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嵐のような討伐隊が去り、辺境には再び穏やかな時間が流れていた。
「……ふぅ。やっぱり、うちはこれくらいの賑やかさが丁度いいわね」
私は、新調した眼鏡を指先でクイッと押し上げ、店内の様子を眺めた。
客席には数人の常連の冒険者が、幸せそうにオーク肉の煮込みを頬張っている。
王都の軍勢がいなくなったおかげで、ようやく「定食屋」らしい空気感が戻ってきたのだ。
「姉御、お冷やの追加だ。あそこのテーブル、三杯な」
ジークが、慣れた手つきでグラスを並べて持ってきた。
彼はエプロン姿も板につき、今やこの店の立派な「看板ウェイター」……いや、副店長のような風格だ。
「ありがとうございます、ジークさん。……あ、おたまを置いたら、あっちの伝票の整理も手伝ってください。数字が少し合わなくて」
「へいへい。店主殿の命令とあらば」
ジークは苦笑いしながら、私の隣に立った。
眼鏡のおかげで、彼の表情が嫌というほどよく見える。
(……本当に、綺麗な顔をしているわよね)
ふとした瞬間に視界に入る彼の横顔に、私は無意識にドキリとしてしまう。
「……なんだ? 俺の顔に、またソースでも付いてるか?」
ジークが不思議そうにこちらを覗き込んできた。
至近距離。眼鏡越しの、あまりにも鮮明な瞳。
「い、いえ! なんでもありません! ちょっと、カブの切り方が甘いかなと思っただけです!」
「カブ? 今、カブの話なんかしてないだろ」
「いいんです! 私は経営者ですから、常に多角的な視点を持っているんです!」
私は慌てて帳簿に目を落とした。
心臓の鼓動が、いつもより少しだけ速い。
そんな私たちの様子を、カウンターの端で賄いを食べていたアランたちが、ニヤニヤしながら眺めていた。
「おい、見ろよ。あの二人、相変わらず進展しねぇな」
「団長がヘタレすぎるんだよ。姉御にあれだけ頼りにされてるのに、一歩踏み出せないなんて」
「姉御の方も、数字のことになるとすぐ鈍感になるからな……。よし、ここは俺たちが一肌脱ぐか」
騎士たちのひそひそ話が聞こえてくるが、私には「今日のカブは少し硬いな」という相談にしか聞こえなかった。
「姉御! ジークさん!」
アランが、わざとらしく大きな声を上げた。
「なんだアラン、おかわりか?」
「いえいえ。たまには姉御も、店を離れてリフレッシュした方がいいんじゃないかって話になりまして」
「リフレッシュ?」
私が首を傾げると、アランはニカッと笑った。
「明日は隣町で大きな市が立つんですよ。珍しいスパイスや、新しい調理器具も出るって噂です。……ジークさんを護衛につけて、二人で視察に行ってきたらどうです?」
「視察……! それは聞き捨てならないわね」
私の商売魂が火を噴いた。
「新しいスパイスがあれば、新メニューの開発ができるわ。それに、調理器具も予備が欲しかったところよ」
「だろう? 団長、しっかり姉御をエスコートしろよ?」
「……余計な世話だ。だが、ミールが行くなら俺も行く」
ジークは少し照れくさそうに、視線を逸らしながら言った。
「よし、決まりね! 明日は午前中だけ店を閉めて、視察に行きましょう!」
私は拳を握りしめた。
(市場、楽しみだわ! 安くて良いものをたくさん仕入れてこなくちゃ!)
隣でジークが、期待と緊張が入り混じったような、複雑な表情で私を見ていることなど、私はこれっぽっちも気づいていなかった。
「……お前、本当に仕事のことしか考えてないんだな」
「当たり前じゃないですか。商売繁盛は自由への近道ですよ?」
私は自信満々に答えた。
その背後で、騎士たちが「ダメだこりゃ」「前途多難だな」と頭を抱えていることにも、もちろん気づいていなかった。
平和な辺境の日常。
私の眼鏡には、明日への期待(と利益)が、キラキラと輝いて映っていた。
「……ふぅ。やっぱり、うちはこれくらいの賑やかさが丁度いいわね」
私は、新調した眼鏡を指先でクイッと押し上げ、店内の様子を眺めた。
客席には数人の常連の冒険者が、幸せそうにオーク肉の煮込みを頬張っている。
王都の軍勢がいなくなったおかげで、ようやく「定食屋」らしい空気感が戻ってきたのだ。
「姉御、お冷やの追加だ。あそこのテーブル、三杯な」
ジークが、慣れた手つきでグラスを並べて持ってきた。
彼はエプロン姿も板につき、今やこの店の立派な「看板ウェイター」……いや、副店長のような風格だ。
「ありがとうございます、ジークさん。……あ、おたまを置いたら、あっちの伝票の整理も手伝ってください。数字が少し合わなくて」
「へいへい。店主殿の命令とあらば」
ジークは苦笑いしながら、私の隣に立った。
眼鏡のおかげで、彼の表情が嫌というほどよく見える。
(……本当に、綺麗な顔をしているわよね)
ふとした瞬間に視界に入る彼の横顔に、私は無意識にドキリとしてしまう。
「……なんだ? 俺の顔に、またソースでも付いてるか?」
ジークが不思議そうにこちらを覗き込んできた。
至近距離。眼鏡越しの、あまりにも鮮明な瞳。
「い、いえ! なんでもありません! ちょっと、カブの切り方が甘いかなと思っただけです!」
「カブ? 今、カブの話なんかしてないだろ」
「いいんです! 私は経営者ですから、常に多角的な視点を持っているんです!」
私は慌てて帳簿に目を落とした。
心臓の鼓動が、いつもより少しだけ速い。
そんな私たちの様子を、カウンターの端で賄いを食べていたアランたちが、ニヤニヤしながら眺めていた。
「おい、見ろよ。あの二人、相変わらず進展しねぇな」
「団長がヘタレすぎるんだよ。姉御にあれだけ頼りにされてるのに、一歩踏み出せないなんて」
「姉御の方も、数字のことになるとすぐ鈍感になるからな……。よし、ここは俺たちが一肌脱ぐか」
騎士たちのひそひそ話が聞こえてくるが、私には「今日のカブは少し硬いな」という相談にしか聞こえなかった。
「姉御! ジークさん!」
アランが、わざとらしく大きな声を上げた。
「なんだアラン、おかわりか?」
「いえいえ。たまには姉御も、店を離れてリフレッシュした方がいいんじゃないかって話になりまして」
「リフレッシュ?」
私が首を傾げると、アランはニカッと笑った。
「明日は隣町で大きな市が立つんですよ。珍しいスパイスや、新しい調理器具も出るって噂です。……ジークさんを護衛につけて、二人で視察に行ってきたらどうです?」
「視察……! それは聞き捨てならないわね」
私の商売魂が火を噴いた。
「新しいスパイスがあれば、新メニューの開発ができるわ。それに、調理器具も予備が欲しかったところよ」
「だろう? 団長、しっかり姉御をエスコートしろよ?」
「……余計な世話だ。だが、ミールが行くなら俺も行く」
ジークは少し照れくさそうに、視線を逸らしながら言った。
「よし、決まりね! 明日は午前中だけ店を閉めて、視察に行きましょう!」
私は拳を握りしめた。
(市場、楽しみだわ! 安くて良いものをたくさん仕入れてこなくちゃ!)
隣でジークが、期待と緊張が入り混じったような、複雑な表情で私を見ていることなど、私はこれっぽっちも気づいていなかった。
「……お前、本当に仕事のことしか考えてないんだな」
「当たり前じゃないですか。商売繁盛は自由への近道ですよ?」
私は自信満々に答えた。
その背後で、騎士たちが「ダメだこりゃ」「前途多難だな」と頭を抱えていることにも、もちろん気づいていなかった。
平和な辺境の日常。
私の眼鏡には、明日への期待(と利益)が、キラキラと輝いて映っていた。
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