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『定食屋 悪役令嬢』の開店から一週間。
店は順調に回っていた。
私の料理(主に肉とニンニクの暴力)は、味に飢えた冒険者や騎士たちのハートを鷲掴みにし、リピーターが続出している。
「へい、スタミナ定食三丁!」
「あいよ!」
私は中華鍋を振るいながら、ふと厨房(青空)の端で皿洗いをしている男――ジークに目を向けた。
銀色の髪。広い背中。手際よく皿を洗う筋肉質な腕。
(……よく働いてくれるわね、彼)
文句一つ言わず(たまにブツブツ言ってるけど)、私の無茶ぶりに応えてくれる。
最高の従業員だ。
だが、私には一つだけ懸念事項があった。
(私、ジークさんの顔をよく知らないのよね)
出会ってからずっと、私の視界はずっとソフトフォーカスがかかったままだ。
彼が「銀色の大きなモヤ」であることは認識しているが、具体的な目鼻立ちは未だに謎である。
もし彼が売上金を持って逃亡したら?
手配書を描く時に困るではないか。
「特徴は……銀髪で、筋肉があって、声がいい男です」
これでは該当者が多すぎて捜査が難航する。
(これは経営者として失格ね。従業員の顔写真データくらい、脳内に保存しておかないと)
私は決意した。
今日の休憩時間に、彼の顔認証データをインストール(暗記)しよう。
◇
ランチタイムが終わり、客足が途絶えた昼下がり。
騎士たちは裏庭で筋トレ(という名の薪割り)に励んでいる。
店内には私とジークだけだ。
ジークはテーブルで麦茶を飲んで休憩していた。
チャンスである。
私は抜き足差し足で彼に近づいた。
気配を消すのは得意だ。公爵家の「淑女の歩き方(忍者歩行)」をマスターしているからだ。
私はジークの背後に立った。
「……ジークさん」
「うわっ!?」
ジークが飛び上がった。
「び、びっくりした……! なんだミール、気配もなく背後に立つな。心臓が止まるかと思ったぞ」
「すみません。ちょっと確認したいことがありまして」
「確認? 在庫なら足りてるぞ」
「いえ、在庫ではなく、あなたの顔面についてです」
「顔面?」
ジークが怪訝な顔をする。
私は彼の正面に回り込み、向かい側の椅子に座った。
テーブルを挟んで、距離は約一メートル。
(……遠い)
この距離では、彼が「目と口がある生き物」であることしか分からない。
「もっと近くで見せてください」
「は?」
「動きませんから、じっとしていてくださいね」
私は立ち上がり、テーブルの上に身を乗り出した。
ズズイッ、と顔を近づける。
「お、おい……?」
ジークがのけぞる。
「逃げないでください。ピントが合わないんです」
「ピント? なんの話だ……ちょ、近い!」
まだ足りない。
私はテーブルを回り込み、彼の椅子の横に立った。
そして、彼の顔を両手でガシッと挟み込んだ。
「なっ……!?」
ジークが硬直する。
私は彼の顔を固定し、自分の顔を近づけた。
距離、三十センチ。
まだボヤける。
「もっと……もっと鮮明に見たいの」
私はさらに顔を寄せた。
距離、十センチ。
ここまで来てようやく、彼の輪郭がはっきりとしてきた。
(あら……)
私は心の中で感嘆の声を上げた。
想像以上のイケメンである。
切れ長の鋭い目。鼻筋はスッと通っており、意思の強そうな眉。
左頬に小さな古傷があるが、それが逆に男らしさを引き立てている。
(なるほど、これは確かに「騎士団長」の顔だわ。王子よりずっと整ってるじゃない)
私は観察を続けた。
肌のキメはどうかしら。髭の剃り残しはあるかしら。
「ふむ……」
私は目を細め(威圧)、眉間にシワを寄せ(集中)、彼の顔面を舐め回すように凝視した。
一方、ジークの内心は大パニックだった。
(ち、ちちち、近いーーーッ!!)
心臓が早鐘を打っている。
ミールの顔が目の前にある。
整った顔立ち。長いまつ毛。そして、自分を射抜くような強烈な眼差し。
(なんだ!? この雰囲気は!? まさか……キスか!?)
ジークの脳内で、甘い恋愛小説のワンシーンが再生される。
『二人きりの午後。彼女は情熱的な瞳で俺を見つめ、唇を寄せてきた……』
(いや待て、早すぎる! まだ手も握っていないのに! だが、彼女のこの熱視線……ただ事ではない!)
ジークは身動きが取れなかった。
彼女の吐息がかかる距離。
彼女の瞳に、自分の顔が映っている。
(くるのか……? ここで……?)
ジークは覚悟を決めた。
彼はギュッと目を閉じた。
(受け入れよう。俺も……彼女のことが、嫌いじゃない!)
彼は唇を少し突き出した。
「…………」
沈黙。
数秒が経過した。
唇に感触がない。
恐る恐る目を開けると、ミールはまだ至近距離にいた。
しかし、その視線はなぜか「俺の右目尻」あたりに集中している。
「……ここ」
ミールが呟いた。
「ん?」
「ここ、気になります」
彼女の指先が、ジークの目尻に触れた。
(目尻へのキス!? なんと高等なテクニックを!)
ジークが再び身構える。
しかし、ミールは冷静な声で言った。
「目ヤニ、ついてますよ」
「…………はい?」
「目ヤニです。結構大きめのが。カピカピになってます」
ミールは指先で、ジークの目尻についていた小さなゴミをピンと弾き飛ばした。
「よし、取れました。スッキリしました」
彼女はパッと手を離し、距離を取った。
「あ、ありがとう……」
ジークは脱力した。
魂が抜けたように椅子に崩れ落ちる。
(め、目ヤニ……? このロマンチックな状況で、目ヤニだと……?)
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
しかし、ミールは気づかない。
彼女は満足げに頷いていた。
「これでバッチリです」
「なにがだ……?」
「あなたの顔、覚えましたから」
「え?」
「万が一、レジの金を持って逃げても、似顔絵を描いて指名手配できます。ホクロの位置まで把握しましたからね」
「……信用ねぇな!」
ジークが叫んだ。
「俺はお前の金なんて持ち逃げしない! というか、俺のドキドキを返せ!」
「ドキドキ? 不整脈ですか? ニンニク食べます?」
「違うわ!」
ジークがテーブルに突っ伏した。
その様子を、裏庭から戻ってきたアランたち騎士団員が目撃していた。
彼らは顔を真っ赤にして、壁の陰から覗き見ている。
「おい見ろよ……団長と店主殿、チュッてしそうだったぞ」
「キャー! 大胆!」
「お熱いねぇ。こりゃ結婚も近いな」
「よし、俺たちで援護射撃だ!」
騎士たちの盛大な勘違いが、さらなる混乱を招くとは知らず。
私は自分の視力の限界を感じていた。
(やっぱり、眼鏡がないと不便ねぇ)
私はこっそり溜息をついた。
「ジークさん」
「……なんだよ」
ジークが拗ねたように顔を上げる。
「顔は覚えましたけど、やっぱり普段は見えにくいので、作業中は鈴でもつけてもらっていいですか?」
「俺は猫か! ……はぁ」
ジークは立ち上がると、私の頭にポンと手を置いた。
「?」
「待ってろ。……ちょっと、街まで行ってくる」
「街へ? 買い出しですか?」
「まあ、そんなもんだ。……お前に必要なものをな」
ジークは少し照れくさそうに鼻をこすると、足早に店を出て行った。
「必要なもの?」
私は首を傾げた。
(新しいフライパンかしら? それとも、より強力な洗剤?)
まさか彼が、なけなしのヘソクリ(靴底に隠していた最後の銀貨)を握りしめて、私のために眼鏡屋へ走ったことなど、想像もしていなかった。
「行ってらっしゃーい! お肉も買ってきてくださいねー!」
私は呑気に手を振った。
店に残されたのは、ニヤニヤ笑う騎士たちと、状況が飲み込めない鈍感な私だけ。
定食屋の午後は、今日も平和(?)に過ぎていく。
店は順調に回っていた。
私の料理(主に肉とニンニクの暴力)は、味に飢えた冒険者や騎士たちのハートを鷲掴みにし、リピーターが続出している。
「へい、スタミナ定食三丁!」
「あいよ!」
私は中華鍋を振るいながら、ふと厨房(青空)の端で皿洗いをしている男――ジークに目を向けた。
銀色の髪。広い背中。手際よく皿を洗う筋肉質な腕。
(……よく働いてくれるわね、彼)
文句一つ言わず(たまにブツブツ言ってるけど)、私の無茶ぶりに応えてくれる。
最高の従業員だ。
だが、私には一つだけ懸念事項があった。
(私、ジークさんの顔をよく知らないのよね)
出会ってからずっと、私の視界はずっとソフトフォーカスがかかったままだ。
彼が「銀色の大きなモヤ」であることは認識しているが、具体的な目鼻立ちは未だに謎である。
もし彼が売上金を持って逃亡したら?
手配書を描く時に困るではないか。
「特徴は……銀髪で、筋肉があって、声がいい男です」
これでは該当者が多すぎて捜査が難航する。
(これは経営者として失格ね。従業員の顔写真データくらい、脳内に保存しておかないと)
私は決意した。
今日の休憩時間に、彼の顔認証データをインストール(暗記)しよう。
◇
ランチタイムが終わり、客足が途絶えた昼下がり。
騎士たちは裏庭で筋トレ(という名の薪割り)に励んでいる。
店内には私とジークだけだ。
ジークはテーブルで麦茶を飲んで休憩していた。
チャンスである。
私は抜き足差し足で彼に近づいた。
気配を消すのは得意だ。公爵家の「淑女の歩き方(忍者歩行)」をマスターしているからだ。
私はジークの背後に立った。
「……ジークさん」
「うわっ!?」
ジークが飛び上がった。
「び、びっくりした……! なんだミール、気配もなく背後に立つな。心臓が止まるかと思ったぞ」
「すみません。ちょっと確認したいことがありまして」
「確認? 在庫なら足りてるぞ」
「いえ、在庫ではなく、あなたの顔面についてです」
「顔面?」
ジークが怪訝な顔をする。
私は彼の正面に回り込み、向かい側の椅子に座った。
テーブルを挟んで、距離は約一メートル。
(……遠い)
この距離では、彼が「目と口がある生き物」であることしか分からない。
「もっと近くで見せてください」
「は?」
「動きませんから、じっとしていてくださいね」
私は立ち上がり、テーブルの上に身を乗り出した。
ズズイッ、と顔を近づける。
「お、おい……?」
ジークがのけぞる。
「逃げないでください。ピントが合わないんです」
「ピント? なんの話だ……ちょ、近い!」
まだ足りない。
私はテーブルを回り込み、彼の椅子の横に立った。
そして、彼の顔を両手でガシッと挟み込んだ。
「なっ……!?」
ジークが硬直する。
私は彼の顔を固定し、自分の顔を近づけた。
距離、三十センチ。
まだボヤける。
「もっと……もっと鮮明に見たいの」
私はさらに顔を寄せた。
距離、十センチ。
ここまで来てようやく、彼の輪郭がはっきりとしてきた。
(あら……)
私は心の中で感嘆の声を上げた。
想像以上のイケメンである。
切れ長の鋭い目。鼻筋はスッと通っており、意思の強そうな眉。
左頬に小さな古傷があるが、それが逆に男らしさを引き立てている。
(なるほど、これは確かに「騎士団長」の顔だわ。王子よりずっと整ってるじゃない)
私は観察を続けた。
肌のキメはどうかしら。髭の剃り残しはあるかしら。
「ふむ……」
私は目を細め(威圧)、眉間にシワを寄せ(集中)、彼の顔面を舐め回すように凝視した。
一方、ジークの内心は大パニックだった。
(ち、ちちち、近いーーーッ!!)
心臓が早鐘を打っている。
ミールの顔が目の前にある。
整った顔立ち。長いまつ毛。そして、自分を射抜くような強烈な眼差し。
(なんだ!? この雰囲気は!? まさか……キスか!?)
ジークの脳内で、甘い恋愛小説のワンシーンが再生される。
『二人きりの午後。彼女は情熱的な瞳で俺を見つめ、唇を寄せてきた……』
(いや待て、早すぎる! まだ手も握っていないのに! だが、彼女のこの熱視線……ただ事ではない!)
ジークは身動きが取れなかった。
彼女の吐息がかかる距離。
彼女の瞳に、自分の顔が映っている。
(くるのか……? ここで……?)
ジークは覚悟を決めた。
彼はギュッと目を閉じた。
(受け入れよう。俺も……彼女のことが、嫌いじゃない!)
彼は唇を少し突き出した。
「…………」
沈黙。
数秒が経過した。
唇に感触がない。
恐る恐る目を開けると、ミールはまだ至近距離にいた。
しかし、その視線はなぜか「俺の右目尻」あたりに集中している。
「……ここ」
ミールが呟いた。
「ん?」
「ここ、気になります」
彼女の指先が、ジークの目尻に触れた。
(目尻へのキス!? なんと高等なテクニックを!)
ジークが再び身構える。
しかし、ミールは冷静な声で言った。
「目ヤニ、ついてますよ」
「…………はい?」
「目ヤニです。結構大きめのが。カピカピになってます」
ミールは指先で、ジークの目尻についていた小さなゴミをピンと弾き飛ばした。
「よし、取れました。スッキリしました」
彼女はパッと手を離し、距離を取った。
「あ、ありがとう……」
ジークは脱力した。
魂が抜けたように椅子に崩れ落ちる。
(め、目ヤニ……? このロマンチックな状況で、目ヤニだと……?)
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
しかし、ミールは気づかない。
彼女は満足げに頷いていた。
「これでバッチリです」
「なにがだ……?」
「あなたの顔、覚えましたから」
「え?」
「万が一、レジの金を持って逃げても、似顔絵を描いて指名手配できます。ホクロの位置まで把握しましたからね」
「……信用ねぇな!」
ジークが叫んだ。
「俺はお前の金なんて持ち逃げしない! というか、俺のドキドキを返せ!」
「ドキドキ? 不整脈ですか? ニンニク食べます?」
「違うわ!」
ジークがテーブルに突っ伏した。
その様子を、裏庭から戻ってきたアランたち騎士団員が目撃していた。
彼らは顔を真っ赤にして、壁の陰から覗き見ている。
「おい見ろよ……団長と店主殿、チュッてしそうだったぞ」
「キャー! 大胆!」
「お熱いねぇ。こりゃ結婚も近いな」
「よし、俺たちで援護射撃だ!」
騎士たちの盛大な勘違いが、さらなる混乱を招くとは知らず。
私は自分の視力の限界を感じていた。
(やっぱり、眼鏡がないと不便ねぇ)
私はこっそり溜息をついた。
「ジークさん」
「……なんだよ」
ジークが拗ねたように顔を上げる。
「顔は覚えましたけど、やっぱり普段は見えにくいので、作業中は鈴でもつけてもらっていいですか?」
「俺は猫か! ……はぁ」
ジークは立ち上がると、私の頭にポンと手を置いた。
「?」
「待ってろ。……ちょっと、街まで行ってくる」
「街へ? 買い出しですか?」
「まあ、そんなもんだ。……お前に必要なものをな」
ジークは少し照れくさそうに鼻をこすると、足早に店を出て行った。
「必要なもの?」
私は首を傾げた。
(新しいフライパンかしら? それとも、より強力な洗剤?)
まさか彼が、なけなしのヘソクリ(靴底に隠していた最後の銀貨)を握りしめて、私のために眼鏡屋へ走ったことなど、想像もしていなかった。
「行ってらっしゃーい! お肉も買ってきてくださいねー!」
私は呑気に手を振った。
店に残されたのは、ニヤニヤ笑う騎士たちと、状況が飲み込めない鈍感な私だけ。
定食屋の午後は、今日も平和(?)に過ぎていく。
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