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第一章 出会い

侯爵様からの念話

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 夕方から降り出した雨がセリカの部屋の窓ガラスを伝っている。

いつもは家族と賑やかに話をしている時刻に、こうやって一人でだだっ広い部屋に座っているのは心もとない気がする。

部屋は明るい魔電灯で照らされているが、隅々まで照らす光がかえってここに一人だけだということを感じさせる。


夕食の時にダレニアン伯爵から渡された念話器が、目の前のテーブルの上に置いてあった。

セリカが使うようにとラザフォード侯爵様が帰る時に置いて行ったものらしい。
高級品だということで「丁寧に扱うように。」と念を押された。

念話器はまだ試験段階らしく、王宮の人間と伯爵以上の貴族たちが情報を共有するために使い始めているようだ。
ただ双方が一定の魔法量を持っていなくては作動しないらしい。


以前セリカはジュリアン王子と念話器で話をしている。
それができたことで、侯爵様はセリカの魔法量が多いとわかったのだろう。

この念話器を作ったのがラザフォード侯爵様と今日会ったばかりのフロイド所長だということを聞いて、セリカは驚いた。

「魔法科学研究所」

魔法と科学を融合させて生活の質を向上させるのが目的らしい。
侯爵様が私財を投入して3年前に開設したそうだ。

最初に、発電魔法の力を無駄なく増幅させて、貴族の家々の魔電力事情を改善するシステムを作った。
これが画期的なシステムだったらしく、それで稼いだ資金を今度は念話器の開発にてているという。


侯爵様って、こんなお仕事をしてたんだね。

― 研究者なのかしら?
  それとも経営者だけ?

どっちもなんじゃない?
うちに泊まった時に、排水ホースなんかに興味を持ってたし。

― そう言えばそうね。


その時、ピチチチチッピチチチチッと小鳥が鳴くような音がして念話器を包んでいる布が光った。

― セリカ、電話…じゃない念話器が鳴ってるみたいよ。
  誰かからかかってきたんじゃない?


誰だろ?

セリカは袋から念話器を取り出して、机の上に置き直した。

すると超ミニサイズのラザフォード侯爵様が板の上に現れた。
くつろいだ部屋着を着て椅子に座っている。

侯爵様は背が高くて大きいイメージがあったので、こんな手のひらサイズだとお人形遊びをしているみたいでちょっと楽しい。

「何を笑っている。」

「ククッ、いえ何でもありません。今晩は、侯爵様。」

「…今晩は、セリカ。ダレニアン伯爵邸に移ったと聞いた。…大丈夫か?」

ああ、養子になるのを私が嫌がってたから心配してくれたのね。

― へぇ、優しいところもあるじゃない。
  見直したわ。


「はい。夕食後にこうして一人になるのは少し寂しいですが、皆さんがよくしてくださるので、何とかやっていけると思います。」

「…そうか、それならいい。フロイドから連絡があってな、数学と一部の科学以外は貴族の基礎学校からやり直しだと言っていた。」

今日のテスト結果が、早くも侯爵様の耳に入っているようだ。


「すみません。平民の基礎学校では読み書き計算しか習わないんです。」

「謝ることはない。そんなことになるだろうとは思っていた。しかし数学ができているということは、君にとって平民の基礎学校は退屈だったんじゃないか?」

「そうですね。奏子のおかげでたいてい一番の成績だったので、よく先生の手伝いをして友達の勉強をみてました。」

「なるほどな。」


「侯爵様、貴族の基礎学校では何を習うんですか? 今日のテストでは、見たことのない言語もありました。」

「ああそれは隣国のオディエ語だろう。国交が盛んなので、貴族はオディエ語の基礎会話だけは全員学ぶことになっている。それから君が習っていないと言っていた花文字。これは社交でよく使うんだ。パーティーなんかの招待状はこの文字で手紙を出すことになる。たいてい奥方がこの招待状を書くので、女性には必須の教養だな。」

うわぁ、それは大変だ。
一番に花文字を覚えないといけないみたい。

― 大丈夫、任せといて。
  16年間英語を勉強してきたノウハウを使えるから。

よろしくね、奏子。


「ダルトン先生が明日から魔法の実習を始めると言っていた。たぶん光を灯したり、小さい火を出したり、それに水や風、もしかしたら浮遊魔法までするかもしれないな。…できそうか?」

「ええ、それは全部できます。」

「制御もできるのか?」

「はい。大きさや量を変えてみたりして遊んでました。森の中でしたから火の大きなものは出したことがないですが…。」


「それならいい。バノック女史は、君が基本的な所作が出来ていると言っていた。日本という所では、君も貴族だったということか?」

「いいえ。奏子は平民です。日本では平民も貴族に近いものを食べたりする時もありますし、礼儀を大切にする文化もありますから、それでそんな風に思われたんじゃないでしょうか。」

「ふうん。とにかく君の作った刺繍を一度見せたいだのと言って、いやにテンションが高かった。君が平民だったこともあって、私もバノック女史も相当の苦戦を想像してたからな。そこのところは良かったと言える。」


貴族は、平民と生活文化がだいぶ違うと思ってるのかもしれない。

でもダレニアン伯爵夫妻がうちの両親と似たような会話もしてたし、侯爵様が王子様と話している様子もカールたち兄弟がじゃれ合っている時とあまり変わらない。

アン叔母さんの言う通り、貴族も同じ人間だ。

私もこの世界でなんとかやっていけるのかもしれないな。


「セリカ。」

「はい。」

「この念話器は魔力登録をしないと使えないようになっている。クリストフにだけは触らせないように。」

「は? 私は登録していませんが。」

「そこにあるのはこの間ジュリアンが寄越したものだ。君は一度使っているので君の魔力が入っている。ジュリアンの魔力は私が抜いておいた。」

「へぇ~、魔力を抜くなんてこともできるんですね。」

― セリカ、気になるのはそこなの?
  侯爵様って…意外と嫉妬深いのかも。

え? そうかな?


「明日の勉強の様子も気になるので、夕食後はこれで私に報告をするように。」

「あ、はい。わかりました。」

「それではセリカ、おやすみ。君にレーセナの夢を。」

「おやすみなさい、侯爵様。レーセナの夢を。」


侯爵様と話が出来たおかげで、雨を見ながらホームシックにかかりそうだった寂しい気持ちも慰められた気がする。

婚約者というより、監督者と部下の現状報告といった会話だったが、久しぶりに侯爵様と話せて嬉しかった。

セリカは、今日はぐっすり眠れそうだと思っていた。
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