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第35話 三姉妹の優雅な家出5

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 時間をかけて完璧に身だしなみを整えた三姉妹。

「あんた達、出かけるのかい……」

 廊下で声をかけてきたのは、宿屋の主人である老婆だ。

「ええ、そうよお婆ちゃん! お兄ちゃんの情報を集めるの!」
「……まあ、せいぜい気をつけることだね。取って食われちまわないようにさ……」
「わたし達はすごい強いから大丈夫よ!」
「………………ケッ」

 メイベルは老婆とそんなやりとりをした後、ついに町へとくり出す。

 町の外には、華やかな建物が立ち並んでいた。どこか妖しげで、まるで人を誘い込んでいるかのようである。

「こうやって見ると遊園地みたいだね。昨日の夜も建物がピカピカしてて綺麗だったし」と、エリー。

「…………なんだか……見られてる気がするわ……」

 ソフィアは気だるそうに周囲を見回しながら、そう呟いた。

「見なさい。あれが酒場よ! 間違いないわ!」

 メイベルはそう言って、宿屋の向かいにあった建物を指差す。

「看板にそう書いてあるもんね。見れば分かるよ」

 冷たくあしらわれたメイベルは、不機嫌そうな顔をしながらエリーの両頬をつねった。

「ひ、ひはひよぉっ痛いよぉ!」
「早くお兄ちゃんのことを聞きに行きましょう!」
「ほ、ほんほうに本当にひふふほひなの行くつもりなのぉ……?」
「何言ってんのか分かんないわ。さっさと乗り込みましょう!」

 エリーは、助けを求めるようにソフィアのことを見る。もはや、暴走したメイベルを止めることができるのは彼女しかいない。

「……援護は任せて。……何かあったら魔法をぶっ放す」
「大丈夫よ酒場に行くだけなんだし。まあ、いざとなったら頼りにしてるわ!」
「ええ……早く人に向けて撃ってみたくて……うずうずしているの……」

 しかし、ソフィアも存外に乗り気だった。実はソフィアが一番、魔法を授かるのを楽しみにしていたのである。

 せっかく家出したのだからちょっと危ない雰囲気の場所へ行ってみたいメイベルと、せっかく魔法を授かったのだから絡んできた相手に遠慮せず使ってみたいソフィア。

 奇跡的に、二人の利害が一致してしまったのだ。

「うぅ……ほんなそんなぁ……」

 こうして、エリーは絶望に打ちひしがれながら酒場へ引きずられていくのだった。

 *

「「たのもー!!」」

 勢いよく酒場の扉を開け、中へと踏み込むメイベルとソフィア。

 酒場には、屈強な大男たちがひしめき合っていた。不思議なことに、皆うつむいて座っている。

「ひいぃぃ……」

 エリーはぶるぶると震えながら二人の後ろへ隠れる。

「怖がらないで、こっちへいらっしゃい。……うふふ」

 微笑みながら三人に手招きしたのは、奥のカウンターに居た女主人だ。

「大丈夫よエリー。行きましょ」
「見られてるけど……敵意は感じない……ちょっと残念……」

 女主人の案内に従い、カウンターの席に並んで座る三人。

「なんか『大人』って感じだわ!」

 得意げなメイベル。ちなみに、椅子が高くて地面に足が届かないので、全員足をぶらぶらさせている。

「甘いジュースはこれしかないのだけれど、それでも良いかしら?」

 女主人は、グラスに入ったオレンジ色のジュースを三人の前に差し出した。

「ありがとう。気がきくじゃない!」

 特に気にすることもなくそれを飲み始めるメイベル。それを見て、エリーも恐る恐るグラスに口をつける。

「…………!」

 思った以上に美味しかったので、エリーは思わず頬っぺたをおさえた。顔もだらしなく綻《ほころ》んでいる。

「うふふ……あなた達、とぉっても可愛いわね。一体どこからこの町に迷い込んで来たのかしらぁ?」
「――わたしたち、お兄ちゃんを探してるの!」
「お兄ちゃん?」
「そうよ! ええと、その……いつもはちょっと抜けてるけど……たまにかっこよくて……放っておけない感じの人よ! あなた知らない?」

 顔を赤くして、言葉に詰まりながらも、そう絞り出すメイベル。

「いつも優しくて、あたしのこと考えてくれて、たくさん遊んでくれる大切なおにーちゃんなんです!」

 エリーはそう付け足す。

「うーん、ごめんなさいね。特徴がほとんどあなた達の主観だからわからないわねぇ……」

 当然、返ってきたのはそんな答えだった。メイベルとエリーは肩を落とす。

 その様子を見て、ソフィアはさらにこう続けた。

「美少年……美脚……黒髪……色白……細身……歳は私たちの一つ上で…………あと、おにーさまからはおにーさまのいい匂いがするわ……!」
「さ、最後のはともかく、だいぶ具体的になったわねぇ……」

 女主人は、やや引き気味にソフィアのことを見た。

「……と、とにかく! お兄ちゃんに関して何か心当たりはない? 知っていることならなんでもいいの!」
「そうねぇ……難しいけれど…………一つだけ言えることがあるとすれば……」
「「「あるとすれば……???」」」

 三人は、一斉に身を乗り出す。

「――あなた達はもう大好きなお兄ちゃんに会えないってことくらいねぇ」
「「「え……?」」」

 刹那、メイベル、ソフィア、エリーは睡魔に襲われ、そのまま眠りに落ちてしまう。

 寝息をたてながら、仲良くカウンターのテーブルに突っ伏す三人。

「あなたたち、出てきても良いわよぉ!」

 女主人が合図をすると、カウンターの裏に隠れていた二つの影が飛び出した。

「好きなコを選びなさい」
「わ、わたしっ……こ、こっちの大人しそうなコがいいですぅ……ふひ、ふひひひひ……!」
「では、ワタクシはこちらの血色が良いコを貰いますわ」
「アタシはこの気の強そうなコがお気に入りだからぁ……今回は綺麗に分けられたわねぇ」

 女主人がそう言いながら手を三回叩くと、屈強な大男達が立ち上がる。

「じゃあお願いねぇ……オークちゃんたち♪」

 メイベル達は気付かなかったが、酒場に居る大男達の顔は人間のものとはだいぶ違っていた。

 皆、大男ではなくオークだったのである。

 オーク達は女主人の命令に従い、すやすやと眠っている三人ののことを取り囲む。

「ブヒ……ブヒャヒャ…………!」

 かくして、あどけない少女達はオークの大群に包囲されてしまったのだ。
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