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しおりを挟む「敬人、結婚しよう!」
「え!」
僕は意味が分からずポカーンと口を開けたまま固まってしまった。
動けずに晴臣を見つめて立ち尽くしていると、晴臣が僕の前まで歩いてきた。
「敬人、会見が終わったら迎えに行こうと思ってたんだけど、来てくれるなんて思ってなかった」
「あ、うん」
「こんな記者みたいな格好してどうしたの? それにこんなマスクと眼鏡なんてして。可愛い顔は俺だけにしか見せないようにしてくれてるの?」
「いや、そんなことは……」
「結婚しよ? 嫌?」
「結婚できるならしたい」
「うん。できるよ。
みなさん、私岩倉晴臣は、HIGUCHIコーポレーション次期取締役の樋口敬人さんと、たった今婚約しました。みなさんが証人です」
ちょっと状況が飲み込めない僕のことを置いて、記者たちに囲まれても平気な様子で晴臣は質問に答えている。
僕はこんな変な格好で写真に撮られるとか嫌だなって思ってたんだけど、そこは晴臣が庇ってくれた。
「後日、正式な発表の場を設けますので、私の愛しい人の写真は控えてください」
抱きしめるように顔を隠してくれて、そのまま退場した。
えっと、僕はいまだに混乱してるんだけど……
控え室に行くと、晴臣の両親も僕の両親も揃ってた。
「晴臣どういうことだ?」
「敬人なぜここにいる? 説明してもらおうか」
晴臣の父親と僕の父さんがとても冷静ではない様子なのに、冷静なフリをしてそんなことを聞いてきた。晴臣の両親も、僕の両親も、久しぶりに見た。何年振りだろう?当たり前だけど老けたな。僕だけ浦島太郎みたいで、みんなは普通にしてるから、なんだか変な感じだった。
「私たちは昔から相思相愛だったんですよ。ここにいるみなさんが必死に引き剥がしてもそんなのは関係ない。もう世間には知れ渡ったし、私自身も敬人も、婚約を撤回する気はありません」
今一番落ち着いているのは、きっと晴臣だろうな。
そんな話をしている間も、みんなのスマホはずっと鳴り響いている。
僕のスマホはあの山の上の別荘に置いてきたから無いけど。
「敬人も同じ気持ちなのか?」
「はい」
晴臣の両親と僕の両親を説得するのは、結構大変だった。
晴臣の両親は、もう仕方ないかって感じだったけど、僕の両親は僕がΩだから隠したかったし、みんなの前に出す気もなかったのにあんな風に出てしまったから、憤りを隠せない様子で大変だった。
僕はそんなに恥ずかしい人間ですか? Ωだと言うだけで、何もかも失わなければならないのですか? 両親に反抗したいわけじゃない。ただ……僕にも、僕の人生を歩ませてほしいと思っただけなんだ。
「もう私は疲れた。あとは二人で勝手にやってくれ。会社も敬人に渡す。潰しても別に構わない。私は母さんと田舎でのんびり余生を過ごすことにする」
僕の父さんは拗ねてしまったようだ。僕に会社のことを丸投げして、引退宣言をした。
だから僕はそれならと、取締役就任と同時にΩであることも発表し、晴臣の会社と経営統合する予定であることも発表した。
自分がΩであることから、Ω社員に対しての福利厚生を大幅に改善し、自分も他のΩもαも働きやすい環境を整えた。
「敬人、首筋噛んでいいか?」
「え? うん」
「ああっ……」
「これで安心だ。ヒートがきても俺以外のαがフェロモンに誘われることがなくなった」
僕は都内で晴臣と一緒に暮らし始めて、父さんと母さんは僕が過ごしていたあの別荘に引っ越した。
やっぱり父さんと母さんは、僕と一緒に暮らすのが嫌なんだと思って悲しかったけど、僕たちの子供が生まれると山から下りて、僕たちの家のすぐ近くに引っ越してきた。
「敬人、あの山の別荘に長く閉じ込めてすまなかった」
「え?」
「私たちも敬人の気持ちを体験しようと思ってな。私は間違っていたようだ」
「えっと……」
「こんな可愛い子が生まれて、晴臣くんと会社もうまく回して、敬人の大切な時間を奪ってしまったこと、悔いているよ。本当にすまなかった」
「本当にごめんなさいね。これ、お詫びの品というわけじゃないけど、ずっとあなたが大切に飼っていたから」
そう言って両親は鳥籠に入った青い鳥をくれた。
青い鳥。辛い時に僕の側にいてくれて、そして僕の運命を決めてくれた青い鳥。
「あ~、あ~」
やっとおすわりができるようになった息子が鳥に手を伸ばす。
この子の初めての友達かな?
父さんと母さんが、そんな思いでずっと山の別荘に篭っていたなんて知らなかった。
Ωとして生まれてしまった僕を憎んで嫌っていたわけじゃなかったんだ。
ちゃんと僕は愛されて、心配されていたんだ。親になって初めて気持ちが分かる。僕だって息子がΩだったら、過保護になってしまうかもしれない。
「父さん、母さん、ありがとう。僕は幸せだからいいんだよ」
「これからは、一緒に暮らせなかった分も一緒に過ごしたい。孫も一緒にな」
「うん」
「敬人、またうちの両親とお前の両親来てんのか?」
「来てるねー」
「全くあの四人は孫にべったりだな」
「だねー」
「まあいいか、敬人が幸せなら俺はそれでいい」
「うん。晴臣のそういうところ好き」
「俺も敬人の寛大なところ好きだぞ」
なんて言いながら玄関で抱き合ってキスしていると視線を感じた。
両家の両親と息子がジッとこっちを見ていたんだ。
「あなたたち、よくも飽きずにそんなにベタベタと……」
「まあまあ、二人が幸せならいいんじゃないですか?」
と、こんな会話もいつものことだ。
青い鳥さん、僕たちの息子にもこんな幸せを運んできてください。
(終)
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