華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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「ブヒィィィィッ!!」


早朝の森に、鼓膜を破るような咆哮が響いた。


私の目の前には、巨大な肉の塊が突進してきている。


体長三メートルはあるだろうか。全身が剛毛に覆われた、森の暴走戦車「グレートボア」である。


だが、寝起きの私(コンタクトなし、眼鏡なし、低血圧)の目には、こう映っていた。


「あら、元気な子豚ちゃん!」


朝の散歩をしていたら、向こうから食材が走ってきたのだ。


これは運命だ。朝食はポークソテーで決まりである。


「危ないミール! それはグレートボアだ! 突進されたら城壁でも砕けるぞ!」


背後でジークが叫んでいる。


彼はまだ寝ぼけているのだろうか。あんな愛らしい(に見える)子豚に怯えるなんて。


「大丈夫ですよジークさん。ちょっと躾けるだけですから」


私は愛用のフライパン(直径40センチ、鋳鉄製)を構えた。


ボアが目前まで迫る。


鼻息が荒い。地面を揺らす足音。


「止まりなさい!」


カァァァァンッ!!


森に清涼な金属音が響き渡った。


私のフルスイングが、ボアの鼻先にクリーンヒットしたのだ。


「ブ……?」


ボアは白目を剥き、その巨体が物理法則を無視して空中で一回転した。


ズドォォォン!!


地響きと共に沈黙するボア。


「ふぅ、手応えあり。いいお肉になりそうね」


私はフライパンについた毛をふーっと吹き飛ばした。


振り返ると、ジークが腰を抜かしていた。


「……一撃? Bランク魔物を? フライパンで?」


「ジークさん、火を起こしてください。朝からカツレツにしますよ」


「(この女……やはりただ者ではない。公爵令嬢というのは世を忍ぶ仮の姿で、正体は伝説の傭兵か何かか?)」


ジークの勘違いが加速していくのを感じるが、訂正するのも面倒なので放っておいた。





朝食後。


私たちはボアの肉(大量)を前に作戦会議を開いていた。


「さて、このお肉ですが」


私が切り出すと、ジークが神妙な顔で頷く。


「ああ。二人では食べきれないな。保存食にするにも限界がある」


「そこで提案です。お店を開きましょう」


「店?」


「ええ。ここを定食屋にするんです」


私は廃屋(現在はボロ屋レベルまで修復済み)を指差した。


「場所は悪いですが、味には自信があります。それに、この辺りは魔物が出るんでしょう? 討伐に来た騎士や冒険者が通るはずです」


「確かに……腹を空かせた連中は多いが」


「元手はこのお肉ですからタダ同然。売れば即、現金収入です。ジークさんの借金返済にも充てられますよ?」


「ぐっ……痛いところを」


ジークは腕組みをして考え込んだ後、ニヤリと笑った。


「いいだろう。俺も無職のままでは寝覚めが悪い。看板持ちでも皿洗いでもやってやる」


「交渉成立ですね」


善は急げだ。


私たちは早速、開店準備に取り掛かった。


まずは看板作りだ。


庭に落ちていた手頃な板切れを拾ってくる。


「店名はどうするんだ?」


「そうですねぇ……」


私は筆(ジークの折れた剣の先にボアの毛を縛り付けたもの)を墨汁(イカ墨のような魔物の体液)に浸した。


洒落た名前がいいか。可愛い名前がいいか。


いや、この辺境で生き抜くには、舐められてはいけない。


インパクトが必要だ。


ふと、オズワルド王子に言われた言葉が脳裏をよぎる。


『貴様のような悪役令嬢は――』


「……悪役令嬢、か」


響きは悪くない。


強そうだ。それに、事実(世間的には)だし。


私は勢いよく板に文字を書き殴った。


『定食屋 悪役令嬢』


「……すごい字だな」


ジークが引きつった顔で言う。


視界が悪いので、文字が重なったりハネが大きすぎたりして、まるで血文字のようなおどろおどろしいフォントになってしまったらしい。


「味があっていいでしょう? これなら遠くからでも目立ちます」


「(呪いの館にしか見えんが……まあいいか)」


看板を入り口に掲げ、テーブル(倒木を輪切りにしたもの)を並べる。


厨房の準備も万端だ。


メニューは一つ。「日替わり定食(今日はボアのステーキ)」のみ。


「開店準備完了! いらっしゃいませー!」


私は森に向かって声を張り上げた。


返事はない。鳥の声だけが虚しく響く。


「……客、来るのか?」


「来ますよ。匂いにつられて」


私はボアの脂身をフライパンで焦がし始めた。


強烈な肉の焼ける匂いが、風に乗って森の奥へと流れていく。


すると。


ガサガサッ、ガサガサッ!


草むらをかき分ける音が聞こえてきた。


「ほら来た!」


「いや、魔物かもしれんぞ!?」


ジークが剣(折れてる)を構える。


現れたのは、数人の男たちだった。


銀色の鎧を着ている。ボロボロで泥まみれだが、その紋章には見覚えがあった。


「き、騎士団長ーッ!!」


先頭の男が叫んだ。


「アランか!?」


ジークが目を丸くする。


現れたのは、ジークの部下である騎士たちだった。


彼らは涙目で駆け寄ってくる。


「よかった……! ご無事でしたか団長! 失踪したと聞いて、俺たち、必死で探して……!」


「馬鹿野郎どもが……俺は謹慎中だと言っただろう。勝手に持ち場を離れやがって」


「だって団長がいなきゃ、誰が俺たちの面倒を見るんですか!」


男泣きする騎士たち。感動の再会である。


しかし、私には彼らが「銀色の腹ペコ集団」にしか見えなかった。


「あのー、感動のところ失礼しますが」


私はおたまを持って割り込んだ。


「お客様ですか? それとも冷やかし?」


騎士たちが一斉に私を見た。


「だ、誰だこの女は……?」


「団長の新しい女か?」


「いや待て、あの看板を見ろ……『悪役令嬢』だと?」


「それに、あの顔……すげぇ殺気だぞ」


騎士たちがザワつく。


私のいつもの「見定め顔(極度の近眼)」が、彼らを警戒させたようだ。


アランと呼ばれた副団長らしき男が、剣に手をかけた。


「貴様! 団長をたぶらかした魔女か! 正直に言え、団長をどうやって脅した!」


「脅してません。餌付けしただけです」


「なにっ!? 毒を盛ったのか!」


話が通じない。


私は溜息をついた。


「お腹、空いてるんでしょう? グゥグゥ鳴ってますよ」


図星だったらしく、騎士たちの顔が赤くなる。


彼らもまた、山越えで遭難しかけていたのだ。


「ちょうど開店したところです。代金は後払いでいいので、食べていきますか?」


「ふ、ふん! 誰が貴様のような怪しい女の料理など……」


「アラン、座れ」


ジークが低い声で命じた。


「だ、団長?」


「ここの飯は美味い。俺が保証する。……これは団長命令だ。全員、席に着け」


ジークの言葉は絶対だ。


騎士たちは渋々といった様子で、丸太の椅子に座った。


「へい、毎度あり!」


私は厨房(青空)に戻り、人数分の肉を焼き始めた。


ジュワァァァァッ!


分厚いボアのステーキ。表面はカリッと、中はジューシーに。


特製のニンニク醤油ソースをかけると、爆発的な香りが立ち上る。


「はい、お待ち!」


ドンッ、ドンッ、ドンッ!


騎士たちの目の前に、山盛りの肉と、付け合わせの山盛りキャベツ(私が手刀で千切りにした)が置かれる。


「こ、これは……」


アランが唾を飲み込んだ。


「毒が入っているかもしれん……俺が先に毒見を……」


彼は震える手でフォークを取り、肉を口に運んだ。


カプッ。


咀嚼。


……静寂。


次の瞬間、アランの目から涙が溢れ出した。


「う、うめぇぇぇぇッ!!」


絶叫。


「なんだこの柔らかさは! 脂が甘い! ソースが絶品だ! 母ちゃん、俺は天国に来ちまったのか!?」


「副団長が壊れたぞ!」


「俺も食う!」


他の騎士たちも肉にかぶりつく。


「うおおお! 生き返るゥゥゥ!」


「飯だ! 白飯はないのか! このソースだけで丼三杯はいけるぞ!」


「すみません、お米はまだ栽培してないので」


阿鼻叫喚の食事風景となった。


彼らは一心不乱に肉を貪り食う。騎士の礼儀もへったくれもない。ただの野生児の集まりだ。


ジークが満足そうに腕組みをして見ている。


「だろう? 俺が惚れ込んだ味だ」


「団長! 一生ついていきます! いや、この店に就職させてください!」


「俺も! 剣を捨てて包丁握ります!」


「お前らは王都へ帰れ」


そんな騒ぎの中。


一人の騎士が、遠慮がちに手を挙げた。


「あ、あの……お代わりを……」


「はいよ! 大盛りでいい?」


私が近づくと、その騎士は「ヒッ!」と悲鳴を上げてのけぞった。


「ど、どうしました?」


「い、いえ! 目が……目が怖いです! 『残したら殺す』って書いてある気がして!」


「あら失礼。よく見えなくて」


私は彼のお皿を確認しようと、さらに顔を近づけた。


「ひぃぃぃ! すみません! 皿まで舐めます! 許してください!」


騎士はガタガタ震えながら、ピカピカになった皿をさらに舐め始めた。


(……なんでみんな、そんなに怯えるのかしら? 私、最高の接客スマイルのつもりなんだけど)


私は首を傾げた。


実は、私の笑顔は「獲物を前に舌なめずりする捕食者」に見えているらしいのだが、誰も指摘してくれない。


「ミール、水も出してやってくれ。喉に詰まらせそうだ」


ジークが苦笑しながら助け舟を出した。


「はいはい。お水はセルフサービスですよー、あそこの井戸から汲んでくださいね」


「自分で行きますッ! 動かないでくださいッ!」


騎士たちは私に動かれると怖いらしく、勝手に井戸へ走っていった。


「……いい店員が確保できそうだな」


ジークがボソリと呟く。


「ええ。賑やかでいいお店になりそうです」


私は満足げに店内を見渡した。


看板メニューは魔物肉。


客層は荒くれ者の騎士。


店主は目つきの悪い悪役令嬢。


ウェイターは強面の元騎士団長。


王都のカフェテラスとは程遠いが、ここには活気があった。


「さて、稼ぎますよ! 目指せ、チェーン展開!」


こうして、『定食屋 悪役令嬢』は、華々しく(?)オープンしたのである。


その日の売り上げは、彼らが持っていたなけなしの小銭と、お詫びとして置いていった予備の武器・防具(質屋で売れる)だった。


だが、この店が後に「辺境の聖地」として、冒険者や王侯貴族までもが列をなす伝説の店になるとは、まだ誰も知らない。


とりあえず明日の課題は、彼らが「美味すぎて王都に帰りたくない」と言い出して居座り始めたことへの対処である。
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