華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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王都を出て五日目の昼下がり。


私はついに、新居となる「北の離宮」の前に立っていた。


地図によれば、この鬱蒼とした森を抜けた先に、かつて王族が避暑地として使っていた優雅な邸宅があるはずだ。


「着いたわ……! ここが、私の城!」


私は感動に打ち震えながら、目の前の光景を眺めた。


視界は相変わらずボヤけているが、なんとなくのシルエットはわかる。


まず、屋根がない。


壁も半分くらいない。


窓ガラス? そんなハイカラなものは一枚も見当たらない。


全体的に、茶色くてスカスカしている。


普通の令嬢なら「騙された!」と泣き崩れるところだろう。


だが、私は違った。


「なんて開放的なの! これなら換気は完璧ね!」


ポジティブシンキングの極みである。


「屋根がないってことは、寝ながら星空が見放題ってことでしょう? 最高じゃない。それに、壁が少ないからお掃除も楽だわ」


私はリュックを背負い直すと、意気揚々と敷地内へと足を踏み入れた。


入り口の門(というか、ただの錆びた鉄柱)をくぐる。


庭は腰の高さまで雑草が生い茂り、ジャングルのようだ。


「わぁ、緑がいっぱい! これ全部、食べられる野草かしら?」


私の目には「食材の宝庫」にしか見えない。


「あとで図鑑を見ながら収穫祭ね。……さて、まずは荷物を置かないと」


私は建物の中へ入ろうとした。


その時だ。


グニュッ。


足元で、何か柔らかいものを踏んだ感触がした。


「?」


土ではない。草でもない。


なんとなく、弾力のある……肉のような?


「ギャッ!?」


足元から、野太い悲鳴が聞こえた。


私は飛び退いた。


「な、なによ! 今の声!」


驚いて下を見る。


雑草に埋もれて、黒い大きな塊が転がっていた。


(……熊?)


またしても熊だろうか。


いや、さっきのより少し小さい。そして、毛皮を着ているわけではなさそうだ。


私は恐る恐る近づき、いつものように眉間にシワを寄せて、目を凝らした。


ジロリ。


眼力を最大出力にして、謎の物体の正体を探る。


すると、黒い塊が動いた。


「……っ、ぐ……追っ手か……」


人の言葉だ。


どうやら人間らしい。


私は胸を撫で下ろした。


「なんだ、人間ですか。ビックリさせないでくださいよ、こんなところで昼寝なんて」


「ひ、昼寝だと……? 貴様、俺を侮辱しているのか……?」


男が低く呻く。


よく見ると(見えてないが)、かなり大柄な男だ。


肩幅が広く、筋肉質。ボロボロの鎧のようなものを着ている。


地面にうつ伏せに倒れていたが、私の声を聞いて、よろよろと上半身を起こそうとしている。


「侮辱なんてしてませんよ。ただ、玄関マットかと思っただけです」


「げ、玄関マット……騎士団長の俺を、マット扱いだと……」


「騎士団長?」


聞き慣れない単語に、私は首をかしげた。


(騎士団長って、あの王都にいる偉い人? なんでこんなボロ屋の庭で倒れてるの?)


状況が飲み込めないが、とりあえず彼が弱っていることは分かった。


顔色が悪い。……たぶん。ボヤけていて顔のパーツすら判別できないが、雰囲気がドヨーンとしている。


「あの、大丈夫ですか? どこか悪いんですか?」


私は親切心で手を差し伸べた。


しかし、男はそれをパシッと払いのけた。


「触るな! ……くっ、貴様、オズワルド王子の差し金か?」


「はい?」


「俺を始末しに来たんだろう……『氷の処刑人』め……」


「人違いです。私はただの通りすがりの家主です」


「嘘をつけ! その目……殺る気満々じゃないか!」


男が叫ぶ。


どうやら私の「心配そうな眼差し(極限のしかめっ面)」が、彼には「トドメを刺そうとする暗殺者の目」に見えているらしい。


「誤解ですって。私は目が悪いだけで……」


「言い訳はいい! くそっ、剣さえあれば……!」


男は腰に手を伸ばしたが、そこには何もなかった。剣をどこかに落としたらしい。


彼は絶望的な顔で私を睨みつけた。


「煮るなり焼くなり好きにしろ……。だが、俺は屈しないぞ……」


「煮たり焼いたりしませんよ。人間は食べませんから」


「食べる気だったのか!?」


会話が噛み合わない。


面倒になってきた私は、強硬手段に出ることにした。


「とりあえず、中に入りましょう。こんなところで寝てたら風邪を引きます」


「断る! 俺はここで死ぬ!」


「はいはい、わがまま言わないの」


私は男の襟首を掴んだ。


「な、何を……!?」


「よいしょっと」


私は一気に男を引きずり上げた。


ズズズッ。


「うおっ!? ば、馬鹿な! 俺は体重100キロあるんだぞ!?」


男が驚愕の声を上げる。


鎧込みで100キロ超えの巨体だが、公爵家でグランドピアノを背負ってスクワットしていた私には、羽毛布団のような軽さだ。


「暴れないでくださいね。落とすと危ないですから」


「き、貴様、何者だ……! その細腕で……ゴリラか!?」


「レディに向かって失礼な。か弱い乙女ですよ」


私は男を引きずったまま、廃屋の中へと入った。


屋根がないおかげで、室内はとても明るい。


床は埃まみれだが、腐ってはいないようだ。


「ここをリビングにしましょう」


私は適当なスペースに男を下ろした。


ドサッ。


「ぐふっ」


「あ、ごめんなさい。手元が狂って」


「殺す気か……!」


男は息も絶え絶えだ。


私はリュックを下ろし、男の顔を覗き込んだ。


至近距離で見る。


(ふむ……近くで見ると、結構整った顔立ちをしてるわね)


泥と血で汚れているが、野性味あふれる精悍な顔つきだ。


髪は銀色だろうか。目つきは鋭いが、今は疲労の色が濃い。


「あなた、お名前は?」


「……答える義理はない」


「頑固ですねぇ。じゃあ『玄関マットさん』と呼びますよ?」


「ジークフリートだ! ……ジークでいい」


男――ジークは不承不承といった様子で名乗った。


「ジークさんですね。私はミール。これからここに住みます」


「住む? この廃墟に?」


「ええ。素敵な物件でしょう?」


「正気か? ここは魔物の巣窟だぞ」


「魔物? ああ、さっきの熊さんみたいな?」


「熊『さん』……?」


ジークが呆れたような顔をする。


その時だった。


グゥゥゥゥゥ~~~~~。


雷鳴のような音が響いた。


私の腹ではない。ジークの腹だ。


一瞬の静寂。


ジークの顔が、耳まで真っ赤に染まる。


「……ち、違う。これは……武者震いだ」


「いい音ですね。低音が響いてます」


「武者震いだと言っている!」


「わかりましたよ。じゃあ、その武者震いを止めるために、何か作りましょうか」


私はニッコリと笑った。


空腹なら話は早い。


私は「食べる」のも好きだが、「食べさせる」のも大好きなのだ。


「毒など食わんぞ!」


「毒じゃありません。特製スタミナ料理です」


私はリュックから愛用の調理器具を取り出した。


携帯コンロ(魔石式)と、フライパン。


そして、道中で採取した野草と、燻製肉の塊。


「あ、水がないわね。ちょっと汲んできます」


「お、おい! 俺を置いていくな!」


「逃げないでくださいよ? すぐに戻りますから」


私は裏庭にあるはずの井戸へ向かった。


残されたジークは、床に倒れたまま天井(青空)を見上げた。


「……なんだ、あの女は」


彼の独り言が、風に乗って聞こえた気がした。


「化け物並みの怪力に、底抜けの明るさ……そして、あの殺気立った目」


ジークは自身の腹に手を当てた。


「だが……悪い奴ではなさそうだ。少なくとも、俺を即座に殺そうとはしなかった」


彼は知らない。


私が彼を生かしたのは、「貴重な労働力(荷物運び要員)」として目をつけていたからだということを。


数分後。


私が戻ると、ジークは力尽きて寝ていた。


「あらあら、待てなかったのね」


私は手際よく調理を開始した。


メニューは『男の肉野菜炒め・ニンニク増し増し』だ。


ジュウウウウウッ!


香ばしい匂いが廃屋に充満する。


ジークの鼻がピクピクと動いた。


「……む……?」


彼が目を覚ます。


「おはようございます、ジークさん。ご飯ができましたよ」


私はフライパンごと、彼の前に差し出した。


熱々の湯気と共に、暴力的なまでの食欲をそそる香りが彼を襲う。


ジークの喉がゴクリと鳴った。


「……毒見は、したのか?」


「私が味見しました。最高に美味しいです」


「……ならば、一口だけ食ってやる」


ジークはおずおずと手を伸ばした。


フォークで肉を刺し、口へ運ぶ。


咀嚼。


その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。


「!!」


「どうです?」


「う……うまいッ!!」


ジークが叫んだ。


「なんだこれは!? 肉の旨味が凝縮されている! それに、この野菜のシャキシャキ感! 味付けも濃いめで、疲れた体に染み渡る……!」


「でしょう? 隠し味に特製スパイスを使ってますから」


「おかわり!」


「フライパンごとどうぞ」


ジークは猛然と食べ始めた。


まるで飢えた獣だ。見ていて気持ちがいい。


(うんうん、いい食べっぷりね。これなら、家の修繕も手伝ってもらえそう)


私は彼が完食するのをニコニコと(周囲にはニヤニヤと悪巧みしているように見えた)見守った。


こうして、私と元騎士団長ジークの奇妙な同居生活が幕を開けたのである。


もっとも、彼がなぜここで倒れていたのか、その「重い事情」を知るのは、もう少し先の話になるのだが。
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