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155 娯楽室
しおりを挟む床にあった謎のヌメヌメも気になるところだが――
階段を見つけた!
しかし、いくらのぼってものぼっても上に辿り着けない。
……なんてことはなく、幸いなことに上階にはすんなりあがれた。
ただし、階段の踊り場の壁にあった数字が、いきなり四にとんでいたけれども。
とりあえず一行は四階を調べてみることにする。
「ほぅ、ここはあまり入り組んでいないな」
ジャニスの言う通りにて、一階はそこかしこが扉だらけだったのに対して、ここは数が少なくまばらだ。
さて、ではまた手前から順繰りに家探ししていくか。
という段になって――
カツン、コロコロコロ……
音がしたもので、全員が一斉に身構えた。
「いまのは?」
「奥の方から聞こえたぞ」
「何か硬いモノ同士がぶつかったような」
「いや、あれは転がる音でなかったか?」
ざわつく隊員ら。
それを「しっ」とジャニスが黙らせる。
一同はじっと耳を澄ませる。
が――音はそれきりであった。
ゆえに音が聞こえたとおぼしき場所へと向かうことにする。
廊下を進み、一度だけ角を曲がった先にあったのは、観音開きの扉だ。
これまでの奴よりも大きな扉である。
一行はその扉を開け放つ。
テーブルにソファー、テレビ、本棚、冷蔵庫、バーカウンター、ビリヤード台、ピンボールゲームの台に、ステレオ機器とスピーカーにカラオケ、麻雀台に……あれはぶら下がり健康器か?
いろんなモノが乱雑に、けれども互いを邪魔しないようにと配置されている。
ここはタンカーの乗務員たちのための娯楽室だ。
横に十五メナレほど、幅は八メナレといったところか。まあまあ広い。
枝垂にとっては珍しくもなんともない遊具が転がっている。
だが、ジャニスたちには馴染みのない品ばかりにて、隊員らはみな興味深々である。
説明を求められて、枝垂はそれに応じる。
にしても、だ。
「まるで、ついさっきまで誰かが遊んでいたかのようだな」
とのジャニスの言葉に、枝垂もうなづく。
そうなのだ。
テーブルの上には、おそらく数人で遊んでいたのであろう、トランプや花札などが出し並べられており、バーカウンターには飲みかけのグラスがあった。
ビリヤード台にはゲーム途中であったようで、九つの球が転がっている。
球の散らばり具合からして、ブレイクショット直後とおもわれるが、プレイしていた者はあまり上手ではなかったらしい。なにせひとつもポケットにボールが入っていないのだから。
ところで、ビリヤードとはなんぞや?
調査隊の一同が首を傾げる。どうやらギガラニカの世界にはビリヤードが伝わっていないらしい。もしくは僻地のコウケイ国にまで伝来していないだけなのか。
枝垂の説明に耳を傾けながら、ジャニスはボールのひとつを手にとり、しげしげと眺める。
「なるほど、このキューという棒で球を突くのか。面白そうだな。にしても球のこの手触り、この固さ……。先ほど聞こえた音はどうやらこいつらしい。だが、だとすると遊んでいた者はどこへ消えた?」
音が聞こえてから、娯楽室にまで枝垂たちが来るまでには、少しばかり間があった。
慎重を期したからだ。
とはいえ、移動中は全員が神経を研ぎ澄ましており集中している。
もしも何者かが扉を開けて部屋から出るなり、廊下を渡るなりすれば気配に気がつきそうなもの。
うっかり枝垂が見逃そうとも、優れた視覚や聴覚を持つ獣人たちが見過ごすとはおもえない。
念のために娯楽室内を調べてみるも、出入り口はひとつきり。
「気持ち悪い。まるでメアリーセレスト号みたいだ」
枝垂は顔をしかめる。
☆
メアリーセレスト号は、1872年にポルトガル沖で、無人のまま漂流していたのを発見された船である。
その船の名を一躍世に広めたのは、発見時の船内の異様さ。
発見時、船内は無人にて、とくに故障などもみられず十分に渡航できる状態であった。
食料や水も十分な量が残されてある。
人だけが船から忽然と消えてしまっていたのだ。
加えて残されてあった航海日誌に書かれていた意味不明な文言も不気味だ。
船長の筆跡による走り書きにて、最後にこう記されてあった。
『妻のマリーが……』
真相はいまもって藪の中だ。
また昔から船や飛行機、もしくはその乗務員のみが消える事故が多発している、バミューダートライアングルという海域も存在している。
もしかしたら、それらは世界線の綻び、ギガラニカに通じる穴や亀裂の類であったのかもしれない。
行方不明となった者らは、運悪くそれに巻き込まれたか。
なんにせよこの状況、尋常なことではない。
一行はいっそうの用心をしつつ、娯楽室の探索を続ける。
枝垂はなにげに棚の中に無造作に突っ込まれてあった雑誌を手にするなり、ぎょっ!
世界でもっとも有名なニュース雑誌だ。その表紙を飾ることは成功者の証にて、時代の寵児、影響力を政財界を中心に認められたことを意味している。
発行された日付は、このタンカーと同じく枝垂がいた時代よりも少しあとで、表紙にて微笑んでいたのはスーツ姿の二十代半ばの若い女性だ。
一華が微笑んでる。
馬酔木一華(あせびいちか)――枝垂の種違いの妹。
クズの両親の子とはとても信じられないほどに聡明な娘だが、ブラコンなのが珠に傷である。
妹の成長したであろう姿が表紙の中にあった。
えっ、他人の空似じゃないかだって。
いやいやいや、ちゃんと名前も書かれているし、間違いない。
雑誌をぱらぱらめくって特集記事に目を通してみれば、どうやら妹は自分が残した遺産を元手にして、投資家として成功し若くして莫大な富を築いたようだ。
それはべつにかまわない。兄としてはむしろ誇らしいぐらいだ。
だがしかし気になることがふたつあった。
ひとつは記事の締めくくりに妹が口にしている言葉。
インタビュアーからの「そんなに稼いでどうするの?」との問いに、「どうしてもやりたいことがあって。そのためにはたくさんのお金が必要だったんです」と答えているのだけれども、その場面の写真に映る妹が、一見するとにこやかなのだけれども、その目の奥に剣呑な光が見えたからである。
兄だからわかる。
これは何か企んでいるときの妹の目だ。
それから剣呑といえば、妹が首からさげているネックレスである。
大きなティアドロップの形をしたルビーをあしらった素敵なアクセサリーなのだけれども、その真紅の輝きを目にしたとたんに、枝垂はぞくりと悪寒に襲われた。
「これは、まさか鉱人の! 一華……おまえ、いったい何をするつもりなんだ……」
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