った。


目を細め、逃げる背中(ボヤけた影)に狙いをつける。


「デザートは別腹!」


シュッ! シュッ!


指弾で弾き出された小石は、正確に男たちの後頭部を捉えた。


バタバタと倒れる男たち。


数分後。


そこには、累々と積み重なった男たちの山ができていた。


「ふぅ。これで少しは反省したかしら」


私はフライパンを腰に戻した。


全員気絶しているようだが、命に別状はないだろう。手加減(当社比)はした。


「さて、先を急ぎましょう」


再び走り出そうとした、その時である。


ズズズ……ッ。


地面が揺れた。


「?」


森の奥から、巨大な影が現れた。


見上げるほどの巨体。全身を覆う黒い毛皮。赤く光る二つの眼。


「グルルルル……」


低いうなり声が響く。


伝説の魔獣、キラーベア。


一撃で騎士団の小隊を壊滅させると言われる、森の王者だ。


盗賊たちが逃げ出した本当の理由は、こいつの気配を感じたからだったのだが、もちろん私は気づいていない。


私の目には、それがこう映っていた。


(あら? 大きなワンちゃん!)


「まぁ、可愛らしい! 迷子かしら?」


私は顔をほころばせた。


黒くてモフモフした塊。これは撫で回したい。


「グルァァァッ!!」


キラーベアが咆哮を上げ、丸太のような腕を振り上げた。


鋭い爪が私の頭上へ迫る。


「お手!」


私は叫びながら、落下してくる前足を下から迎撃した。


バチンッ!!


手の甲で、ベアの前足を弾く。


ベアの体勢が崩れた。


「ダメよ、そんな激しくじゃれついたら。服が汚れちゃうじゃない」


私は説教しながら、ベアの懐に飛び込んだ。


「お座り!」


言いながら、ボディブローを放つ。


ズドンッ!


内臓に響く重い一撃。


キラーベアは白目を剥き、言葉通りその場に「お座り」した。


というか、腰が抜けたようだ。


「キュゥ……」


情けない声を上げる森の王者。


「いい子ね。飼い主さんはどこ? ……あ、首輪がないわね。野良犬かしら」


私はベアの頭を撫でた(剛毛すぎてタワシみたいだった)。


「連れて帰りたいけど、うちの別荘はペット可だったかしら……。それに食費がかかりそうね」


残念だが、諦めるしかない。


「元気でやるのよ。悪い人に捕まっちゃダメよ」


私はベアの鼻先をポンと叩くと、再び街道へと戻った。


背後で、キラーベアが恐怖に震えながら土下座していることなど知る由もなく。





数時間後。


私はついに、目的地の近くにある宿場町に到着した。


「着いたー! ここが辺境の入り口ね!」


町に入ると、なぜか人々が私を見て道を空ける。


「おい、見ろよあの女……」


「返り血ひとつ浴びてねぇが、あの殺気……」


「山賊団が壊滅したって噂、本当だったのか」


「『フライパンの処刑人』が来たぞ……!」


ヒソヒソと噂話が聞こえるが、私の耳には届かない。


(みんな、私の美貌に見惚れているのかしら? 王都の流行ファッション(狩猟スタイル)は、辺境では珍しいのね)


ポジティブに解釈し、私は町の定食屋へと向かった。


腹が減ってはスローライフはできぬ。


「すみませーん! 一番量が多いメニューをください! あ、お肉増量で!」


元気よく暖簾をくぐる。


店内の客が一斉に沈黙し、店主が震える手で包丁を落とした。


これが、後に語り継がれる「辺境の暴食姫」の伝説の始まりである。


一方その頃。


山道で目を覚ました盗賊たちは、土下座する巨大クマと顔を見合わせ、恐怖のあまり足を洗って真面目に生きることを誓ったという。
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