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「ごちそうさまでした!!」
廃屋に、ジークの野太い声が響き渡った。
フライパンの中身は綺麗になくなっている。
ソースの一滴、野菜の欠片すら残っていない。
まるで洗ったかのような完食ぶりだ。
「ふぅ……生き返った……」
ジークは満足げに腹をさすり、恍惚の表情を浮かべている。
「あんなに美味い飯は初めてだ。王宮の料理長が作るフルコースよりも、このフライパン飯の方が何倍も魂に響いたぞ」
「お口に合ったようで何よりです。素材が新鮮でしたからね(道端の野草だけど)」
私は空になったフライパンを受け取った。
これほどの食べっぷりを見せられると、作り手としては冥利に尽きる。
(さて、胃袋は掴んだ。次は……)
私はニッコリと笑った。
営業スマイルである。
「それではジークさん。お会計をお願いします」
私は右手を差し出した。
「……え?」
ジークがぽかんとする。
「お会計です。食材費、調理代、あと出張手数料込みで……そうですね、銀貨一枚になります」
「か、金を取るのか!?」
「当たり前じゃないですか。私は慈善事業家じゃありません。定食屋の店主(予定)です」
「て、店主……?」
ジークは目を白黒させている。
「だが、命の恩人に対して金を請求するとは……」
「命の恩人だからこそ、対価を頂くのです。命の値段がタダだなんて、ジークさんご自身を安売りしすぎではありませんか?」
私はもっともらしい屁理屈を並べた。
ジークは「むぅ……」と唸り、納得しかけている。チョロい。
「確かに……俺の命は銀貨一枚よりは重いつもりだ。わかった、払おう」
彼は潔く懐を探った。
そして、顔色が青ざめていく。
「…………ない」
「はい?」
「財布がない。……そういえば、ここに来る途中で魔物に襲われて、荷物を全て失ったんだった」
ジークは絶望的な顔で私を見た。
「すまん……無一文だ」
「あらあら」
私はわざとらしく溜息をついた。
「困りましたねぇ。食い逃げですか? 騎士団長ともあろうお方が?」
「くっ……! 返す言葉もない……!」
ジークは苦渋の表情で拳を握りしめる。
「わかった。ならば、この体で払おう」
「はい?」
「俺の剣技が必要なら、いつでも使ってくれ。護衛でも用心棒でもなんでもやる。それで勘弁してくれ」
彼は真剣な眼差しで言った。
しかし、私にはその「真剣な眼差し」がよく見えていない。
ただ、彼が「体で払う」と言ったことだけは聞こえた。
(体で払う……つまり、労働力ね!)
私の脳内計算機が弾き出した答えは「採用」だった。
この廃屋はボロボロだ。修繕には男手が必要だし、重い家具を動かすのも私一人では(できるけど)面倒だ。
それに、この辺りは治安が悪いらしい。番犬代わりにもなる。
「いいでしょう。その提案、飲みます」
「本当か!?」
「ええ。ただし、私の指示には絶対服従ですよ? こき使いますから覚悟してくださいね」
私は凄みを利かせるために、眉間にシワを寄せてジークを睨みつけた。
「(ゴクリ……なんという威圧感だ。だが、不思議と嫌な感じがしない。むしろ、この俺を信頼して背中を預けようとしているのか……?)」
ジークは勝手に感動している。
「承知した! 我が剣、今日より貴殿のために振るおう!」
「剣はいりません。雑巾を持ってください」
「……は?」
「まずは掃除です。ここを住める状態にするまで、寝かせませんよ」
私はリュックから予備の雑巾(古着を裂いたもの)を取り出し、ジークに投げ渡した。
「さあ、働いてください! 借金返済の第一歩です!」
「くっ……騎士団長の俺に雑巾がけをさせるとは……! 面白い女だ!」
なぜかジークはやる気満々だった。
こうして、元騎士団長による大掃除が始まった。
「そこ! 拭き残しがありますよ!」
「イエスマム!」
「天井の煤も払ってください! 背が高いんだから届くでしょう!」
「了解した! ……うおっ、蜘蛛の巣が!」
「蜘蛛は益虫だから殺さないで! 優しく外へ逃がすの!」
「注文が多いな!」
私たちは夕暮れまで働き続けた。
ジークの体力は底なしだった。
重い瓦礫を軽々と撤去し、腐った床板を素手で引き剥がす。
私も負けじと、壊れた壁をフライパンで叩いて補強し(なぜか直る)、雑草をむしり取った。
日が沈む頃には、廃屋は「廃屋」から「ボロ屋」程度にはランクアップしていた。
「ふぅ……よく働いたな」
ジークが汗を拭いながら、綺麗になった床に大の字に寝転がる。
「ええ、いい働きぶりでした。銀貨一枚分の価値はありましたよ」
私も隣に座り込んだ。
屋根がないので、頭上には満天の星空が広がっている。
「綺麗ですね」
私が呟くと、ジークも星を見上げた。
「ああ……。王都では、こんなに星は見えなかった」
「そうでしょうね。あそこは街明かりが眩しすぎますから」
「……なあ、ミール」
ジークが静かな声で呼んだ。
「ん?」
「あんた、なんでこんな所に来たんだ? 公爵令嬢なんだろう? こんなボロ屋で、泥まみれになって……」
「自由になりたかったからですよ」
私は即答した。
「堅苦しいドレスも、面倒な人間関係も、全部脱ぎ捨てて。自分の手で生活を作りたかったんです。……まあ、ちょっと予定よりボロすぎましたけど」
私は笑った。
ジークは私をじっと見つめている(気配がする)。
「あんたは……強いな」
「物理的に?」
「精神的にだ。……俺は、逃げてきたんだ」
ジークがポツリと語り出した。
「王宮での権力争いに疲れてな。部下を守るために上司と揉めて、謹慎処分を食らった。……そのまま、ふらっと旅に出たんだが、行き倒れてこのザマだ」
「あら、無職仲間ですね」
「一緒にするな。俺は一応、休暇中だ」
「似たようなものです。……でも、逃げるのも悪くないと思いますよ」
私は膝を抱えた。
「逃げた先に、こんなに綺麗な星空があるなら、それは『戦略的撤退』です」
「戦略的撤退、か……」
ジークが小さく笑った。
「ふっ……あんたに言われると、説得力があるな」
「でしょう? 伊達に婚約破棄されてませんから」
「それは自慢することか?」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
出会って数時間だが、不思議と居心地が悪くない。
(まあ、労働力として優秀だし、当分は置いてあげてもいいかな)
私は損得勘定で考えていたが、ジークの方は違ったらしい。
「(この女……ただの豪傑かと思ったが、深い知性と優しさを感じる。俺の弱音を受け止め、肯定してくれた……)」
ジークの中で、ミールの評価が「面白い女」から「敬愛すべき主」へと変わりつつあった。
「さて、そろそろ寝ましょうか。明日は屋根を直しますよ」
私は立ち上がった。
「ああ。……あのさ、ミール」
「なんですか?」
「一つだけ、言っておきたいことがある」
ジークが半身を起こし、真剣な声で言った。
「結婚してくれ」
「お断りします」
即答である。
「なぜだ!? 胃袋も掴まれたし、共同作業で汗も流した! 完璧な流れだろう!?」
「出会って半日で求婚するような軽い男は趣味じゃありません。あと、無職は無理です」
「ぐふっ……!」
ジークが胸を押さえて倒れた。
「それと、顔がよく見えないので、好みのタイプかどうかもわかりませんし」
「そ、そこかよ……!」
「まずは借金を返してから出直してください。おやすみなさい」
私はリュックを枕にして、さっさと横になった。
数秒で寝息を立て始める私を見て、ジークは呆れつつも、口元を緩めた。
「……とんでもない女主人を拾っちまったな」
彼は上着を脱ぐと、そっと私にかけてくれた。
もちろん、私は爆睡していて気づかなかったが。
こうして、廃屋での初夜(語弊あり)は更けていった。
翌朝。
「起きてくださいジークさん! 魔物が来ましたよ!」
私の絶叫と、フライパンを叩く音で叩き起こされることになるとは、彼はまだ知らない。
「食材(モンスター)デリバリーのお時間です!」
スローライフどころか、ハードライフの幕開けである。
廃屋に、ジークの野太い声が響き渡った。
フライパンの中身は綺麗になくなっている。
ソースの一滴、野菜の欠片すら残っていない。
まるで洗ったかのような完食ぶりだ。
「ふぅ……生き返った……」
ジークは満足げに腹をさすり、恍惚の表情を浮かべている。
「あんなに美味い飯は初めてだ。王宮の料理長が作るフルコースよりも、このフライパン飯の方が何倍も魂に響いたぞ」
「お口に合ったようで何よりです。素材が新鮮でしたからね(道端の野草だけど)」
私は空になったフライパンを受け取った。
これほどの食べっぷりを見せられると、作り手としては冥利に尽きる。
(さて、胃袋は掴んだ。次は……)
私はニッコリと笑った。
営業スマイルである。
「それではジークさん。お会計をお願いします」
私は右手を差し出した。
「……え?」
ジークがぽかんとする。
「お会計です。食材費、調理代、あと出張手数料込みで……そうですね、銀貨一枚になります」
「か、金を取るのか!?」
「当たり前じゃないですか。私は慈善事業家じゃありません。定食屋の店主(予定)です」
「て、店主……?」
ジークは目を白黒させている。
「だが、命の恩人に対して金を請求するとは……」
「命の恩人だからこそ、対価を頂くのです。命の値段がタダだなんて、ジークさんご自身を安売りしすぎではありませんか?」
私はもっともらしい屁理屈を並べた。
ジークは「むぅ……」と唸り、納得しかけている。チョロい。
「確かに……俺の命は銀貨一枚よりは重いつもりだ。わかった、払おう」
彼は潔く懐を探った。
そして、顔色が青ざめていく。
「…………ない」
「はい?」
「財布がない。……そういえば、ここに来る途中で魔物に襲われて、荷物を全て失ったんだった」
ジークは絶望的な顔で私を見た。
「すまん……無一文だ」
「あらあら」
私はわざとらしく溜息をついた。
「困りましたねぇ。食い逃げですか? 騎士団長ともあろうお方が?」
「くっ……! 返す言葉もない……!」
ジークは苦渋の表情で拳を握りしめる。
「わかった。ならば、この体で払おう」
「はい?」
「俺の剣技が必要なら、いつでも使ってくれ。護衛でも用心棒でもなんでもやる。それで勘弁してくれ」
彼は真剣な眼差しで言った。
しかし、私にはその「真剣な眼差し」がよく見えていない。
ただ、彼が「体で払う」と言ったことだけは聞こえた。
(体で払う……つまり、労働力ね!)
私の脳内計算機が弾き出した答えは「採用」だった。
この廃屋はボロボロだ。修繕には男手が必要だし、重い家具を動かすのも私一人では(できるけど)面倒だ。
それに、この辺りは治安が悪いらしい。番犬代わりにもなる。
「いいでしょう。その提案、飲みます」
「本当か!?」
「ええ。ただし、私の指示には絶対服従ですよ? こき使いますから覚悟してくださいね」
私は凄みを利かせるために、眉間にシワを寄せてジークを睨みつけた。
「(ゴクリ……なんという威圧感だ。だが、不思議と嫌な感じがしない。むしろ、この俺を信頼して背中を預けようとしているのか……?)」
ジークは勝手に感動している。
「承知した! 我が剣、今日より貴殿のために振るおう!」
「剣はいりません。雑巾を持ってください」
「……は?」
「まずは掃除です。ここを住める状態にするまで、寝かせませんよ」
私はリュックから予備の雑巾(古着を裂いたもの)を取り出し、ジークに投げ渡した。
「さあ、働いてください! 借金返済の第一歩です!」
「くっ……騎士団長の俺に雑巾がけをさせるとは……! 面白い女だ!」
なぜかジークはやる気満々だった。
こうして、元騎士団長による大掃除が始まった。
「そこ! 拭き残しがありますよ!」
「イエスマム!」
「天井の煤も払ってください! 背が高いんだから届くでしょう!」
「了解した! ……うおっ、蜘蛛の巣が!」
「蜘蛛は益虫だから殺さないで! 優しく外へ逃がすの!」
「注文が多いな!」
私たちは夕暮れまで働き続けた。
ジークの体力は底なしだった。
重い瓦礫を軽々と撤去し、腐った床板を素手で引き剥がす。
私も負けじと、壊れた壁をフライパンで叩いて補強し(なぜか直る)、雑草をむしり取った。
日が沈む頃には、廃屋は「廃屋」から「ボロ屋」程度にはランクアップしていた。
「ふぅ……よく働いたな」
ジークが汗を拭いながら、綺麗になった床に大の字に寝転がる。
「ええ、いい働きぶりでした。銀貨一枚分の価値はありましたよ」
私も隣に座り込んだ。
屋根がないので、頭上には満天の星空が広がっている。
「綺麗ですね」
私が呟くと、ジークも星を見上げた。
「ああ……。王都では、こんなに星は見えなかった」
「そうでしょうね。あそこは街明かりが眩しすぎますから」
「……なあ、ミール」
ジークが静かな声で呼んだ。
「ん?」
「あんた、なんでこんな所に来たんだ? 公爵令嬢なんだろう? こんなボロ屋で、泥まみれになって……」
「自由になりたかったからですよ」
私は即答した。
「堅苦しいドレスも、面倒な人間関係も、全部脱ぎ捨てて。自分の手で生活を作りたかったんです。……まあ、ちょっと予定よりボロすぎましたけど」
私は笑った。
ジークは私をじっと見つめている(気配がする)。
「あんたは……強いな」
「物理的に?」
「精神的にだ。……俺は、逃げてきたんだ」
ジークがポツリと語り出した。
「王宮での権力争いに疲れてな。部下を守るために上司と揉めて、謹慎処分を食らった。……そのまま、ふらっと旅に出たんだが、行き倒れてこのザマだ」
「あら、無職仲間ですね」
「一緒にするな。俺は一応、休暇中だ」
「似たようなものです。……でも、逃げるのも悪くないと思いますよ」
私は膝を抱えた。
「逃げた先に、こんなに綺麗な星空があるなら、それは『戦略的撤退』です」
「戦略的撤退、か……」
ジークが小さく笑った。
「ふっ……あんたに言われると、説得力があるな」
「でしょう? 伊達に婚約破棄されてませんから」
「それは自慢することか?」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
出会って数時間だが、不思議と居心地が悪くない。
(まあ、労働力として優秀だし、当分は置いてあげてもいいかな)
私は損得勘定で考えていたが、ジークの方は違ったらしい。
「(この女……ただの豪傑かと思ったが、深い知性と優しさを感じる。俺の弱音を受け止め、肯定してくれた……)」
ジークの中で、ミールの評価が「面白い女」から「敬愛すべき主」へと変わりつつあった。
「さて、そろそろ寝ましょうか。明日は屋根を直しますよ」
私は立ち上がった。
「ああ。……あのさ、ミール」
「なんですか?」
「一つだけ、言っておきたいことがある」
ジークが半身を起こし、真剣な声で言った。
「結婚してくれ」
「お断りします」
即答である。
「なぜだ!? 胃袋も掴まれたし、共同作業で汗も流した! 完璧な流れだろう!?」
「出会って半日で求婚するような軽い男は趣味じゃありません。あと、無職は無理です」
「ぐふっ……!」
ジークが胸を押さえて倒れた。
「それと、顔がよく見えないので、好みのタイプかどうかもわかりませんし」
「そ、そこかよ……!」
「まずは借金を返してから出直してください。おやすみなさい」
私はリュックを枕にして、さっさと横になった。
数秒で寝息を立て始める私を見て、ジークは呆れつつも、口元を緩めた。
「……とんでもない女主人を拾っちまったな」
彼は上着を脱ぐと、そっと私にかけてくれた。
もちろん、私は爆睡していて気づかなかったが。
こうして、廃屋での初夜(語弊あり)は更けていった。
翌朝。
「起きてくださいジークさん! 魔物が来ましたよ!」
私の絶叫と、フライパンを叩く音で叩き起こされることになるとは、彼はまだ知らない。
「食材(モンスター)デリバリーのお時間です!」
スローライフどころか、ハードライフの幕開けである。
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