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「……いたぞ! あれが魔女の砦だッ!」
辺境の森の奥深く。
重厚な鎧に身を包んだ近衛騎士たちを率い、白馬に乗ったオズワルド王子が絶叫した。
彼の指差す先には、鬱蒼とした木々に囲まれた、一軒の……。
「……殿下、あれは『砦』というより、ただの古い民家では?」
隣に並ぶ男爵令嬢リリアが、半眼で突っ込みを入れる。
「黙れリリア! あそこからは禍々しい殺気が立ち上っているのが見えないのか!? 見ろ、あの入り口に掲げられた血塗られた看板を!」
『定食屋 悪役令嬢』。
相変わらず、看板の文字はミールの意向で真っ赤に塗り直されており、夕闇の中では呪いの札にしか見えない。
さらにオズワルドを震え上がらせたのは、その「砦」の前に整然と並ぶ、屈強な男たちの集団だった。
「な、なんだあの軍勢は……。全員が血に飢えた獣のような目をしている……!」
それは、開店を待つ「空腹の騎士団(従業員)」と「噂を聞きつけた冒険者たち」の列だった。
彼らは、ミールの作る「ボア肉のニンニク醤油炒め」の香りに理性を失いかけており、その眼光は確かに鋭かった。
「報告します! 砦の前に布陣している敵軍、その数およそ三十! 全員が正規の騎士以上の威圧感を放っております!」
偵察の兵が報告に走る。
「やはりか! ミールは魔導の力で、この辺境の荒くれ者たちを洗脳し、私を迎え撃つ準備を整えていたのだ!」
オズワルドは腰の剣を抜こうとしたが、手が震えてカチャカチャと情けない音を立てた。
「よし、全軍停止! まずは様子を見る! 魔法攻撃に備え、魔導師団は前へ!」
「……あの、殿下。あちらの方々、何か武器ではなく『皿』のようなものを持っていますが」
リリアが冷静に指摘したが、パニックに陥った王子の耳には届かない。
一方、店の方では。
「おーい、ジークさん! お客様ですよ! それも、すごく豪華なお客様!」
私は眼鏡をクイッと上げ、森の入り口に現れたキラキラした集団を見つけた。
眼鏡のおかげで、遠くの旗の紋章まで丸見えだ。
「あれは王家の紋章……! やったわ、本物の『上客』だわ!」
「……本当に嬉しそうだな、お前」
隣で、同じく豪華な鎧の集団を眺めていたジークが呆れたように笑う。
ジークにとっては「かつての同僚や上司」が混ざった討伐隊だが、今の彼にとっては「ミールの商売を邪魔するかもしれない連中」に過ぎない。
「ジークさん、あの白馬に乗った金髪のモヤ……あ、違った、王子様! 彼が今回のターゲットです!」
「ターゲットって言うな。一応、この国の第一王子だぞ」
「いいえ、今は『ゴールド会員(予定)』です! 最高級のボアのヒレ肉、準備してありますね?」
「ああ、下処理は完璧だ」
「よろしい。……アランさん! 例のモノ、出してください!」
「ハッ! 了解しました、姉御!」
アラン副団長が、これまでにないほど爽やかな笑顔で、大きな横断幕を広げた。
そこには、ミールが昨夜徹夜で書き上げた文字が躍っている。
『祝・王都討伐隊御一行様! 歓迎・オズワルド殿下! 本日、ロイヤルステーキ定食・半額キャンペーン実施中!』
「…………は?」
数町先でそれを見たオズワルドは、あまりの衝撃に落馬しかけた。
「……かん、げい? 半額……?」
「殿下、あちらは我々を歓迎しているようですが」
リリアが呆れたように言う。
「嘘だ! これは罠だ! 私を誘い込み、毒入りの食事を振る舞うつもりだ! あるいは、あの幕の裏には伏兵が……!」
「いえ、伏兵どころか、店主自ら出てきましたわよ」
リリアの指す先。
私はエプロン姿で、手にはフライパンではなく「大きな呼び鈴」を持って、大きく手を振った。
「殿下ーー!! お待ちしておりましたーー!! 今ならお席、空いてますよーー!!」
私の声が森に響き渡る。
眼鏡越しに見るオズワルドの顔は、かつて王宮で見た時よりも数段、顔色が悪かった。
(あら、随分とお疲れのようね。これは栄養のあるものを食べさせないと、客単価が上がらないわ)
私は、彼を「敵」としてではなく、「重度の栄養失調気味の優良顧客」として認識した。
「全軍、突撃ィィッ!!」
オズワルドが、恐怖を紛らわすように叫んだ。
「一気に砦を陥落させるのだ! 毒を盛られる前に、こちらから制圧する!」
「「「おおおおおーーーッ!!!」」」
近衛騎士たちが、やけくそ気味に叫びながら突進してくる。
それは、歴史に残る「辺境の戦い」の始まり……のはずだった。
しかし。
店の前まで到達した騎士たちが目にしたのは。
「いらっしゃいませー! お客様、何名様ですか? ……えっ、五十名!? 貸し切りですね! アランさん、テラス席の増設を!」
「ハッ! すぐに丸太を持ってきます!」
「ジークさんはお冷やを! まずは喉を潤していただいてから、お品書きの説明をします!」
テキパキと動く従業員たちの、あまりにも「プロフェッショナルな接客」に、騎士たちは毒気を抜かれた。
「……あ、あの。我々は討伐に……」
「はいはい、討伐ですね。承っております! お腹の『空腹』を討伐するということですね! お任せください!」
私は爽やかに言い放ち、立ち尽くすオズワルド王子の前まで歩み寄った。
「お久しぶりです、殿下。辺境の空気はいかがですか?」
至近距離。
眼鏡をかけた私の、クリアな瞳。
オズワルドは、その瞳を見て、ヒッという短い悲鳴を上げた。
「み、ミール……! 貴様、その目は……! 何を見透かそうというのだ!」
「え? いえ、今日はよく見えるので、殿下の目の下のクマを数えていたんですが。……五本ありますね。お疲れのようです」
「ひ、ひぃぃぃ! 私の寿命をカウントダウンしているのか!」
オズワルドは白目を剥き、馬の上でグラグラと揺れた。
「殿下! しっかりしてください!」
リリアが彼を支えながら、私に視線を向けた。
その目は、驚きと、それ以上に「羨望」の色が混じっていた。
「……ミール様。貴女、本当に辺境で……定食屋を?」
「ええ、リリアさん。手紙、ありがとうございました。おかげでこの眼鏡が買えたんですよ」
私は眼鏡をキラリと光らせた。
「さあ、リリアさんも。今日は特注の『美肌スープ』を用意しています。……殿下の介護で、お肌、荒れてるでしょう?」
「…………!!」
リリアの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ミール様……!! わ、私、座ります! 一番高い席に座らせていただきます!」
「まいどあり!」
こうして、討伐軍は戦う前から「陥落」した。
唯一、馬の上で「呪いだ……これは新しい呪いだ……」と呟き続けるオズワルド王子を除いて。
辺境の森に、かつてない規模の宴の予感が漂い始めていた。
辺境の森の奥深く。
重厚な鎧に身を包んだ近衛騎士たちを率い、白馬に乗ったオズワルド王子が絶叫した。
彼の指差す先には、鬱蒼とした木々に囲まれた、一軒の……。
「……殿下、あれは『砦』というより、ただの古い民家では?」
隣に並ぶ男爵令嬢リリアが、半眼で突っ込みを入れる。
「黙れリリア! あそこからは禍々しい殺気が立ち上っているのが見えないのか!? 見ろ、あの入り口に掲げられた血塗られた看板を!」
『定食屋 悪役令嬢』。
相変わらず、看板の文字はミールの意向で真っ赤に塗り直されており、夕闇の中では呪いの札にしか見えない。
さらにオズワルドを震え上がらせたのは、その「砦」の前に整然と並ぶ、屈強な男たちの集団だった。
「な、なんだあの軍勢は……。全員が血に飢えた獣のような目をしている……!」
それは、開店を待つ「空腹の騎士団(従業員)」と「噂を聞きつけた冒険者たち」の列だった。
彼らは、ミールの作る「ボア肉のニンニク醤油炒め」の香りに理性を失いかけており、その眼光は確かに鋭かった。
「報告します! 砦の前に布陣している敵軍、その数およそ三十! 全員が正規の騎士以上の威圧感を放っております!」
偵察の兵が報告に走る。
「やはりか! ミールは魔導の力で、この辺境の荒くれ者たちを洗脳し、私を迎え撃つ準備を整えていたのだ!」
オズワルドは腰の剣を抜こうとしたが、手が震えてカチャカチャと情けない音を立てた。
「よし、全軍停止! まずは様子を見る! 魔法攻撃に備え、魔導師団は前へ!」
「……あの、殿下。あちらの方々、何か武器ではなく『皿』のようなものを持っていますが」
リリアが冷静に指摘したが、パニックに陥った王子の耳には届かない。
一方、店の方では。
「おーい、ジークさん! お客様ですよ! それも、すごく豪華なお客様!」
私は眼鏡をクイッと上げ、森の入り口に現れたキラキラした集団を見つけた。
眼鏡のおかげで、遠くの旗の紋章まで丸見えだ。
「あれは王家の紋章……! やったわ、本物の『上客』だわ!」
「……本当に嬉しそうだな、お前」
隣で、同じく豪華な鎧の集団を眺めていたジークが呆れたように笑う。
ジークにとっては「かつての同僚や上司」が混ざった討伐隊だが、今の彼にとっては「ミールの商売を邪魔するかもしれない連中」に過ぎない。
「ジークさん、あの白馬に乗った金髪のモヤ……あ、違った、王子様! 彼が今回のターゲットです!」
「ターゲットって言うな。一応、この国の第一王子だぞ」
「いいえ、今は『ゴールド会員(予定)』です! 最高級のボアのヒレ肉、準備してありますね?」
「ああ、下処理は完璧だ」
「よろしい。……アランさん! 例のモノ、出してください!」
「ハッ! 了解しました、姉御!」
アラン副団長が、これまでにないほど爽やかな笑顔で、大きな横断幕を広げた。
そこには、ミールが昨夜徹夜で書き上げた文字が躍っている。
『祝・王都討伐隊御一行様! 歓迎・オズワルド殿下! 本日、ロイヤルステーキ定食・半額キャンペーン実施中!』
「…………は?」
数町先でそれを見たオズワルドは、あまりの衝撃に落馬しかけた。
「……かん、げい? 半額……?」
「殿下、あちらは我々を歓迎しているようですが」
リリアが呆れたように言う。
「嘘だ! これは罠だ! 私を誘い込み、毒入りの食事を振る舞うつもりだ! あるいは、あの幕の裏には伏兵が……!」
「いえ、伏兵どころか、店主自ら出てきましたわよ」
リリアの指す先。
私はエプロン姿で、手にはフライパンではなく「大きな呼び鈴」を持って、大きく手を振った。
「殿下ーー!! お待ちしておりましたーー!! 今ならお席、空いてますよーー!!」
私の声が森に響き渡る。
眼鏡越しに見るオズワルドの顔は、かつて王宮で見た時よりも数段、顔色が悪かった。
(あら、随分とお疲れのようね。これは栄養のあるものを食べさせないと、客単価が上がらないわ)
私は、彼を「敵」としてではなく、「重度の栄養失調気味の優良顧客」として認識した。
「全軍、突撃ィィッ!!」
オズワルドが、恐怖を紛らわすように叫んだ。
「一気に砦を陥落させるのだ! 毒を盛られる前に、こちらから制圧する!」
「「「おおおおおーーーッ!!!」」」
近衛騎士たちが、やけくそ気味に叫びながら突進してくる。
それは、歴史に残る「辺境の戦い」の始まり……のはずだった。
しかし。
店の前まで到達した騎士たちが目にしたのは。
「いらっしゃいませー! お客様、何名様ですか? ……えっ、五十名!? 貸し切りですね! アランさん、テラス席の増設を!」
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テキパキと動く従業員たちの、あまりにも「プロフェッショナルな接客」に、騎士たちは毒気を抜かれた。
「……あ、あの。我々は討伐に……」
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私は爽やかに言い放ち、立ち尽くすオズワルド王子の前まで歩み寄った。
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至近距離。
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オズワルドは、その瞳を見て、ヒッという短い悲鳴を上げた。
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「え? いえ、今日はよく見えるので、殿下の目の下のクマを数えていたんですが。……五本ありますね。お疲れのようです」
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オズワルドは白目を剥き、馬の上でグラグラと揺れた。
「殿下! しっかりしてください!」
リリアが彼を支えながら、私に視線を向けた。
その目は、驚きと、それ以上に「羨望」の色が混じっていた。
「……ミール様。貴女、本当に辺境で……定食屋を?」
「ええ、リリアさん。手紙、ありがとうございました。おかげでこの眼鏡が買えたんですよ」
私は眼鏡をキラリと光らせた。
「さあ、リリアさんも。今日は特注の『美肌スープ』を用意しています。……殿下の介護で、お肌、荒れてるでしょう?」
「…………!!」
リリアの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ミール様……!! わ、私、座ります! 一番高い席に座らせていただきます!」
「まいどあり!」
こうして、討伐軍は戦う前から「陥落」した。
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