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隣町の市場は、活気に満ち溢れていた。
色とりどりの野菜、見たこともない異国の布地、そして食欲をそそる香ばしい匂い。
私は新しい眼鏡のピントを合わせ、獲物を狙う鷹のような鋭さで屋台を物色していた。
「ジークさん、見てください! あそこの胡椒、王都の相場より二割も安いですわ! しかも粒が揃っていて最高級品です!」
「……ああ、そうだな。いい買い物ができてよかったじゃないか」
ジークは、大量の荷物を背負わされながら、どこか上の空で答えた。
今日の彼は、いつもの豪快さが影を潜め、なんだか挙動が不審だ。
「どうしたんですか? お腹でも壊しました? それとも、あっちの武器屋の新作が気になります?」
「いや、そうじゃない。……ただ、その、市場を二人で歩くなんて、なんだか……その」
「ああ、市場調査(デート)ですね! わかります、ライバル店の動向をチェックするのは興奮しますものね!」
私は拳を握りしめ、鼻息を荒くした。
「………………デートの意味、分かって言ってるか?」
ジークが深い溜息をついたが、私の耳には届かない。
私の視線は、一軒の屋台に釘付けになっていた。
黄金色に輝く衣、立ち上るニンニクと生姜の芳醇な香り。
「……唐揚げ。……これは、私の『スタミナ唐揚げ』といい勝負をしそうな予感がしますわ」
「おいおい、偵察か?」
「ええ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、です。ジークさん、一袋買ってください。毒見(味見)をしましょう」
私たちは揚げたての唐揚げが入った紙袋を手に、人混みを避けて近くの公園のベンチに座った。
サクッ、ジュワッ。
「……ふむ。悪くないわ。衣に片栗粉を多めに使って、クリスピーな食感を出していますね。でも、肉のジューシーさでは私の勝ちですわね」
私は真剣に分析しながら、二個、三個と口に放り込んだ。
一方のジークは、一つ手に取ったまま、じっと私を見つめている。
「……ミール」
「なんです? 衣の分析ならもう終わりましたわよ」
「そうじゃない。……俺は、ずっと考えていたんだ」
ジークのトーンが、急に真剣なものに変わった。
彼は手元の唐揚げを一気に口に放り込み、モグモグと咀嚼しながら、意を決したように私の手を取った。
(あら、手が温かい……って、唐揚げの油が付きますわよ!)
注意しようとした私の言葉より先に、ジークが声を絞り出した。
「むぐ……っ、んぐっ……! みーゆ! おれは、おはえと一緒に……!」
「はい?」
ジークは口の中に巨大な唐揚げを二個も詰め込んだ状態で、必死に愛の告白(らしきもの)を続けていた。
「おはえと、じゅっと、いっほに……みせを、やりたいんだ……っ!」
「……ジークさん。何を言っているのか、一文字も分かりませんわ」
私は首を傾げた。
ジークは顔を真っ赤にして、さらに言葉を続けようとしたが、運悪く唐揚げの破片が喉の変なところに入ったらしい。
「んぐぐっ!? っ、げほっ、ごほぉッ!!」
「ちょ、ちょっと! ジークさん!?」
ジークが涙目になりながら、喉を押さえて激しくむせ込み始めた。
「大変ですわ! 窒息!? それとも、ライバル店の刺客による遅効性の毒!?」
「……っ、んぐ……っ!!」
「大丈夫です、今助けますわ!! 背中を叩けばいいのね!」
私は立ち上がり、公爵家秘伝の(?)護身術で鍛え上げられた右拳を振り上げた。
「いいですか、ジークさん! 腹圧を高めて、一気に吐き出すんですのよ! えいっ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
公園に、およそ人間を介抱する音とは思えない、破壊的な衝撃音が響き渡った。
「……ぶふぉぁぁっ!!」
ジークの口から、弾丸のような速度で唐揚げの欠片が飛び出し、前方の噴水に着弾して水柱を上げた。
「……はぁっ、はぁっ……! し、死ぬかと思った……」
ジークはベンチから崩れ落ち、四つん這いになって荒い息を吐いている。
「よかった、出ましたわね! 私の打撃が正確だったおかげですわ!」
私は満足げに眼鏡をクイッと押し上げた。
「……ミール。お前、手加減って言葉を知ってるか……? 背骨が三本くらい折れたかと思ったぞ……」
「失礼ね、愛の鞭ですよ。……それで、さっきは何を言おうとしていたんです?」
私は屈み込み、ジークの顔を覗き込んだ。
至近距離。眼鏡越しに見るジークの瞳は、涙目になりながらも、どこか諦めたような、それでいて深い慈しみに満ちていた。
「……いや。もういい。……今の衝撃で、全部吹っ飛んだ」
「えー、気になりますわ。市場の勢力図の変更についてですか?」
「……お前、本当にそういうところだぞ」
ジークは苦笑いしながら立ち上がり、私の頭を乱暴に撫でた。
「いいか、ミール。……俺はもう、お前のいない生活なんて考えられない。……唐揚げを喉に詰まらせても、お前に背中を叩かれて死ぬなら、それも本望だ」
「縁起でもないこと言わないでください。……でも、私もジークさんがいないと困りますわ。皿洗いのスピード、貴方に勝てる人は他にいませんもの」
「……皿洗いか。まあ、お前らしいな」
ジークは私の手を引き、再び歩き出した。
「帰るぞ、ミール。夕飯の仕込みが待ってる」
「ええ! 明日は新メニュー『窒息しない唐揚げ』を開発しましょう!」
「……ネーミングセンスをどうにかしろ」
夕暮れの市場。
私たちは、空になった唐揚げの袋を手に、仲良く(?)帰路についた。
プロポーズ(未遂)の味は、少しだけニンニクの香りがした。
色とりどりの野菜、見たこともない異国の布地、そして食欲をそそる香ばしい匂い。
私は新しい眼鏡のピントを合わせ、獲物を狙う鷹のような鋭さで屋台を物色していた。
「ジークさん、見てください! あそこの胡椒、王都の相場より二割も安いですわ! しかも粒が揃っていて最高級品です!」
「……ああ、そうだな。いい買い物ができてよかったじゃないか」
ジークは、大量の荷物を背負わされながら、どこか上の空で答えた。
今日の彼は、いつもの豪快さが影を潜め、なんだか挙動が不審だ。
「どうしたんですか? お腹でも壊しました? それとも、あっちの武器屋の新作が気になります?」
「いや、そうじゃない。……ただ、その、市場を二人で歩くなんて、なんだか……その」
「ああ、市場調査(デート)ですね! わかります、ライバル店の動向をチェックするのは興奮しますものね!」
私は拳を握りしめ、鼻息を荒くした。
「………………デートの意味、分かって言ってるか?」
ジークが深い溜息をついたが、私の耳には届かない。
私の視線は、一軒の屋台に釘付けになっていた。
黄金色に輝く衣、立ち上るニンニクと生姜の芳醇な香り。
「……唐揚げ。……これは、私の『スタミナ唐揚げ』といい勝負をしそうな予感がしますわ」
「おいおい、偵察か?」
「ええ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、です。ジークさん、一袋買ってください。毒見(味見)をしましょう」
私たちは揚げたての唐揚げが入った紙袋を手に、人混みを避けて近くの公園のベンチに座った。
サクッ、ジュワッ。
「……ふむ。悪くないわ。衣に片栗粉を多めに使って、クリスピーな食感を出していますね。でも、肉のジューシーさでは私の勝ちですわね」
私は真剣に分析しながら、二個、三個と口に放り込んだ。
一方のジークは、一つ手に取ったまま、じっと私を見つめている。
「……ミール」
「なんです? 衣の分析ならもう終わりましたわよ」
「そうじゃない。……俺は、ずっと考えていたんだ」
ジークのトーンが、急に真剣なものに変わった。
彼は手元の唐揚げを一気に口に放り込み、モグモグと咀嚼しながら、意を決したように私の手を取った。
(あら、手が温かい……って、唐揚げの油が付きますわよ!)
注意しようとした私の言葉より先に、ジークが声を絞り出した。
「むぐ……っ、んぐっ……! みーゆ! おれは、おはえと一緒に……!」
「はい?」
ジークは口の中に巨大な唐揚げを二個も詰め込んだ状態で、必死に愛の告白(らしきもの)を続けていた。
「おはえと、じゅっと、いっほに……みせを、やりたいんだ……っ!」
「……ジークさん。何を言っているのか、一文字も分かりませんわ」
私は首を傾げた。
ジークは顔を真っ赤にして、さらに言葉を続けようとしたが、運悪く唐揚げの破片が喉の変なところに入ったらしい。
「んぐぐっ!? っ、げほっ、ごほぉッ!!」
「ちょ、ちょっと! ジークさん!?」
ジークが涙目になりながら、喉を押さえて激しくむせ込み始めた。
「大変ですわ! 窒息!? それとも、ライバル店の刺客による遅効性の毒!?」
「……っ、んぐ……っ!!」
「大丈夫です、今助けますわ!! 背中を叩けばいいのね!」
私は立ち上がり、公爵家秘伝の(?)護身術で鍛え上げられた右拳を振り上げた。
「いいですか、ジークさん! 腹圧を高めて、一気に吐き出すんですのよ! えいっ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
公園に、およそ人間を介抱する音とは思えない、破壊的な衝撃音が響き渡った。
「……ぶふぉぁぁっ!!」
ジークの口から、弾丸のような速度で唐揚げの欠片が飛び出し、前方の噴水に着弾して水柱を上げた。
「……はぁっ、はぁっ……! し、死ぬかと思った……」
ジークはベンチから崩れ落ち、四つん這いになって荒い息を吐いている。
「よかった、出ましたわね! 私の打撃が正確だったおかげですわ!」
私は満足げに眼鏡をクイッと押し上げた。
「……ミール。お前、手加減って言葉を知ってるか……? 背骨が三本くらい折れたかと思ったぞ……」
「失礼ね、愛の鞭ですよ。……それで、さっきは何を言おうとしていたんです?」
私は屈み込み、ジークの顔を覗き込んだ。
至近距離。眼鏡越しに見るジークの瞳は、涙目になりながらも、どこか諦めたような、それでいて深い慈しみに満ちていた。
「……いや。もういい。……今の衝撃で、全部吹っ飛んだ」
「えー、気になりますわ。市場の勢力図の変更についてですか?」
「……お前、本当にそういうところだぞ」
ジークは苦笑いしながら立ち上がり、私の頭を乱暴に撫でた。
「いいか、ミール。……俺はもう、お前のいない生活なんて考えられない。……唐揚げを喉に詰まらせても、お前に背中を叩かれて死ぬなら、それも本望だ」
「縁起でもないこと言わないでください。……でも、私もジークさんがいないと困りますわ。皿洗いのスピード、貴方に勝てる人は他にいませんもの」
「……皿洗いか。まあ、お前らしいな」
ジークは私の手を引き、再び歩き出した。
「帰るぞ、ミール。夕飯の仕込みが待ってる」
「ええ! 明日は新メニュー『窒息しない唐揚げ』を開発しましょう!」
「……ネーミングセンスをどうにかしろ」
夕暮れの市場。
私たちは、空になった唐揚げの袋を手に、仲良く(?)帰路についた。
プロポーズ(未遂)の味は、少しだけニンニクの香りがした。
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