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54.第一回列強会議 過去

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――フランス ランブイエ 岡国防大臣と田中外務大臣 過去
 スペイン内戦や中華民国など世界で噴出している諸問題について、列強各国で協議の場を持とうとフランスの呼びかけで会議が開催されることになった。
 場所はフランスのランブイエで、会議出席国はフランス、イギリス、アメリカ、日本、ドイツ、イタリア、オーストリア連邦の六か国で、ソ連は呼ばれていない。
 集まった六か国は反共で一致しており、スペイン内戦で政府軍を支持するソ連と戦争中の反乱軍を支持するイタリアの関係もあってソ連の招へいは見送られた。
 
 国際問題を会議する場として国際連盟があるのだが、アメリカと日本が加盟していない為、国際連盟では紛争解決に効果的な動きを出来ないでいる。
 会議の冒頭で、今回のホスト役を務めるフランスからアメリカと日本に国際連盟への加入検討が提案されるが、アメリカは持ち帰って検討するとだけ回答するに留める。恐らく、議会の反対にあうのだろうというのが各国の予想だ。
 日本は何度も繰り返している通り、アメリカが参加しないのならば参加しないと即答する。

 初日は経済対策について意見が取り交わされ、世界的な恐慌はようやく終わりを見せたことを各国が確認することとなった。日本も発言を求められたので、いかにイギリスの経済学者の分析が優れていたのかを熱く語ることになる。
 
 初日の会議終了後、日本の岡国防大臣と田中外務大臣は機密保持の整った部屋で意見を取り交わすことにする。
 
「フランスは存在感を出す為に気合が入ってましたね」

 田中外務大臣の言葉に岡国防大臣は頷きを返す。

「フランスは欧州大戦以来、経済が低迷し政権交代が数度起きていて精彩を欠いていましたからな」

「しかし会議開催で存在感は出せたんじゃないでしょうか?」

「そうですな。私もそう思います。六か国が一同に会するとはなかなか壮観でしたなあ」

「各国の外交と軍事の大臣が出席していますから、写真撮影は壮観なものでしたね」

「この会議は国際連盟より影響力があるでしょうな。定期的に開催していく様子ですし、紛争が最小限に食い止めることが出来るかもしれませんね」

 岡国防大臣の言う事は最もだと田中外務大臣も同意する。国際連盟は実行力も制裁力も無く、列強一国でさえ抑止力になりえないのが現状だ。
 国際連盟の決議を無視して行動を起こしてた場合、小国同士ならば仲裁に入ることが出来るかもしれないが、列強同士となると全く役に立たない。しかし、今回開催された列強会議は国際連盟と目指すところがそもそも違う。
 集まった六か国の利害関係の調整が列強会議の主目的だろう。非常に傲慢だと田中自身も感じるが、実質ここで調整された事案については実行力が伴うと彼は見ている。

「昼間の会議の後は各国の大臣と会う事も出来ますし、実際私は本日フランスの外務大臣と会ってきましたよ」

「私もですよ。田中卿。アメリカの国防長官と会ってきましたぞ」

「アメリカとどのようなお話を?」

「ソ連の軍備についてですなあ。後は私の好きな航空機談議でしたな」

「そうですか。お互いの軍事力はやはり気になるところですからね。私はフランスとドイツの再軍備について意見を聞いてきました」

「彼らは何と?」

「断固反対の姿勢でしたよ。それはもう……」

「まあそうでしょうな……」

「オーストリア連邦については再軍備に反対していないようですね。むしろ、再軍備を進めたい節もありました」

「オーストリア連邦が侵略された場合にはフランスとイギリスが防衛するというのがヴェルサイユ体制でしたからな……費用が惜しいんでしょう」

「費用だけではなく、人命も失われますし、もしソ連がとなると守り切れるかも分かりませんので、関わりたくないんでしょうね」

「田中卿は辛辣ですなあ。ただ、オーストリア連邦のみ再軍備を認めるのはドイツの反発がありますからな」

「その通りです」

 フランスはオーストリア連邦とは国境を接していないため、オーストリア連邦の防衛という面倒を行いたくないのが本音だろう。しかし、ドイツとなると話は異なる。フランスはドイツの復讐を偏執的と言えるまでに恐れている。
 ドイツが力をつけると必ずフランスを侵略すると言い切る程に……田中外務大臣の個人的な見解はこうだ。
 ドイツでは平和共存へ舵を切った政党が圧倒的多数を占め、戦争を指向するような政党は全く日の目を見ていない現状から、フランスへ侵攻することはまず無いと見ている。もちろん、ドイツのザール地方からフランスを排除することと、ラインラントの防衛権については取り戻したいだろう。
 この二点については、ドイツの主権が侵害されている案件なので、ヴェルサイユ条約下でも一時的な措置との見方が強い。少なくとも日本、イギリス、アメリカはドイツに対する主権侵害と見ている。
 
 しかし、もしオーストリア連邦が他国へ侵略されるような事態になれば、イギリスとフランスは動かざるを得ない。そうなると、自国の益にならない防衛戦争に出る事を糾弾する者も出て来るだろう。しかし、そうなってからでは遅いのだ。
 戦争で疲弊しつつある中で再軍備を実施となれば、平時に比べ予算もかかるだろうし、国庫も平時より少なくなるだろう……実際に防衛する英仏の負担も大きい。

「田中卿。フランスはヴェルサイユ条約後、国際的に目立つことが余りなかったことに焦っているのですかな?」

「フランスは国威発揚や国際的に称賛されることを望んでるようですね」

 精彩を欠くフランスは六か国を集め、会議の主催者になり存在感を見せようとした。会議の内容はどのようなものであれ、この会議はソ連への大きなけん制にはなるだろうが……
 フランスの存在感の発揮としては微妙と言えるだろうと田中は思う。もっと世界へ衝撃を与えるような主導を行わねば、望むような称賛は得ることができないだろう。
 その点、イタリアはエチオピア帝国との軍事によらない京都条約を結び、エチオピア問題を解決した。
 
「田中卿。国際連盟を謝辞する際に例の情報からもたらされたある情報を覚えておられますかな?」

「国際連盟ですか……アメリカが加入しないのなら加入しないという提案でしたか」

「もう一つあったでしょう。それでも国際連盟の加入を強く勧められた場合の案が」

「あれは毒薬になりかねませんよ!」

 田中は岡が言う「情報」を今更持ち出したことに驚きの表情を浮かべる。あの提案はアメリカとイギリスの反発を招くだけだ。確かに国際的な称賛は受けるかもしれないが……

「あれをフランスに囁いてみてはいかがかな?」

「フランスが提示すれば、日本は賛成する以外ありませんよ。今はイギリスととても親密な関係を築けていますので容易に口に出すことに私は反対です」

「一度本国で揉んでみてはどうかね? フランスとは経済会議なりなんなりと二国間で会議は行えると思いますぞ」

「経済会議でしたら何ら不自然ではありませんね。一度検討してみましょうか……」

 田中は大きなため息をつき、冷えた水を口に運ぶ。全く何てことを思いつくんだこの人は、と田中は心の中で愚痴をこぼす。
 岡が言う「提案」とは、人種差別撤廃提案の事だ。例の情報によると、フランスは人種差別撤廃提案に反対しないとある。フランスが率先して人種差別撤廃提案をすれば確かに世界的な称賛は受けるだろう。
 ただ、イギリスとアメリカの反発は計り知れない。提案してすぐに引っ込めても良いが、この提案はリスクの方が大きいと田中は考えているのだ。
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