華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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その日の午後は、不吉な「音」から始まった。


『定食屋 悪役令嬢』の入り口に、やけに豪華な装飾の馬車が止まったのだ。


中から降りてきたのは、成金趣味の極みのようなスーツを着た小太りの男。


彼は手下を数人連れて、鼻をつまみながら店(ボロ屋)を見上げた。


「げぇっ……なんだこの汚ねぇ店は。ここで飯を食う奴の気が知れねぇぜ」


男は入り口の『悪役令嬢』の看板を見て、下品にせせら笑った。


「おい、店主を呼べ。俺は隣町で最大のレストランを経営するバルド様だぞ」


私は厨房で鍋を磨いていたが、その声を聞いて「カモ……もとい、お客様ね」と判断した。


眼鏡をクイッと押し上げ、私は玄関へと向かった。


「いらっしゃいませ。偵察ですか? それとも昼食?」


私はいつものように、相手を詳しく見極めるために「至近距離」で顔を覗き込んだ。


眉間にシワを寄せ、極限まで目を細めて、バルドの顔のシワの一つ一つを確認する。


「ひっ……!?」


バルドがのけぞった。


「な、なんだその目は! 俺を今すぐ絞め殺して豚の餌にしようとしてるのか!?」


「いえ、視力のピントを合わせてるだけです。それで、ご用件は?」


私はドスの効いた声で(埃っぽかったので)尋ねた。


バルドは震えながらも、懐から一枚の書面を取り出した。


「ふ、ふん! お前、ここで勝手に商売をしてるが、この土地の『仕入れ権利』を独占しているのは俺だ! 隣町のギルドに金は払ってあるんだぞ!」


「仕入れ権利?」


「そうだ! この森で獲れる魔物肉や山菜、全て俺が買い取る契約になってる。お前が使ってる肉は密猟だ! 今すぐ店を畳んで、残った肉を俺にタダで渡せ!」


要するに、繁盛している私の店を妬んで、難癖をつけに来たわけだ。


私は腕組みをして、じっとバルドを見つめた。


(ふむ。この男、嘘をついているわね。この土地は王家から私が『婚約破棄の慰謝料』として譲り受けた私有地。隣町のギルドが口を出せるはずがないわ)


私は論理的に反論しようとした。


しかし、私の沈黙と「睨み(ただの観察)」は、バルドにとって死の宣告に等しかった。


「……お前、その顔、どっかで見たことあると思ったら……『公爵家の狂犬』か!」


バルドが叫んだ。


「王都で殿下を壁に叩きつけ、慰謝料をむしり取って追放されたという、あの伝説の……!」


「話に尾ひれがついてますね。叩きつけたのは柱です」


「同じだぁ! うわああ、本物だ! 目が殺し屋のそれだ!」


バルドは勝手にパニックになり、後ずさりして自分の手下にぶつかった。


「お、おい! お前ら、なんとかしろ! この魔女を追い出すんだ!」


手下たちは顔を見合わせた。


彼らは、店の裏で「薪割り」をしている集団――ジークと騎士団員たちを見て、完全に戦意を喪失していたからだ。


「旦那……あっちを見てください。あんな丸太を素手で割ってる奴らに勝てるわけないですよ」


「それに、あのデカい斧を持った銀髪の男……どっかで見たことあると思ったら、王国の……」


ジークが、静かに歩み寄ってきた。


彼の手には、半分に叩き割られた巨大な薪が握られている。


「ミール、何かトラブルか?」


ジークは無表情だったが、その背後には凄まじい威圧感(と、さっきまでボアを解体していた時の返り血)があった。


「いいえ、隣町の業者さんが『肉を譲れ』って。……どうしましょう?」


私が尋ねると、ジークは「ほう……」と呟き、手に持った薪を片手で握り潰した。


メキメキメキッ!


「俺の主から、肉を奪おうというのか?」


ジークの声は地を這うように低かった。


「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!!」


バルドは腰を抜かした。


「ごめんなさい! 嘘です! 権利なんて持ってません! ただの嫌がらせです!」


バルドは転がるように馬車へ逃げ込んだ。


「帰るぞ! 二度と来るか、こんな魔境! お前ら、全速力で馬を出せぇぇぇ!!」


砂埃を巻き上げて、豪華な馬車は爆速で去っていった。


あまりの逃げ足の速さに、私は呆然とした。


「あら。定食の一つも食べていけばよかったのに」


「……あんなに怯えさせたら無理だろ」


ジークが溜息をつく。


「それにしても、ミール。お前、いつの間に『公爵家の狂犬』なんて二つ名がついたんだ?」


「心外です。私はただの、か弱い元令嬢ですよ」


私は眼鏡を拭き直した。


「さて、邪魔者も消えましたし、仕込みを続けましょう。今日はジークさんの好物の唐揚げですよ」


「唐揚げ! ……よし、薪をもっと割ってくる!」


ジークは機嫌を直して戻っていった。


平和が戻った。


しかし、私は知っていた。


ああいう小悪党が逃げ出すときは、必ずもっと厄介なものを呼び寄せるということを。


「ま、何が来ても、美味しく料理するだけだけどね」


私は包丁を研ぎ直し、再び厨房へと消えた。


隣町に「恐ろしい魔女の店がある」という噂がさらに確固たるものになった瞬間であった。
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