青のスーラ

月芝

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136 破軍編 予兆

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 王都中が慶事に沸く数日前の事。

 遥か東の辺境の寂れた村を訪れている一団があった。
 村は周囲を簡単な堀と木枠で囲まれているだけ、常にモンスターの脅威に晒されている辺境としてはあまりにも無防備なこの様子に、一団の男たちが首を傾げる。
 村人の話では不思議なことに、この辺にはモンスターがあまり姿を現さないとのこと。

「おかげさまで、のんびりやらせてもらっています」

 そう言ったのは朴訥とした村の老人。皺だらけの顔でニカッと笑うと、歯が三本ばかし抜けていた。
 村を訪れた一団、表向きは行商人という触れ込みの男たち。その正体は盗賊の集団である。日頃は王都周辺を縄張りに活動している彼らの目的は、こんなしなびた村ではない。ここから半日ほど更に東へと進んだところにあるという、古代遺跡に眠る宝物を狙っての遠出であった。

『遺跡の奥の祭壇には仕掛けがあって、それを弄ると紅い宝玉が手に入る』

 数ヶ月ほど前、そんな怪しげな情報が裏社会に出回る。
 その話と前後して、コレを高値で買い取ろうという酔狂な御仁が現れた。しかも必要な経費をすべて気前よく払ってくれるという。
 あまりにも旨過ぎる話。ほとんどの裏稼業の人間たちは信じなかった。
 しかしこれに食指を動かしたのが彼らである。
 ここのところ第一王女の降嫁の煽りを受け、王都の警戒レベルは最高にまで引き上げられている。おかげで盗賊家業はさっぱり。このままでは廃業も覚悟せねばと考えていた盗賊団の頭。ダメ元で情報を探ってみると、巧い具合に地図が手に入り、遺跡の存在も確認出来た。
 盗賊ギルドに話を通すと、依頼人と繋ぎをつけてくれるという。
 手に入った宝物の売買には、裏オークションの組織も一枚噛むと言ってきた。
 これは大層心強い、なにせ強力な後ろ盾を得られるのだから。首尾よくいっても依頼主と揉めたときには、彼らが味方についてくれる。少しばかり上前をはねられるのはしようがない。
 こうなってくると盗賊の頭も俄然やる気になってきた。
 とりあえず現地に足を運んでみて、空振りであったとしても、経費分を依頼主に吹っかけてやれば十分に元が取れる。なんなら帰り道にでも適当にお勤めを果たせばいい。それにまるでお膳立てされたかのように、物事が上手く流れている。これをようやくツキが回ってきたと考えた頭は、酔狂な御仁と連絡をとり仕事を受けることにした。

「村の連中の様子はどうだ?」
「へい。完全に俺たちを行商人と信じ込んでいます。それから遺跡に関しては、あるのは知っているが、詳しいことはわからないとの事です。どうやらこの村が出来る前より、ずっと先からそこにあったみたいで。遺跡といっても規模も小さくすっかり朽ちて、辛うじて残っているのはお堂ぐらいなんだとか」
「じゃあ例の祭壇って奴は……」
「ええ、そのお堂の中にあるという話です。祭壇っていうよりも粗末な台座? とかなんとか。四角い箱みたいな石がポツンとあるだけらしいですぜ」
「うーん。祭壇の形に関しては、事前に手に入れた文献と内容が同じだな」

 親切な村の人たちが用意してくれた借家にて、手下からの報告を受けていた盗賊の頭。彼の手には一巻の古い巻物があった。今回の仕事を受けるにあたって、盗賊ギルドから提供された品。そこには遺跡の祭壇の様子と、細工に関する情報が書かれてあった。
 しばらく思案した後に、彼は今後の方針を口にする。

「とりあえず明日は夜明け前に出立して遺跡を目指す。首尾よく宝を手にいれたら村には立ち寄らずに、そのまま依頼主が待つ王都を目指す。わかっているとは思うが、くれぐれもつまらない騒ぎを起こすなよ。出来るだけ俺たちが関わったという痕跡は残したくないからな」

 頭の言葉に手下ら全員が黙って頷いた。
 その翌日、まだ陽も昇っていないうちに、辺境の寂れた村から男たちの姿が消えた。



目的地である遺跡を前にして、立ち尽くす盗賊団。
そのうちの一人が呆れたように呟いた。

「……こいつが遺跡ですかい?」

 遺跡というからには石造りの壁や、建物の残骸ぐらいはあるだろうと考えていた一団。しかし実際に彼らの目の前にあるのは、砂を被った石畳と折れた円柱の根元が数本ばかり。
 木枯らしが吹き荒ぶ閑散とした風景に、盗賊の頭もさすがに慌てた。
 とりあえず部下らに命じて周囲を探索させる。
 すると村で聞いた話の通りのお堂が見つかった。
 ただしソレはとても小さくて、大人が五人も入れば一杯になる程度の大きさしかない。
 王都のスラムの連中だって、もう少しマシなところに住んでいるというのに。
 あまりのショボさに誰もが声も出ない。
 しかしいつまでも呆然と突っ立っていたところで仕方がない。
 盗賊の頭は周囲の警戒を部下たちに任せ、自分は手下の一人を伴いお堂へと入っていった。
 お堂の中は薄暗く埃っぽい。床にも薄っすらと砂埃が積もっている。
 長い間、誰も足を踏み入れていないのは明白。
 そんな中にポツンとあった四角い石の塊。
 手で表面を払ってみると、積もっていた砂がザァーと床へと落ちていく。
 一緒にいる手下に、祭壇らしい石の砂埃を払わせ、その間に巻物を広げて手順について確認をする盗賊の頭。
 祭壇が見れた状態になってから早速、手順通りに作業を始める。

「えーと、まずは右上の隅を奥に向かって押す、と……」

 言葉の通りに盗賊の頭が石を弄ると、ガコンという音がして、祭壇の上半分がぐるりと動いた。
 この様子に彼とすぐ側で見ていた部下の男が「おおっ」と思わず声を上げる。
 巻物に書いてある通りに、指定された箇所に力を加えると、カタンコトンと鳴りながら変形していく祭壇。
 最初は長方形の形をしていたのに、六つの手順を経た今では、元の大きさの三分の二ぐらいにまで折り畳まれて真四角の形になっている。更に手順を四つ行ったときには、三角の形になっていた。これで巻物にあった手順はすべて終わった。
 すると三角形の中央が眩い光を放つ。驚いた二人は咄嗟に手をかざし目を庇う。
 強い光はお堂の外にまで漏れ出たらしく、外から部下らが声をかけてきた。

「大丈夫だ。心配はいらねぇ」

 盗賊の頭が返事をする。
 光が収まるのを待ってから、恐る恐る祭壇を見る。
 そこには拳大の妖しい輝きを宿す、紅い宝玉が姿を現していた。

 宝玉を手にお堂から姿を現した盗賊の頭の姿に、部下らから歓声が上がった。

「やりましたねぇ、お頭ぁ!」
「あぁ、お前たちにも随分と苦労をかけちまった。これで楽をさせてやれるぞ。さぁ、とっとと戻って祝杯を挙げるぞ」

 首尾よく目的を果たした一団は、すぐさま出発する。
 取引によって手に入る莫大な報酬を考えれば、彼らの足取りも自然と軽くなるというもの。
 盗賊団は一路、王都へと向かった。

 彼らが去ってしばらくしてから、遺跡の周辺にて激しい地響きが鳴った。
 轟音は最寄りの村にまで達し、村人たちは度肝を抜かれる。
 何やら遺跡の方から聞こえたようだ。
 先日、村を訪れていた一団が、やたらとその場所を気にしていたともいう。
 心配になった村人らは有志を募って様子を見に出かけた。
 そんな彼らが見つけたのは、かつてお堂があった場所に、ぽっかりと開いた大きい穴。
 そして穴から西の方角へと続いている、謎の窪みの列。
 窪みといっても大人が両腕を広げたぐらいの大きさがある。
 まるで何者かの足跡のように発見者たちの目には映った。


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