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「……来たか」
夕暮れ時、店の裏手で剣を振っていたジークが、鋭い声を出した。
その視線の先には、一羽の伝書鳩が。
アラン副団長がそれを受け取り、中身を確認した瞬間に顔色を変える。
「だ、団長! いえ、ジークさん! 大変です! 王都から『ミール様討伐隊』が、正式に派遣されました!」
「討伐隊だと……? 本気か、オズワルドの奴」
ジークは手にした剣(騎士団員が予備を献上したもの)を、鞘に納めた。
その眼光は、いつになく冷たく、鋭い。
「構成は、近衛騎士団の一部隊と、魔導師団の精鋭。……指揮を執るのは、オズワルド王子本人だそうです」
「王子自ら、こんな辺境まで……よっぽどミールを恐れているんだな」
ジークは鼻で笑ったが、その拳は固く握られていた。
彼はゆっくりと厨房へ歩を進める。
そこでは、私が眼鏡をキラリと光らせながら、真剣な表情で机に向かっていた。
「ミール、話がある」
ジークが、これまでにないほど重々しい声で私に話しかける。
「あら、ジークさん。ちょうどいいところに」
私は顔を上げ、眼鏡のフレームをクイッと押し上げた。
その瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
ジークはゴクリと喉を鳴らした。
(……なんて覚悟の決まった目だ。王軍を相手にするというのに、恐怖一つ感じていない。……いや、むしろ戦いを楽しみにしているのか?)
ジークは、私の前に立ち、深く腰を折った。
「ミール、すまない。俺の過去が、お前をここまで危険な目に遭わせることになった」
「危険な目?」
「ああ。オズワルドが軍を率いて、ここへ向かっている。標的はお前だ。……だが、安心してくれ。俺がこの命に代えても、お前とこの店を守り抜く」
ジークは顔を上げ、悲壮な決意を込めて続けた。
「部下たちも、すでに覚悟を決めている。たとえ王国を敵に回そうと、俺たちはお前の盾になる。……だから、お前は奥で隠れていてくれ」
ジークの瞳には、熱い忠誠心と、それ以上の「何か」が宿っていた。
実にドラマチックで、騎士道精神に溢れた素晴らしいプロポーズ……もとい、騎士の誓いだ。
しかし。
私の頭の中は、今、別のことで埋め尽くされていた。
「ジークさん、何を言っているんですか。隠れるなんてとんでもない」
「ミール……やはりお前も戦うつもりか?」
「当たり前です! これを見てください!」
私は机の上に広げていた紙を、ジークの鼻先に突きつけた。
そこには、びっしりと数字が書き込まれていた。
「これ、なんの作戦図だ?」
「作戦図じゃありません。『ロイヤル特別メニュー』のお品書きと、価格表です!」
「……は?」
ジークが間抜けな声を出す。
「聞いてくださいジークさん! 王族がわざわざこんな辺境まで、大勢でやってくるんですよ!? これほどの大口顧客、逃すわけにはいきません!」
私はペンを握りしめ、鼻息を荒くした。
「兵隊さんはお腹が空きます! 王子様は贅沢な味が好きです! ……つまり、通常の三倍の『観光地価格』で売りつけるチャンスなんです!」
「お前……今、命を狙われているんだぞ?」
「命なんて、美味しいご飯を食べれば取られませんよ。それより利益です! 王室予算を、この店で一気に回収するんです!」
私は興奮のあまり、ジークの襟首を掴んでガクガクと揺らした。
「いいですか! 最高級のボア肉は、王子様専用で金貨三枚! 一般の兵士さん向けには『討伐お疲れ様カレー』を作ります。これは銀貨十枚! お代わりは有料です!」
「金を取るのか……攻めてきた軍隊から……」
「当たり前です! 私の土地に勝手に入ってくるんですから、入山料も請求します! ジークさん、すぐに案内板を書き換えてください!『ここから先、有料道路』って!」
私は、ジークの「悲壮な決意」を粉々に粉砕しながら、ソロバンを弾き始めた。
チャリン、チャリンという小気味いい音が、静かな厨房に響く。
ジークは呆然と立ち尽くしていたが、やがて、プッと吹き出した。
「……ふっ、ははははは! やっぱりお前は、俺の想像を遥かに超えていくな!」
「笑ってる暇はありませんよ! お箸の準備、食器の洗浄! 大忙しなんですから!」
「わかった、わかったよ店主殿。……よし、俺も覚悟を決めた」
ジークは、今度は明るい笑顔で、私の頭を乱暴に撫でた。
「お前が金を稼ぐ間、俺は全力で皿を洗い、そして……邪魔なハエを追い払ってやる。……安心しろ、一人も食い逃げはさせない」
「頼もしいですね、ジークさん! 報酬は利益の5%でどうですか?」
「せめて10%にしてくれ」
「……8%で妥協しましょう」
私たちは、がっしりと固い握手を交わした。
その背後で、アランたち騎士団員が、遠い目をして空を仰いでいた。
「……俺たちの団長、完全にあの姉御に染まっちまったな」
「王国を敵に回す理由が、『売り上げのため』か……。歴史書には書けないな」
「でもさ、面白そうだろ? 王子にカレーを売りつけるなんて」
「違いない。……よし、俺たちも気合入れようぜ! 客引きの練習だ!」
こうして、『定食屋 悪役令嬢』の面々は、襲来する討伐隊を「全力でもてなす(身ぐるみを剥ぐ)」ための準備に突入した。
殺気立ったジークと、商売っ気でギラギラしたミール。
迎撃準備は、別の意味で完璧だった。
「待ってるわよ、オズワルド殿下……! 貴方の分厚い財布に、乾杯!」
私は眼鏡を磨き上げ、不敵な笑みを浮かべた。
辺境の森に、嵐が近づいている。
それは、王国の歴史を変えるような大決戦……ではなく、空前絶後の「お商売」の嵐であった。
夕暮れ時、店の裏手で剣を振っていたジークが、鋭い声を出した。
その視線の先には、一羽の伝書鳩が。
アラン副団長がそれを受け取り、中身を確認した瞬間に顔色を変える。
「だ、団長! いえ、ジークさん! 大変です! 王都から『ミール様討伐隊』が、正式に派遣されました!」
「討伐隊だと……? 本気か、オズワルドの奴」
ジークは手にした剣(騎士団員が予備を献上したもの)を、鞘に納めた。
その眼光は、いつになく冷たく、鋭い。
「構成は、近衛騎士団の一部隊と、魔導師団の精鋭。……指揮を執るのは、オズワルド王子本人だそうです」
「王子自ら、こんな辺境まで……よっぽどミールを恐れているんだな」
ジークは鼻で笑ったが、その拳は固く握られていた。
彼はゆっくりと厨房へ歩を進める。
そこでは、私が眼鏡をキラリと光らせながら、真剣な表情で机に向かっていた。
「ミール、話がある」
ジークが、これまでにないほど重々しい声で私に話しかける。
「あら、ジークさん。ちょうどいいところに」
私は顔を上げ、眼鏡のフレームをクイッと押し上げた。
その瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
ジークはゴクリと喉を鳴らした。
(……なんて覚悟の決まった目だ。王軍を相手にするというのに、恐怖一つ感じていない。……いや、むしろ戦いを楽しみにしているのか?)
ジークは、私の前に立ち、深く腰を折った。
「ミール、すまない。俺の過去が、お前をここまで危険な目に遭わせることになった」
「危険な目?」
「ああ。オズワルドが軍を率いて、ここへ向かっている。標的はお前だ。……だが、安心してくれ。俺がこの命に代えても、お前とこの店を守り抜く」
ジークは顔を上げ、悲壮な決意を込めて続けた。
「部下たちも、すでに覚悟を決めている。たとえ王国を敵に回そうと、俺たちはお前の盾になる。……だから、お前は奥で隠れていてくれ」
ジークの瞳には、熱い忠誠心と、それ以上の「何か」が宿っていた。
実にドラマチックで、騎士道精神に溢れた素晴らしいプロポーズ……もとい、騎士の誓いだ。
しかし。
私の頭の中は、今、別のことで埋め尽くされていた。
「ジークさん、何を言っているんですか。隠れるなんてとんでもない」
「ミール……やはりお前も戦うつもりか?」
「当たり前です! これを見てください!」
私は机の上に広げていた紙を、ジークの鼻先に突きつけた。
そこには、びっしりと数字が書き込まれていた。
「これ、なんの作戦図だ?」
「作戦図じゃありません。『ロイヤル特別メニュー』のお品書きと、価格表です!」
「……は?」
ジークが間抜けな声を出す。
「聞いてくださいジークさん! 王族がわざわざこんな辺境まで、大勢でやってくるんですよ!? これほどの大口顧客、逃すわけにはいきません!」
私はペンを握りしめ、鼻息を荒くした。
「兵隊さんはお腹が空きます! 王子様は贅沢な味が好きです! ……つまり、通常の三倍の『観光地価格』で売りつけるチャンスなんです!」
「お前……今、命を狙われているんだぞ?」
「命なんて、美味しいご飯を食べれば取られませんよ。それより利益です! 王室予算を、この店で一気に回収するんです!」
私は興奮のあまり、ジークの襟首を掴んでガクガクと揺らした。
「いいですか! 最高級のボア肉は、王子様専用で金貨三枚! 一般の兵士さん向けには『討伐お疲れ様カレー』を作ります。これは銀貨十枚! お代わりは有料です!」
「金を取るのか……攻めてきた軍隊から……」
「当たり前です! 私の土地に勝手に入ってくるんですから、入山料も請求します! ジークさん、すぐに案内板を書き換えてください!『ここから先、有料道路』って!」
私は、ジークの「悲壮な決意」を粉々に粉砕しながら、ソロバンを弾き始めた。
チャリン、チャリンという小気味いい音が、静かな厨房に響く。
ジークは呆然と立ち尽くしていたが、やがて、プッと吹き出した。
「……ふっ、ははははは! やっぱりお前は、俺の想像を遥かに超えていくな!」
「笑ってる暇はありませんよ! お箸の準備、食器の洗浄! 大忙しなんですから!」
「わかった、わかったよ店主殿。……よし、俺も覚悟を決めた」
ジークは、今度は明るい笑顔で、私の頭を乱暴に撫でた。
「お前が金を稼ぐ間、俺は全力で皿を洗い、そして……邪魔なハエを追い払ってやる。……安心しろ、一人も食い逃げはさせない」
「頼もしいですね、ジークさん! 報酬は利益の5%でどうですか?」
「せめて10%にしてくれ」
「……8%で妥協しましょう」
私たちは、がっしりと固い握手を交わした。
その背後で、アランたち騎士団員が、遠い目をして空を仰いでいた。
「……俺たちの団長、完全にあの姉御に染まっちまったな」
「王国を敵に回す理由が、『売り上げのため』か……。歴史書には書けないな」
「でもさ、面白そうだろ? 王子にカレーを売りつけるなんて」
「違いない。……よし、俺たちも気合入れようぜ! 客引きの練習だ!」
こうして、『定食屋 悪役令嬢』の面々は、襲来する討伐隊を「全力でもてなす(身ぐるみを剥ぐ)」ための準備に突入した。
殺気立ったジークと、商売っ気でギラギラしたミール。
迎撃準備は、別の意味で完璧だった。
「待ってるわよ、オズワルド殿下……! 貴方の分厚い財布に、乾杯!」
私は眼鏡を磨き上げ、不敵な笑みを浮かべた。
辺境の森に、嵐が近づいている。
それは、王国の歴史を変えるような大決戦……ではなく、空前絶後の「お商売」の嵐であった。
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