戦乱の夜に咲く恋

プロローグ

 遠きより戦太鼓が轟き
空を裂く火の粉が赤々と舞ふ。

 都は乱れ、瓦は崩れ、血の匂ひが風に滲む。

 ――その闇の底に、ひとりの娘が
立ち尽くしてゐた。

 白き小袖に包まれながら
炎に照らされてもなお清らかに佇む姿。

 名は小夜《さよ》
 戦火にすべてを失ひ
ただ呆然と夜空を仰いでゐる。

 その折――。

 背後より涼やかな声が降りた。

「怖れることはない。我は汝を護らう」

 振り返れば、そこに在るは人ならざる影。
 紅の瞳を宿す、美しき妖《あやかし》。
 名を篝火《かがりび》といふ。

 人を惑はすはずの妖が、なぜかこの夜だけはひとりの娘を救はむと現れた。

 小夜の胸は、戦火より烈しく震ふ。
 畏れと共に、言ひ難き温もりが満ちてゆく。

 篝火は娘を抱き寄せ、燃えさしの如く囁いた。

「我らの縁は刹那に終はるやもしれぬ。
 されど今宵だけは――汝を離さぬ」

 涙がひと筋、炎と血の夜を透かして零れる。

 その澄明さは
まるで月影のやうに冴えてゐた。

 互ひの指がふれ合ひ、たしかな温度を結ぶ。
 人と妖――交はるは許されぬ宿命なれど、
 その瞬間だけは世の乱れすら声をひそめた。

 夜空には、炎を映してなお
ひそやかに月が笑んでゐた。
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