華麗なる婚約破棄!悪役令嬢と呼ばれた心境は…?

パリパリかぷちーの

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テラス席に増設された特等席(磨き上げられた切り株)。


そこでは、男爵令嬢リリアが、震える手でスプーンを握りしめていた。


「お、お待たせしました。本日のメインディッシュ『ロイヤル・ボア・カレー ~辺境の怒りを添えて~』です」


私は、黄金色に輝くソースがたっぷりと注がれた皿を、リリアの前に置いた。


湯気と共に立ち上るのは、何十種類ものスパイスが複雑に絡み合い、さらに隠し味のハチミツが甘く誘惑する、暴力的なまでに食欲をそそる香り。


リリアの喉が、ゴクリと大きく鳴った。


「ミール様……これ、本当に私が食べてよろしいのですか? 毒とか、洗脳薬とか、そういうものは……」


「失礼ですね。入っているのは愛と、カロリーと、少量のニンニクだけですよ。……さあ、冷めないうちにどうぞ。あ、殿下はまだです」


「なぜだ! 私の分は後回しか!」


隣で、同じく切り株に座らされたオズワルド王子が吠えた。


「当たり前でしょう。リリアさんはお得意様候補ですが、殿下は『招かれざる不審者』枠ですから。最後に残った分で十分です」


「ぐっ……! この私が、余り物だと……!」


「殿下、静かにしてください。……いただきます」


リリアは、もはや王子の怒鳴り声など耳に入っていないようだった。


彼女は震える手でスプーンを口に運んだ。


パクッ。


一瞬の静寂。


リリアの動きが止まり、その大きな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「リリア!? やはり毒か! ミール、貴様ァ!」


「………………しあわせ」


「は?」


リリアが、うっとりとした表情で呟いた。


「なにこれ……美味しい。美味しすぎるわ……! お肉が口の中でとろけるのに、噛むたびに旨味が溢れてくる……! スパイスの刺激が、王宮生活で冷え切った私の心を、芯から温めてくれるようですわ……!」


リリアはそこから、猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。


「あむっ、もぐっ、ふぉっ! ……はぁ、美味しい! このジャガイモのホクホク感もたまりませんわ! ミール様、おかわり! おかわりをください!」


「はいはい、お安い御用ですよ」


私は眼鏡をクイッと上げ、満足げに微笑んだ。


「リリア! 貴様、正気か!? そんな下品な食べ方をして……そんなの、ただの煮込み料理ではないか!」


「殿下……うるさいですわ」


リリアが、カレーを頬張ったまま、冷徹な視線を王子に向けた。


「えっ?」


「殿下といると、いつも『あれはダメ』『これはマナー違反』と、説教ばかり。食事の時間も楽しくありませんでしたわ。……でも、ここは違います」


リリアは、空になった皿を見つめ、決然と言い放った。


「私は、決めました」


「な、何をだ……?」


「ミール様! 私、こちらに移住しますわ!」


「「………………は?」」


私と王子の声が、完璧に重なった。


リリアは立ち上がり、私の手を取った。


「この不健康なまでの美味しさ! そして、この開放的な空気! 毎日殿下の絶叫を聞かされる生活なんて、もうたくさんですわ! 私、今日からここでウェイトレスとして働かせていただきます!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいリリアさん。うちは人手は足りてますし……」


「いえ、足りていませんわ! あんな厳つい騎士様たち(アランたち)に接客をさせるなんて、マーケティング的に間違っています! ここに『可憐な看板娘』がいれば、売り上げは倍増しますわよ!」


リリアの瞳が、これまでにないほどギラギラと輝いていた。


「洗脳だ……! リリアまで洗脳されてしまった……!」


オズワルドが頭を抱えて崩れ落ちる。


「洗脳じゃありませんわ、殿下。これは『正気』に戻っただけです。……さあミール様、私に制服(エプロン)を! あと、おかわりを!」


「……ジークさん、どうしましょう?」


私が助けを求めると、ジークは腕組みをして、楽しそうに笑った。


「いいんじゃないか? 看板娘がいる店は繁盛するっていうしな。……それに、あの王子を一人にするには丁度いい」


ジークは、未だに切り株で震えているオズワルドを見下ろした。


「殿下。……どうやら、貴方の味方は誰もいなくなったようですな」


「くっ……ジークフリート! お前まで私を愚弄するか!」


「愚弄など。……俺たちはただ、美味しい飯を食って、笑って暮らしたいだけだ。……それが分からない貴方は、少し可哀想な人だ」


ジークの言葉が、オズワルドの胸に突き刺さる。


周りを見渡せば、討伐軍の騎士たちも、すでに戦意を喪失して、焚き火を囲んでカレーを貪り食っていた。


「おかわりー!」


「この肉、ヤベェな! 王都のレストランより全然うめぇ!」


「姉御、一生ついていきます!」


そこにあるのは、敵対心ではなく、食欲による平和な連帯だった。


オズワルドは、孤独だった。


黄金の鎧を身にまとい、白馬に乗ってやってきた自分だけが、この輪の中から外れている。


「…………ぐぅぅぅ」


その時、王子の腹が、これまでで一番大きな音を立てて鳴った。


私は溜息をつき、鍋の底に残った最後のカレーを、皿に盛り付けた。


「……はい、殿下。特別ですよ。……お代は金貨五枚に値上げしておきますけど」


私は、その皿を王子の前に置いた。


オズワルドは、プライドと食欲の間で激しく葛藤していたが、やがて――。


震える手で、スプーンを握った。


「……こ、これは、あくまで偵察だ……。敵の毒の味を、この私が……」


そう言い訳をしながら、彼は一口、カレーを口に含んだ。


そして。


王子の目からも、一筋の涙が静かに伝い落ちたのだった。


「……うまい。……ちくしょう、うまいじゃないか……ッ!!」


「まいどあり。……あ、お水はセルフサービスですよ、殿下」


私は眼鏡を拭き直し、清々しい気分で厨房へと戻った。


こうして、前代未聞の「討伐軍」は、カレー一皿によって完全に無力化されたのである。


しかし、騒動はこれで終わらない。


翌朝、オズワルド王子が驚くべき「提案」をしてくることを、今の私はまだ知らなかった。
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