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『定食屋 悪役令嬢』の開店準備中。
私は裏庭で、空から降ってきた「白い悪魔」と格闘していた。
「こ、この……! 動きが素早いですね!」
私は調理用トングをカチカチと鳴らしながら、その生物を追い回す。
相手は純白の鳥だ。
大きさは鳩より少し大きい。パタパタと飛び回り、私の頭上を旋回しては、小馬鹿にするように鳴いている。
「クルッポー! クルッポー!」
「くっ、挑発ですか! 今日のランチは『若鶏の香草焼き』に変更です!」
私は目を細め(殺気)、トングを振り上げた。
「待ってください店主殿ーーッ!!」
アラン副団長が、薪割りの手を止めて全速力で走ってきた。
彼は私の腕をガシッと掴む。
「食材じゃありません! それは伝書鳩です! しかも王家の紋章が入った最高級のホワイトピジョンです!」
「え? 鳩?」
私はトングを下ろした。
よく見ると(見えないけど)、確かに足に筒のようなものが付いている。
「あら、残念。脂が乗ってそうで美味しそうだったのに」
「(王家の使いを食べようとするとは……やはりこの方は恐ろしい)」
アランは冷や汗を拭いながら、鳩を捕まえた。
鳩も私が怖いのか、アランの手の中で大人しく震えている。
「手紙がついてますよ。……宛先は、ミール・ヴァン・ダレス様」
「私に? 誰からかしら」
「差出人は……『リリア・フォン・バーグマン』。……男爵令嬢のリリア様ですね」
その名を聞いて、私は首を傾げた。
リリア。
元婚約者オズワルド王子の、新しい恋人だ。
いつも王子の影に隠れて震えていた、小動物のような少女。
「なんで私に? 『負け犬はさっさと消えろ』とかいう嫌がらせの手紙?」
「いや、封筒が分厚いですね。なんか重いです」
アランが手紙を私に渡そうとする。
「読んでください」
私は即答した。
「え?」
「文字が小さすぎて読めません。私の代わりに読み上げてください。感情を込めて」
「ええっ!? わ、私がですか!?」
「騎士なら滑舌もいいでしょう? お願いします」
アランは困惑したが、私の命令(という名の無茶振り)には逆らえない。
彼は咳払いを一つすると、恭しく封筒を開けた。
中から出てきたのは、何枚にもわたる便箋と……一枚の『小切手』だった。
「こ、これは……金一封!?」
「お金!?」
私の目がカッと見開かれた(ように見えた)。
「内容は後でいいです。まずはその金額を確認してください」
「ええっと……金貨100枚相当と書かれています」
「100枚!?」
私はのけぞった。
定食屋の売り上げ数ヶ月分だ。
「なんでそんな大金を……? 手切れ金? いや、もう縁は切れてるし」
「手紙を読みますね」
アランが便箋を広げた。
そして、騎士団仕込みのよく通る声で、朗読を始めた。
『拝啓、ミールお姉様。……いえ、あえて敬意を込めて、ミール様と呼ばせていただきます』
「あら、意外と礼儀正しいわね」
『突然のお手紙、申し訳ありません。実は今、私は王都で……地獄を見ています』
「地獄?」
アランの声が、少し深刻なトーンになる。
『オズワルド殿下が、狂ってしまわれました』
「は?」
『あの日、ミール様が去ってから、殿下はずっと部屋の隅で震えていらっしゃいます。「ミールが見ている……」「あの目が、壁のシミから俺を睨んでいる……」と、うわ言のように繰り返すのです』
「……」
私は腕組みをした。
(心当たりがないわね。壁のシミになった覚えはないもの)
アランが続ける。
『食事の際も、「このスープの渦巻きがミールの眼鏡に見える!」と言って皿をひっくり返し、庭の木々が風で揺れるのを見て「ミールが手招きしている!」と叫び、夜も眠れないご様子です』
「完全にノイローゼですね」
騎士の一人がボソリと言った。
『おかげで、私のキラキラ王宮ライフは崩壊しました。デートもなければ、甘い言葉もありません。あるのは殿下の絶叫と、八つ当たりだけです』
朗読が進むにつれて、リリアの筆圧が強くなっているのが伝わってくるようだ。
『正直に言います。……この男、ウザいです』
「ぶっ!」
聞いていた騎士たちが吹き出した。
「あの可憐なリリア様が、『ウザい』と……」
『顔がいいだけのヘタレだとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。ミール様、貴女はよくこんな男と何年も婚約していましたね? 尊敬します。というか、同情します』
「あら、褒められちゃった」
私は鼻を鳴らした。
『そこで相談なのですが、この男、クーリングオフできませんか?』
「できません」
私は即答した。
『返品不可でしょうか? 多少傷んでますが、顔だけは綺麗です。熨斗(のし)をつけてお返ししますので、どうか引き取ってください』
「断る!」
私は叫んだ。
「やっと手放した粗大ゴミを、なんでまた引き取らなきゃいけないのよ! 送料負担でもお断りよ!」
「店主殿、まだ続きがあります」
アランが手紙をめくった。
『……と、言いたいところですが、王命による婚約なので破棄もできず、私はこのまま腐った王子の介護をして一生を終えるのかと思うと、涙が止まりません。ストレスで肌も荒れました。胃に穴が開きそうです』
「可哀想に……」
私にはわかる。ストレスは胃に来る。
美味しいものを食べないとやってられないのだ。
『ミール様。貴女が去り際に見せた、あの堂々とした「ガン飛ばし」。そして壁に激突しても動じない「鉄のメンタル」。今思えば、あれこそが真の貴族の姿でした』
「(いや、あれは見えてなかっただけでは?)」
アランが心の中でツッコミを入れたが、無視して読み進める。
『どうか、この愚かな私に、その強靭なメンタルの秘訣を教えてください。同封した小切手は、その教授料です。あと、美味しい賄いご飯のレシピも教えていただければ幸いです。 追伸:殿下が「ミールの呪いを解くために討伐隊を送る」とか口走っていますが、全力で止めておきます。でも止められなかったらごめんなさい。逃げてください』
そこで手紙は終わっていた。
静寂が流れる。
「……なんというか、切実ですね」
アランがしんみりと言った。
「敵対しているのかと思いきや、まさかの人生相談でした」
「そうねぇ……」
私は小切手をヒラヒラとさせた。
金貨100枚。
これは大きい。店の改装費にもなるし、新しい調理器具も買える。
「もらっておきましょう。相談料として」
「返事はどうしますか?」
「書くわ。アラン、代筆して」
「えっ、私が?」
「私の字だと、また『呪いの呪文』とか勘違いされそうだから」
私は地面に落ちていた枝を拾い、土の上に文字を書くフリをした。
「いい? こう書いて」
『拝啓、リリア様。
お金ありがとう。大事に使います。
その男の対処法ですが、言葉で説得しようとしても無駄です。
物理で黙らせるのが一番早いです。
みぞおちを一発殴れば、大抵の男は大人しくなります。
それでもダメなら、美味しいお肉を食べて寝なさい。
胃袋が満たされれば、大抵の悩みはどうでもよくなります。
貴女の幸せ(主に食生活)を祈っています。
ミールより』
「……以上よ」
「本当にこれを送るんですか!? 『王子を殴れ』って書いてありますけど!?」
「事実だから仕方ないわ。あと、私の特製『スタミナ丼』のレシピも添えておいて」
「はぁ……わかりました」
アランは呆れつつも、手紙をしたためてくれた。
鳩の足に返信を結びつけ、放つ。
鳩は「やっと解放された!」とばかりに、一目散に王都の方角へ飛んでいった。
「ふぅ、一件落着ね」
私はパンパンと手を払った。
「しかし店主殿、最後の一文……『討伐隊』ってのが気になりますが」
アランが不安そうに言う。
「王子が討伐隊を送るかもしれないって……」
「大丈夫よ。リリアさんが止めてくれるでしょう。それに」
私は厨房のフライパンを手に取った。
「もし誰が来ようと、お客様なら歓迎するし、敵なら食材にするだけよ」
私の言葉に、騎士たちが「おお……!」と声を上げる。
「さすが店主殿! 肝が座っておられる!」
「俺たちも戦います! 美味しい賄いのためなら、王軍相手でも引けはとりません!」
いつの間にか、騎士団の忠誠心が『王家 < ミールの料理』に書き換わっているようだ。
(頼もしい従業員たちね)
私は満足げに頷いた。
その時。
森の向こうから、ガサガサと茂みをかき分ける音がした。
「お、早速お客様かしら?」
「いや、また伝書鳩か?」
騎士たちが身構える。
現れたのは、大きな荷物を背負った銀髪の男――ジークだった。
「ただいま戻ったぞ」
「あ、ジークさん!」
私は駆け寄った。
「お帰りなさい! 遅かったですね!」
「ああ、街まで行くのに少し手間取ってな……」
ジークは少し疲れた顔をしていたが、その目は輝いていた。
彼は背負っていた荷物を下ろすよりも先に、懐から小さな箱を取り出した。
「ミール、これだ」
「え?」
「お前に……渡したいものがある」
ジークが少し頬を染めて、その箱を私に差し出した。
周囲の騎士たちが「おっ!」「ついに!」「指輪か!?」と色めき立つ。
私は目を細めて箱を見た。
「……なんですか、これ。食べられますか?」
「食いもんじゃない! ……開けてみろ」
言われて、私は箱を開けた。
中に入っていたのは――。
「わぁ……!」
私は声を上げた。
それは、きらりと光る『眼鏡』だった。
「街の眼鏡屋で作らせた。お前の視力に合うかわからんが、一番度の強いレンズを入れてある」
「ジークさん……」
私は感動した。
まさか、私のためにここまでしてくれるなんて。
「ありがとうございます! これで……これで世界が見えます!」
私は震える手で眼鏡をかけた。
カチャリ。
世界が変わった。
ぼやけていた輪郭が、シャープな線になる。
緑の葉の一枚一枚、騎士たちのニヤニヤした表情、そして――。
目の前に立つ、ジークの顔。
「……どうだ? 見えるか?」
ジークが心配そうに覗き込んでくる。
私は、初めて「はっきりと」彼の顔を見た。
整った顔立ち。
心配と期待が入り混じった、優しい瞳。
そして、少し赤くなった耳。
(……うわ)
私は息を呑んだ。
(なにこの人……めちゃくちゃイケメンじゃない。直視できないレベルなんだけど)
あまりの破壊力に、私は思わず目を逸らしてしまった。
「ど、どうした? 合わないか?」
「い、いえ! 合ってます! 合いすぎて、眩しいくらいです!」
私は慌てて眼鏡の位置を直した。
「そうですか……これがジークさんの顔ですか……」
「あ、ああ。変な顔か?」
「いいえ。……食材で例えるなら、最高級の霜降り肉ですね」
「その例えはやめろ」
ジークが苦笑いする。
その笑顔がまた、破壊力抜群だった。
(まずい。眼鏡をかけると、心拍数が上がるわ)
私は胸を押さえた。
これが「恋」なのか、それとも「いい男(食材)」を見つけた興奮なのか、私にはまだわからなかった。
ただ一つ確かなのは。
これで、私の「勘違い」による無敵のメンタルが、少しだけ揺らぐかもしれないということだ。
「さあ、眼鏡も手に入れたし! 張り切って仕込みをしますよ!」
私は照れ隠しに叫んだ。
「おー!」
騎士たちが呼応する。
リリアからの手紙の警告など、すっかり忘れて。
平和な定食屋の午後は、新しい眼鏡と共に過ぎていくのだった。
(……でも、この眼鏡、すごくよく見えるわね。あそこの茂みに隠れている巨大イノシシも丸見えだわ)
「ジークさん、あそこに食材がいます」
「え?」
「今夜はボタン鍋です!」
私の視力(と食欲)は、眼鏡を得てさらにパワーアップしたようである。
私は裏庭で、空から降ってきた「白い悪魔」と格闘していた。
「こ、この……! 動きが素早いですね!」
私は調理用トングをカチカチと鳴らしながら、その生物を追い回す。
相手は純白の鳥だ。
大きさは鳩より少し大きい。パタパタと飛び回り、私の頭上を旋回しては、小馬鹿にするように鳴いている。
「クルッポー! クルッポー!」
「くっ、挑発ですか! 今日のランチは『若鶏の香草焼き』に変更です!」
私は目を細め(殺気)、トングを振り上げた。
「待ってください店主殿ーーッ!!」
アラン副団長が、薪割りの手を止めて全速力で走ってきた。
彼は私の腕をガシッと掴む。
「食材じゃありません! それは伝書鳩です! しかも王家の紋章が入った最高級のホワイトピジョンです!」
「え? 鳩?」
私はトングを下ろした。
よく見ると(見えないけど)、確かに足に筒のようなものが付いている。
「あら、残念。脂が乗ってそうで美味しそうだったのに」
「(王家の使いを食べようとするとは……やはりこの方は恐ろしい)」
アランは冷や汗を拭いながら、鳩を捕まえた。
鳩も私が怖いのか、アランの手の中で大人しく震えている。
「手紙がついてますよ。……宛先は、ミール・ヴァン・ダレス様」
「私に? 誰からかしら」
「差出人は……『リリア・フォン・バーグマン』。……男爵令嬢のリリア様ですね」
その名を聞いて、私は首を傾げた。
リリア。
元婚約者オズワルド王子の、新しい恋人だ。
いつも王子の影に隠れて震えていた、小動物のような少女。
「なんで私に? 『負け犬はさっさと消えろ』とかいう嫌がらせの手紙?」
「いや、封筒が分厚いですね。なんか重いです」
アランが手紙を私に渡そうとする。
「読んでください」
私は即答した。
「え?」
「文字が小さすぎて読めません。私の代わりに読み上げてください。感情を込めて」
「ええっ!? わ、私がですか!?」
「騎士なら滑舌もいいでしょう? お願いします」
アランは困惑したが、私の命令(という名の無茶振り)には逆らえない。
彼は咳払いを一つすると、恭しく封筒を開けた。
中から出てきたのは、何枚にもわたる便箋と……一枚の『小切手』だった。
「こ、これは……金一封!?」
「お金!?」
私の目がカッと見開かれた(ように見えた)。
「内容は後でいいです。まずはその金額を確認してください」
「ええっと……金貨100枚相当と書かれています」
「100枚!?」
私はのけぞった。
定食屋の売り上げ数ヶ月分だ。
「なんでそんな大金を……? 手切れ金? いや、もう縁は切れてるし」
「手紙を読みますね」
アランが便箋を広げた。
そして、騎士団仕込みのよく通る声で、朗読を始めた。
『拝啓、ミールお姉様。……いえ、あえて敬意を込めて、ミール様と呼ばせていただきます』
「あら、意外と礼儀正しいわね」
『突然のお手紙、申し訳ありません。実は今、私は王都で……地獄を見ています』
「地獄?」
アランの声が、少し深刻なトーンになる。
『オズワルド殿下が、狂ってしまわれました』
「は?」
『あの日、ミール様が去ってから、殿下はずっと部屋の隅で震えていらっしゃいます。「ミールが見ている……」「あの目が、壁のシミから俺を睨んでいる……」と、うわ言のように繰り返すのです』
「……」
私は腕組みをした。
(心当たりがないわね。壁のシミになった覚えはないもの)
アランが続ける。
『食事の際も、「このスープの渦巻きがミールの眼鏡に見える!」と言って皿をひっくり返し、庭の木々が風で揺れるのを見て「ミールが手招きしている!」と叫び、夜も眠れないご様子です』
「完全にノイローゼですね」
騎士の一人がボソリと言った。
『おかげで、私のキラキラ王宮ライフは崩壊しました。デートもなければ、甘い言葉もありません。あるのは殿下の絶叫と、八つ当たりだけです』
朗読が進むにつれて、リリアの筆圧が強くなっているのが伝わってくるようだ。
『正直に言います。……この男、ウザいです』
「ぶっ!」
聞いていた騎士たちが吹き出した。
「あの可憐なリリア様が、『ウザい』と……」
『顔がいいだけのヘタレだとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。ミール様、貴女はよくこんな男と何年も婚約していましたね? 尊敬します。というか、同情します』
「あら、褒められちゃった」
私は鼻を鳴らした。
『そこで相談なのですが、この男、クーリングオフできませんか?』
「できません」
私は即答した。
『返品不可でしょうか? 多少傷んでますが、顔だけは綺麗です。熨斗(のし)をつけてお返ししますので、どうか引き取ってください』
「断る!」
私は叫んだ。
「やっと手放した粗大ゴミを、なんでまた引き取らなきゃいけないのよ! 送料負担でもお断りよ!」
「店主殿、まだ続きがあります」
アランが手紙をめくった。
『……と、言いたいところですが、王命による婚約なので破棄もできず、私はこのまま腐った王子の介護をして一生を終えるのかと思うと、涙が止まりません。ストレスで肌も荒れました。胃に穴が開きそうです』
「可哀想に……」
私にはわかる。ストレスは胃に来る。
美味しいものを食べないとやってられないのだ。
『ミール様。貴女が去り際に見せた、あの堂々とした「ガン飛ばし」。そして壁に激突しても動じない「鉄のメンタル」。今思えば、あれこそが真の貴族の姿でした』
「(いや、あれは見えてなかっただけでは?)」
アランが心の中でツッコミを入れたが、無視して読み進める。
『どうか、この愚かな私に、その強靭なメンタルの秘訣を教えてください。同封した小切手は、その教授料です。あと、美味しい賄いご飯のレシピも教えていただければ幸いです。 追伸:殿下が「ミールの呪いを解くために討伐隊を送る」とか口走っていますが、全力で止めておきます。でも止められなかったらごめんなさい。逃げてください』
そこで手紙は終わっていた。
静寂が流れる。
「……なんというか、切実ですね」
アランがしんみりと言った。
「敵対しているのかと思いきや、まさかの人生相談でした」
「そうねぇ……」
私は小切手をヒラヒラとさせた。
金貨100枚。
これは大きい。店の改装費にもなるし、新しい調理器具も買える。
「もらっておきましょう。相談料として」
「返事はどうしますか?」
「書くわ。アラン、代筆して」
「えっ、私が?」
「私の字だと、また『呪いの呪文』とか勘違いされそうだから」
私は地面に落ちていた枝を拾い、土の上に文字を書くフリをした。
「いい? こう書いて」
『拝啓、リリア様。
お金ありがとう。大事に使います。
その男の対処法ですが、言葉で説得しようとしても無駄です。
物理で黙らせるのが一番早いです。
みぞおちを一発殴れば、大抵の男は大人しくなります。
それでもダメなら、美味しいお肉を食べて寝なさい。
胃袋が満たされれば、大抵の悩みはどうでもよくなります。
貴女の幸せ(主に食生活)を祈っています。
ミールより』
「……以上よ」
「本当にこれを送るんですか!? 『王子を殴れ』って書いてありますけど!?」
「事実だから仕方ないわ。あと、私の特製『スタミナ丼』のレシピも添えておいて」
「はぁ……わかりました」
アランは呆れつつも、手紙をしたためてくれた。
鳩の足に返信を結びつけ、放つ。
鳩は「やっと解放された!」とばかりに、一目散に王都の方角へ飛んでいった。
「ふぅ、一件落着ね」
私はパンパンと手を払った。
「しかし店主殿、最後の一文……『討伐隊』ってのが気になりますが」
アランが不安そうに言う。
「王子が討伐隊を送るかもしれないって……」
「大丈夫よ。リリアさんが止めてくれるでしょう。それに」
私は厨房のフライパンを手に取った。
「もし誰が来ようと、お客様なら歓迎するし、敵なら食材にするだけよ」
私の言葉に、騎士たちが「おお……!」と声を上げる。
「さすが店主殿! 肝が座っておられる!」
「俺たちも戦います! 美味しい賄いのためなら、王軍相手でも引けはとりません!」
いつの間にか、騎士団の忠誠心が『王家 < ミールの料理』に書き換わっているようだ。
(頼もしい従業員たちね)
私は満足げに頷いた。
その時。
森の向こうから、ガサガサと茂みをかき分ける音がした。
「お、早速お客様かしら?」
「いや、また伝書鳩か?」
騎士たちが身構える。
現れたのは、大きな荷物を背負った銀髪の男――ジークだった。
「ただいま戻ったぞ」
「あ、ジークさん!」
私は駆け寄った。
「お帰りなさい! 遅かったですね!」
「ああ、街まで行くのに少し手間取ってな……」
ジークは少し疲れた顔をしていたが、その目は輝いていた。
彼は背負っていた荷物を下ろすよりも先に、懐から小さな箱を取り出した。
「ミール、これだ」
「え?」
「お前に……渡したいものがある」
ジークが少し頬を染めて、その箱を私に差し出した。
周囲の騎士たちが「おっ!」「ついに!」「指輪か!?」と色めき立つ。
私は目を細めて箱を見た。
「……なんですか、これ。食べられますか?」
「食いもんじゃない! ……開けてみろ」
言われて、私は箱を開けた。
中に入っていたのは――。
「わぁ……!」
私は声を上げた。
それは、きらりと光る『眼鏡』だった。
「街の眼鏡屋で作らせた。お前の視力に合うかわからんが、一番度の強いレンズを入れてある」
「ジークさん……」
私は感動した。
まさか、私のためにここまでしてくれるなんて。
「ありがとうございます! これで……これで世界が見えます!」
私は震える手で眼鏡をかけた。
カチャリ。
世界が変わった。
ぼやけていた輪郭が、シャープな線になる。
緑の葉の一枚一枚、騎士たちのニヤニヤした表情、そして――。
目の前に立つ、ジークの顔。
「……どうだ? 見えるか?」
ジークが心配そうに覗き込んでくる。
私は、初めて「はっきりと」彼の顔を見た。
整った顔立ち。
心配と期待が入り混じった、優しい瞳。
そして、少し赤くなった耳。
(……うわ)
私は息を呑んだ。
(なにこの人……めちゃくちゃイケメンじゃない。直視できないレベルなんだけど)
あまりの破壊力に、私は思わず目を逸らしてしまった。
「ど、どうした? 合わないか?」
「い、いえ! 合ってます! 合いすぎて、眩しいくらいです!」
私は慌てて眼鏡の位置を直した。
「そうですか……これがジークさんの顔ですか……」
「あ、ああ。変な顔か?」
「いいえ。……食材で例えるなら、最高級の霜降り肉ですね」
「その例えはやめろ」
ジークが苦笑いする。
その笑顔がまた、破壊力抜群だった。
(まずい。眼鏡をかけると、心拍数が上がるわ)
私は胸を押さえた。
これが「恋」なのか、それとも「いい男(食材)」を見つけた興奮なのか、私にはまだわからなかった。
ただ一つ確かなのは。
これで、私の「勘違い」による無敵のメンタルが、少しだけ揺らぐかもしれないということだ。
「さあ、眼鏡も手に入れたし! 張り切って仕込みをしますよ!」
私は照れ隠しに叫んだ。
「おー!」
騎士たちが呼応する。
リリアからの手紙の警告など、すっかり忘れて。
平和な定食屋の午後は、新しい眼鏡と共に過ぎていくのだった。
(……でも、この眼鏡、すごくよく見えるわね。あそこの茂みに隠れている巨大イノシシも丸見えだわ)
「ジークさん、あそこに食材がいます」
「え?」
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私の視力(と食欲)は、眼鏡を得てさらにパワーアップしたようである。
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「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
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淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
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