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18 限界のその先は心外。
しおりを挟むシルバーの背に揺られて、胸ポケットにはシロが、肩にはハトぐらいになったレッドがとまって、みなで仲良くお出かけ。目指すは湖型のスライムのいるところ。
ほどよくショタタタと駆けてもらったので、以前には数日もかかった距離がわずか二時間ほどで到着。
これでまだ三割程度の脚力だというんだからフェンリルってのは凄い生き物だ。本気を出されたら自然発生する衝撃波や巻き起こる風だけで、辺り一帯が大惨事になることであろう。どうやら神獣と呼ばれているのも伊達ではないらしい。
ポケットの中のシロはともかくとして、肩の上で平然としているレッドも大概か……。
そんな彼も初めて神域の御戸で出会ったときよりも、倍ぐらいの大きさに成長している。このペースだと来年の今頃は、うちの屋根よりも大きくなっているかもしれない。サイズ変更が出来て本当によかった。
そんなことを考えつつ見つめてたらキョトンと小首を傾げるレッド。可愛いからとりあえず頬ずりをしておく。羽毛の感触が実に心地よい。
畔から眺めた湖モドキは相変わらずデカくて、見た目だけはキレイであった。
ごろ寝しているだけで生活が成り立つというのだから羨ましい話である。
結局、人もモンスターも美人が得をするということか。などと愚痴っていても仕方がないので、さっそくレベル6のチクワの限界値の実験を試してみることにした。
「それじゃあ、イクよー」
シルバ―たちには念のために少し離れてもらっている。
万が一、こっちに倒れて来そうになったら、あっちに向かってチクワを蹴倒してもらう手筈だ。
目を閉じて右手を大地に向けてかざし、ムムムと力を溜めるかのように意識を右の手の平に集中する。まるで放流直前のダムのようなイメージにてドンドンと何かが右手に蓄積され渦巻いていくのを感じながら、私はそれをひたすら続けた。そして要領一杯となったところで門を開き、全てを一気に放出する。
ドドンっ! と大地が揺れた。
目の前に高く広い壁が出現する。
ビビった私はゆっくりと後ずさる。
すると遠ざかるほどに、その全容を理解して唖然となった。
銭湯の煙突どころの話ではない。そこに出現していたのは、さながらバベルの塔のごとき巨大な筒状の摩天楼チクワ。見上げると空に浮かぶ雲をも突き抜けており、ここからでは最上部が見えないほどの高さ。
チラリとシルバーたちの方に視線をやると、三匹も口を開けてあんぐりとしていた。
三匹と一人にて並び、しばしチクワの塔を前にして呆然自失。
とりあえずシロに「仲間たちで食べきれるかな?」と訊いてみたら、か細い声で「ちー」とのお返事。これはたぶん「ちょっと無理かも」ということなのであろう。
どうしたもんかとシルバーたちと話し合っていたら、塔へと忍びよる影が!
湖のスライムが匂いに惹かれたらしく、にょろんと触手みたいなのを伸ばしては、むしゃむしゃと塔を食べだした、それも猛烈な勢いにて。
いや、こちらとしても率先して片づけてくれるのはありがたいのだが、アンタ、こんなデカくて高い棒状のモノを無計画に下から食べていたら……、ほら、言わんこっちゃない。
木を安全に伐倒するには、ちゃんと考えて切り込みを入れないと大変なことになるんだから。それを後先考えずに自分の側からムシャムシャと豪快に食べたもんだから、必然的に塔がゆっくりと湖モドキの方へと傾き始めた。
これを見て私たちはギョッとする。
ヤバイと感じたシルバーが機転を利かし、すぐさま私の襟首をくわえると、その場から全速力で離脱。シロはいつもと違って上着の内ポケットの奥深くに素早く潜り込み、レッドは自分の翼にて羽ばたき一目散にて現場より逃げだした。
とっさに本気を出したフェンリルの疾走に、非力な小娘が耐えられるわけもなく、強烈なGを喰らって意識はすぐにとんだ。
うーん、と背伸びをして目覚めた私。体中がなんだかバキバキする。
目覚めたら小高い丘の上だった。
やれやれ、どうやら夢オチだったようだ……、なんてことはなくて眼下には、しっかりと横倒しになったチクワの巨塔が盛大に森を縦断し蹂躙していた。
それにも関わらず湖のスライムは無事だったらしくて、下敷きになりつつもムシャムシャしてやがる。あの分ならば彼がほとんどを平らげてくれるかもしれない。
目を細めて遥か先端の方を視る限り、あちらこちらでも森の仲間たちがチクワに群がっているみたいだし、このペースならば一ヶ月ぐらいで完食されるかな。
「ハナコや、とりあえずレベル6は当面のところ自粛じゃ」
シルバーの言葉に当然ながら私も異存はない。
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