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「……はっ! ここか! ここが魔女の深淵、呪いの煮土が煮えたぎる処刑場か!」
オズワルド王子は、震える手で剣を握りしめ、店の厨房スペースへと踏み込んだ。
そこは、増設された丸太のカウンターの奥。
もうもうと立ち込める白い湯気と、鼻を刺すような強烈な刺激臭に満ちていた。
「覚悟しろミール! 貴様の呪いも、これまで……あ、あ、あああぁぁぁ……!!」
王子の叫びが、悲鳴に変わる。
視界の先にいたのは、真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、大粒の涙を流しながら「包丁」を振るう女の姿だった。
「…………」
私は無言だった。
新しい眼鏡をかけているが、そんなものは今の状況では何の役にも立たない。
私は今、五十人分の「ロイヤル特別カレー」を作るために、山のような玉ねぎと対峙していたのだ。
「……っ……ふぅ……。玉ねぎ、強敵ね……」
私は涙を拭うことすら忘れ、高速で包丁を動かしていた。
トントントントントントン!!
凄まじい速度で刻まれる玉ねぎ。
その刺激成分が容赦なく私の眼球を襲い、視界は涙でグチャグチャである。
「き、貴様……泣いているのか……? この私を見て、ついに罪の意識に目覚めたというのか!」
オズワルドが、腰が引けた状態で叫ぶ。
私は涙をこらえながら、声のする方――つまり、入り口付近の「金色のモヤ」を睨みつけた。
「……殿下……」
「ひっ!?」
「……邪魔です。そこに立たれると、風通しが悪くて、成分が目に滞留します」
「せ、成分!? 毒か! やはり毒を練っているのか!」
「玉ねぎです。……あと、そこのお皿、取ってください。刻んだのを移します」
私は、包丁を握ったままオズワルドを指差した。
真っ赤な目で、涙をボロボロと流しながら、鋭い包丁を向けてくる女。
オズワルドにとっては、これ以上の恐怖体験はなかっただろう。
「いやだぁぁぁ! 斬られる! 泣きながら斬られるぞ!」
「斬りません。早くしてください、忙しいんですから」
「殿下、みっともないですよ」
背後から、冷ややかな声がした。
皿の山を抱えたジークが、オズワルドの横をすり抜けて厨房に入ってくる。
「ジ、ジークフリート!? 貴様、本当に生きていたのか!」
「見ての通りだ。今はここの『皿洗い担当兼、姉御の護衛』だ。……殿下、お客様なら席についてください。ここは戦場(ちゅうぼう)だ、素人は下がれ」
ジークの圧倒的な威圧感に、オズワルドはパクパクと口を動かす。
「ら、洗脳されている……! あの不屈の騎士団長が、エプロンをつけて皿を運んでいるだと……! どんな闇の魔術を使ったんだ、ミール!」
「マヨネーズです」
私は即答した。
「ま、まよねーず……? それが禁断の呪文の名前か!」
「調味料ですよ。ジークさんは、私の作った特製マヨネーズを添えた唐揚げに胃袋を掴まれたんです。……殿下も一口食べれば、その騒がしい口が止まると思いますけど?」
私は玉ねぎをボウルに移すと、ようやく目をこすって涙を止めた。
眼鏡をかけ直し、目の前の元婚約者をまじまじと見る。
「……痩せましたね、殿下。お肌もボロボロ。せっかくの顔立ちが台無しです」
「うるさい! 誰のせいだと思っているんだ!」
「私のせいじゃないでしょう。……ところで、お食事はどうされます? カレーならあと十分でできます。ロイヤル価格で金貨三枚ですが」
「金を取るのか! 私を討伐(たべ)に来たんじゃないのか!」
「誰が殿下なんて食べますか。脂身も少なそうで、筋っぽそうですし」
私は鼻で笑い、大きな鍋の蓋を開けた。
中からは、数十種類のスパイスと、ボア肉の旨味が凝縮された黄金色の香りが溢れ出す。
「…………ッ!?」
オズワルドの鼻腔が、その暴力的なまでに美味そうな匂いに制圧された。
彼の胃袋が、グゥゥゥゥと情けない音を立てて鳴り響く。
「空腹は最高のスパイスと言いますからね。……ジークさん、殿下を特等席へ。リリアさんの隣でいいです」
「了解だ、姉御」
ジークは、オズワルドの首根っこをひょいと掴み上げた。
「放せ! 放せジークフリート! 私は王子だぞ! 討伐軍の総大将だぞ!」
「はいはい、将軍様。まずはその腹の虫を討伐しような」
ジークは抵抗する王子を引きずり、テラス席へと連行していった。
厨房に残された私は、再び包丁を握り直す。
「よし。……次はニンニクの芽ね」
私は眼鏡をキラリと光らせた。
敵が軍隊だろうが、元婚約者だろうが、私のやるべきことは変わらない。
(完璧に調理して、完璧に胃袋を掴んで、完璧に代金を回収する……!)
それが、悪役令嬢ミールの「辺境サバイバル・ビジネス」の極意なのだ。
「さて、ロイヤル・カレー、仕上げにかかるわよ!」
私はフライパンを高く掲げ、気合を入れ直した。
その背中は、どんな勇者よりも頼もしく、そして……どんな魔王よりも恐ろしく見えたという。
オズワルド王子は、震える手で剣を握りしめ、店の厨房スペースへと踏み込んだ。
そこは、増設された丸太のカウンターの奥。
もうもうと立ち込める白い湯気と、鼻を刺すような強烈な刺激臭に満ちていた。
「覚悟しろミール! 貴様の呪いも、これまで……あ、あ、あああぁぁぁ……!!」
王子の叫びが、悲鳴に変わる。
視界の先にいたのは、真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、大粒の涙を流しながら「包丁」を振るう女の姿だった。
「…………」
私は無言だった。
新しい眼鏡をかけているが、そんなものは今の状況では何の役にも立たない。
私は今、五十人分の「ロイヤル特別カレー」を作るために、山のような玉ねぎと対峙していたのだ。
「……っ……ふぅ……。玉ねぎ、強敵ね……」
私は涙を拭うことすら忘れ、高速で包丁を動かしていた。
トントントントントントン!!
凄まじい速度で刻まれる玉ねぎ。
その刺激成分が容赦なく私の眼球を襲い、視界は涙でグチャグチャである。
「き、貴様……泣いているのか……? この私を見て、ついに罪の意識に目覚めたというのか!」
オズワルドが、腰が引けた状態で叫ぶ。
私は涙をこらえながら、声のする方――つまり、入り口付近の「金色のモヤ」を睨みつけた。
「……殿下……」
「ひっ!?」
「……邪魔です。そこに立たれると、風通しが悪くて、成分が目に滞留します」
「せ、成分!? 毒か! やはり毒を練っているのか!」
「玉ねぎです。……あと、そこのお皿、取ってください。刻んだのを移します」
私は、包丁を握ったままオズワルドを指差した。
真っ赤な目で、涙をボロボロと流しながら、鋭い包丁を向けてくる女。
オズワルドにとっては、これ以上の恐怖体験はなかっただろう。
「いやだぁぁぁ! 斬られる! 泣きながら斬られるぞ!」
「斬りません。早くしてください、忙しいんですから」
「殿下、みっともないですよ」
背後から、冷ややかな声がした。
皿の山を抱えたジークが、オズワルドの横をすり抜けて厨房に入ってくる。
「ジ、ジークフリート!? 貴様、本当に生きていたのか!」
「見ての通りだ。今はここの『皿洗い担当兼、姉御の護衛』だ。……殿下、お客様なら席についてください。ここは戦場(ちゅうぼう)だ、素人は下がれ」
ジークの圧倒的な威圧感に、オズワルドはパクパクと口を動かす。
「ら、洗脳されている……! あの不屈の騎士団長が、エプロンをつけて皿を運んでいるだと……! どんな闇の魔術を使ったんだ、ミール!」
「マヨネーズです」
私は即答した。
「ま、まよねーず……? それが禁断の呪文の名前か!」
「調味料ですよ。ジークさんは、私の作った特製マヨネーズを添えた唐揚げに胃袋を掴まれたんです。……殿下も一口食べれば、その騒がしい口が止まると思いますけど?」
私は玉ねぎをボウルに移すと、ようやく目をこすって涙を止めた。
眼鏡をかけ直し、目の前の元婚約者をまじまじと見る。
「……痩せましたね、殿下。お肌もボロボロ。せっかくの顔立ちが台無しです」
「うるさい! 誰のせいだと思っているんだ!」
「私のせいじゃないでしょう。……ところで、お食事はどうされます? カレーならあと十分でできます。ロイヤル価格で金貨三枚ですが」
「金を取るのか! 私を討伐(たべ)に来たんじゃないのか!」
「誰が殿下なんて食べますか。脂身も少なそうで、筋っぽそうですし」
私は鼻で笑い、大きな鍋の蓋を開けた。
中からは、数十種類のスパイスと、ボア肉の旨味が凝縮された黄金色の香りが溢れ出す。
「…………ッ!?」
オズワルドの鼻腔が、その暴力的なまでに美味そうな匂いに制圧された。
彼の胃袋が、グゥゥゥゥと情けない音を立てて鳴り響く。
「空腹は最高のスパイスと言いますからね。……ジークさん、殿下を特等席へ。リリアさんの隣でいいです」
「了解だ、姉御」
ジークは、オズワルドの首根っこをひょいと掴み上げた。
「放せ! 放せジークフリート! 私は王子だぞ! 討伐軍の総大将だぞ!」
「はいはい、将軍様。まずはその腹の虫を討伐しような」
ジークは抵抗する王子を引きずり、テラス席へと連行していった。
厨房に残された私は、再び包丁を握り直す。
「よし。……次はニンニクの芽ね」
私は眼鏡をキラリと光らせた。
敵が軍隊だろうが、元婚約者だろうが、私のやるべきことは変わらない。
(完璧に調理して、完璧に胃袋を掴んで、完璧に代金を回収する……!)
それが、悪役令嬢ミールの「辺境サバイバル・ビジネス」の極意なのだ。
「さて、ロイヤル・カレー、仕上げにかかるわよ!」
私はフライパンを高く掲げ、気合を入れ直した。
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