華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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『定食屋 悪役令嬢』の開店から一週間。


店は順調に回っていた。


私の料理(主に肉とニンニクの暴力)は、味に飢えた冒険者や騎士たちのハートを鷲掴みにし、リピーターが続出している。


「へい、スタミナ定食三丁!」


「あいよ!」


私は中華鍋を振るいながら、ふと厨房(青空)の端で皿洗いをしている男――ジークに目を向けた。


銀色の髪。広い背中。手際よく皿を洗う筋肉質な腕。


(……よく働いてくれるわね、彼)


文句一つ言わず(たまにブツブツ言ってるけど)、私の無茶ぶりに応えてくれる。


最高の従業員だ。


だが、私には一つだけ懸念事項があった。


(私、ジークさんの顔をよく知らないのよね)


出会ってからずっと、私の視界はずっとソフトフォーカスがかかったままだ。


彼が「銀色の大きなモヤ」であることは認識しているが、具体的な目鼻立ちは未だに謎である。


もし彼が売上金を持って逃亡したら?


手配書を描く時に困るではないか。


「特徴は……銀髪で、筋肉があって、声がいい男です」


これでは該当者が多すぎて捜査が難航する。


(これは経営者として失格ね。従業員の顔写真データくらい、脳内に保存しておかないと)


私は決意した。


今日の休憩時間に、彼の顔認証データをインストール(暗記)しよう。





ランチタイムが終わり、客足が途絶えた昼下がり。


騎士たちは裏庭で筋トレ(という名の薪割り)に励んでいる。


店内には私とジークだけだ。


ジークはテーブルで麦茶を飲んで休憩していた。


チャンスである。


私は抜き足差し足で彼に近づいた。


気配を消すのは得意だ。公爵家の「淑女の歩き方(忍者歩行)」をマスターしているからだ。


私はジークの背後に立った。


「……ジークさん」


「うわっ!?」


ジークが飛び上がった。


「び、びっくりした……! なんだミール、気配もなく背後に立つな。心臓が止まるかと思ったぞ」


「すみません。ちょっと確認したいことがありまして」


「確認? 在庫なら足りてるぞ」


「いえ、在庫ではなく、あなたの顔面についてです」


「顔面?」


ジークが怪訝な顔をする。


私は彼の正面に回り込み、向かい側の椅子に座った。


テーブルを挟んで、距離は約一メートル。


(……遠い)


この距離では、彼が「目と口がある生き物」であることしか分からない。


「もっと近くで見せてください」


「は?」


「動きませんから、じっとしていてくださいね」


私は立ち上がり、テーブルの上に身を乗り出した。


ズズイッ、と顔を近づける。


「お、おい……?」


ジークがのけぞる。


「逃げないでください。ピントが合わないんです」


「ピント? なんの話だ……ちょ、近い!」


まだ足りない。


私はテーブルを回り込み、彼の椅子の横に立った。


そして、彼の顔を両手でガシッと挟み込んだ。


「なっ……!?」


ジークが硬直する。


私は彼の顔を固定し、自分の顔を近づけた。


距離、三十センチ。


まだボヤける。


「もっと……もっと鮮明に見たいの」


私はさらに顔を寄せた。


距離、十センチ。


ここまで来てようやく、彼の輪郭がはっきりとしてきた。


(あら……)


私は心の中で感嘆の声を上げた。


想像以上のイケメンである。


切れ長の鋭い目。鼻筋はスッと通っており、意思の強そうな眉。


左頬に小さな古傷があるが、それが逆に男らしさを引き立てている。


(なるほど、これは確かに「騎士団長」の顔だわ。王子よりずっと整ってるじゃない)


私は観察を続けた。


肌のキメはどうかしら。髭の剃り残しはあるかしら。


「ふむ……」


私は目を細め(威圧)、眉間にシワを寄せ(集中)、彼の顔面を舐め回すように凝視した。


一方、ジークの内心は大パニックだった。


(ち、ちちち、近いーーーッ!!)


心臓が早鐘を打っている。


ミールの顔が目の前にある。


整った顔立ち。長いまつ毛。そして、自分を射抜くような強烈な眼差し。


(なんだ!? この雰囲気は!? まさか……キスか!?)


ジークの脳内で、甘い恋愛小説のワンシーンが再生される。


『二人きりの午後。彼女は情熱的な瞳で俺を見つめ、唇を寄せてきた……』


(いや待て、早すぎる! まだ手も握っていないのに! だが、彼女のこの熱視線……ただ事ではない!)


ジークは身動きが取れなかった。


彼女の吐息がかかる距離。


彼女の瞳に、自分の顔が映っている。


(くるのか……? ここで……?)


ジークは覚悟を決めた。


彼はギュッと目を閉じた。


(受け入れよう。俺も……彼女のことが、嫌いじゃない!)


彼は唇を少し突き出した。


「…………」


沈黙。


数秒が経過した。


唇に感触がない。


恐る恐る目を開けると、ミールはまだ至近距離にいた。


しかし、その視線はなぜか「俺の右目尻」あたりに集中している。


「……ここ」


ミールが呟いた。


「ん?」


「ここ、気になります」


彼女の指先が、ジークの目尻に触れた。


(目尻へのキス!? なんと高等なテクニックを!)


ジークが再び身構える。


しかし、ミールは冷静な声で言った。


「目ヤニ、ついてますよ」


「…………はい?」


「目ヤニです。結構大きめのが。カピカピになってます」


ミールは指先で、ジークの目尻についていた小さなゴミをピンと弾き飛ばした。


「よし、取れました。スッキリしました」


彼女はパッと手を離し、距離を取った。


「あ、ありがとう……」


ジークは脱力した。


魂が抜けたように椅子に崩れ落ちる。


(め、目ヤニ……? このロマンチックな状況で、目ヤニだと……?)


恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


しかし、ミールは気づかない。


彼女は満足げに頷いていた。


「これでバッチリです」


「なにがだ……?」


「あなたの顔、覚えましたから」


「え?」


「万が一、レジの金を持って逃げても、似顔絵を描いて指名手配できます。ホクロの位置まで把握しましたからね」


「……信用ねぇな!」


ジークが叫んだ。


「俺はお前の金なんて持ち逃げしない! というか、俺のドキドキを返せ!」


「ドキドキ? 不整脈ですか? ニンニク食べます?」


「違うわ!」


ジークがテーブルに突っ伏した。


その様子を、裏庭から戻ってきたアランたち騎士団員が目撃していた。


彼らは顔を真っ赤にして、壁の陰から覗き見ている。


「おい見ろよ……団長と店主殿、チュッてしそうだったぞ」


「キャー! 大胆!」


「お熱いねぇ。こりゃ結婚も近いな」


「よし、俺たちで援護射撃だ!」


騎士たちの盛大な勘違いが、さらなる混乱を招くとは知らず。


私は自分の視力の限界を感じていた。


(やっぱり、眼鏡がないと不便ねぇ)


私はこっそり溜息をついた。


「ジークさん」


「……なんだよ」


ジークが拗ねたように顔を上げる。


「顔は覚えましたけど、やっぱり普段は見えにくいので、作業中は鈴でもつけてもらっていいですか?」


「俺は猫か! ……はぁ」


ジークは立ち上がると、私の頭にポンと手を置いた。


「?」


「待ってろ。……ちょっと、街まで行ってくる」


「街へ? 買い出しですか?」


「まあ、そんなもんだ。……お前に必要なものをな」


ジークは少し照れくさそうに鼻をこすると、足早に店を出て行った。


「必要なもの?」


私は首を傾げた。


(新しいフライパンかしら? それとも、より強力な洗剤?)


まさか彼が、なけなしのヘソクリ(靴底に隠していた最後の銀貨)を握りしめて、私のために眼鏡屋へ走ったことなど、想像もしていなかった。


「行ってらっしゃーい! お肉も買ってきてくださいねー!」


私は呑気に手を振った。


店に残されたのは、ニヤニヤ笑う騎士たちと、状況が飲み込めない鈍感な私だけ。


定食屋の午後は、今日も平和(?)に過ぎていく。
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