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最悪な結婚式

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ガチャン!!

 美しく整えられた豪華な部屋に不似合いな破壊音が響き渡る。

「コラン!本当に忌々しい奴!」

 グロリアが壁に向かって投げた高価な茶器は哀れなほど粉々に砕け散った。

「大体あいつはただの騎士のくせにどうして私に偉そうにするの?!セラフィスもセラフィスよ!騎士団長だからって甘やかすからこんな事になるのよ!」

ほんの今し方、リラに付けていた侍女の失態をコランに責められ、グロリアの怒りは頂点に達していた。

「とにかくあの侍女に責任の全てを押し付けなきゃ。私が指示したなんて知れたら大変だわ。明日騎士団の聞き取り調査があるって言っていたから、それより先に人を差し向けて侍女の息の根を止めましょう」

一人でボソボソと呟きながらグロリアは真っ赤に塗った爪をガリガリと噛んだ。
全く番狂せとはこの事だ。リラがこの国に来てから碌な事が無い。

「だからあんなに結婚はしないでと言ったのに!」

いつもなら私の言う事を何でも聞いてくれるセラフィスがあの子との結婚については頑として譲らなかった。私という者がいながらどう言うつもりなのか。
グロリアは王子の艶々の肌や朝日に煌めく薔薇の花弁のような唇を思い出し、自身の衰え始めた容姿と比較して発狂しそうになった。

セラフィスを奪われる訳にはいかない!やっと掴んだ裕福な暮らしだ。平民だった頃の貧乏暮らしに戻るのは二度とごめんだ。

苛立ちの中、どうすればいいか必死に頭を巡らせているうちにグロリアはふと、いい方法を思いついた。

「ズタズタに傷つけてあげるから泣きながら祖国に帰るといいわ」

その時のリラの顔を想像し、グロリアの真っ赤な唇にニヤリと悪辣な笑みが浮かぶ。

「誰か!」
「はい!ただいま」
「新しいドレスを作るわ。急いで職人を呼んで」
「かしこまりました」
「何が何でも結婚式に間に合に合わせるのよ。出来なければ罰を与えると言っておいて」
「承知しました」

「結婚式が楽しみになったわ」

グロリアは碌でも無い悪巧みを実行する為に方々に手配を始めた。





「リラ様、いよいよ明日ですね」

新しくリラに付いた侍女のモネが嬉しそうに言った。

「そうだね。実感湧かないや」

それもそのはず、自室のベッドで押し倒されて以降、セラフィスとは一度も会っていない。忙しいからとの理由で、もうずっと侍女を介して連絡事項だけが伝えられている状態だ。

「それにしてもご両親はリラ様の晴れ姿を見られず残念ですね。結婚衣装を纏われたリラ様は本当に美しかったですから」

仮縫いの時のことを言っているのかモネはうっとりと目を閉じる。

「仕方ないよ。セラフィスの父上、現国王がもうずっと寝たきりなんだから」

原因不明の病で王が倒れたのは二年前。それからずっと意識がないままセラフィスが国王代理をしている。皇后は既に鬼籍に入っているし兄弟も居ないので実質セラフィスがこの国の最高責任者だ。

……それがあんな感じで良いんだろうか。
忙しいと言いつつグロリアとしょっちゅう遊び歩いているのは知ってる。彼女は高い買い物をするたびにこれ見よがしに僕に見せびらしてくるから。
でも彼女は誤解してる。元より高貴な生まれの者は実はそんなに物欲がない。だからどんなに自慢されても良かったねと言う顔しか出来ず余計に癪に障るんだろう。


「では明日の御衣装の最終確認をして参ります。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」



一人になった部屋でリラは父から来た手紙を引っ張り出した。その文面からはリラへの愛が溢れ何度読んでも泣きそうになる。
そして病気の王への配慮から言葉にはしないが式に参列出来なかった上に入国も拒否された無念が垣間見えた。

リラ自身もなるべく質素にと、地味な白いタキシードにわずかなフリルと宝石を縫い付けただけの衣装を仕立てて貰った。けれどそれがリラの美しさをより一層引き立てる事になったから皮肉な物だ。

「明日は早いしもう寝ようかな」

リラは手紙を丁寧に畳んで宝石箱に仕舞った。






「誰がこんな事をしたんだ!!」

そんな怒号で目覚めたリラは慌てて部屋から飛び出した。

「ああ皇太子妃様!」
「何かあったの?」

侍従や執事、騎士達までこんなに沢山集まって一体何をしているんだろうとリラは首を傾げた。

「リラ様」
「コラン。どうしたの?」
「それが実は……」

衣装部屋の侍女が泣きながらリラの衣装を広げる。するとズボンの膝から下あたりに墨のような汚れが沢山付いていた。

「申し訳ございません!!」

地面に頭を擦り付けて担当の若い侍女が土下座をする。

「こんな大切な日の大切なご衣裳を!」
「リラ様、犯人は必ず見つけます!」
「一体何があったの?」
「分からないんです!昨日はきちんと部屋に鍵も掛けました。でも朝来てみたらこんな事に!」

取り乱して泣き叫ぶ侍女。それを見ながらこんな時は自分がしっかりしなくては、と思い、どうすれば良いか考える。

「泣かなくて良いよ。大丈夫だから。良い事思いついたからちょっとやって欲しいことがあるんだけど」
「何ですか?何でもやります!」
「じゃあ、鋏で膝から下を切り落としてくれる?」
「わっ、私の足をですか?し……承知しました!」

罰を受けると思ったのかガタガタと震えながらも甘んじて受け入れようとする侍女に驚いた。普段どんな扱いされてるんだ??

「違う違う!ズボンだよ!膝下で切って折り目を縫い上げてくれる?それから小さいブーケとベールに使ったのと同じ生地を用意して」
「はい!!」


慌ただしく準備を始めた侍女達にリラはテキパキと指示をした。








「遅いな」

セラフィスは白い衣裳を身に纏い、城内の大広間でリラを待っていた。内々での行事とは言え国内の主要な貴族達はほとんど出席している。セラフィスは所在無げに胸の飾りボタンを弄っていた。

「お待たせしました」
「リラ遅かっ……グロリア?」

目の前にいたのは待っていた相手ではなかった。側室である彼女は婚儀には出られない。そう言い含めたはずなのに。

に知られたら面倒な事になる。セラフィスはチラリとそんな事を考えたが、それ以上に彼女の装いに度肝を抜かれて言葉をなくした。

グロリアは真っ白のウェディングドレスに身を包み、至る所にこれでもかと高価な宝飾品を付けている。中にはセラフィスが贈った覚えのない物まであって問い糺したいが、今はそれどころではない。

「何の真似だ?グロリア!」
「あら!だって結婚式ですもの。私たちの」「何を言っている?」
「待っててもあの子は来ませんよ。今頃泣きながら帰り支度をしているはずです」
「何かしたのか?くれぐれもリラには構うなと言ったはずだが!」

離れているから声までは聞こえないが貴族達も様子がおかしい事に気がつき始めている。ああ、どうしてくれるんだ!

セラフィスが困り果て、全てを放棄したい思いで立ち尽くしているとドアが開いてリラが現れた。

「リラ!」
「お待たせしました」

彼が着ているのはシンプルな白いシャツに白いコート。それだけでも十分な美しさではあったが目を引いたのは同じく白いズボンだ。
膝下からハーフにカットされリラの若々しくすんなりとした足が無防備に晒されている。だが薄く透け、細かい宝石が散りばめられた布が彼の美しい足を隠すように巻かれており、上品さを醸し出していた。しかも布を止めているのはこの国の国花のブーケだ。

「何と美しい……」

セラフィスの口から思わず漏れてしまった呟きは、隣にいるグロリアにもしっかり聞かれ、彼女の怒りを更に煽る事になった。

「なっ何よ!あの格好!国王が寝込んでるのに!足を出すなんてはしたない格好して!」
「え、ああそうだな」

孔雀のように着飾っている自分はどうなのか。盛大なブーメランだとセラフィスは思うがあえて言わない。これ以上彼女の機嫌を損ねても良い事が無いからだ。
それより早くリラを間近で見たい。そして腕を組んで神父の前で愛を誓い、彼を自分のものにしたい。

セラフィスはグロリアをその場に置き去りにしてリラの元に駆け寄った。









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