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66 如何わしい魔法の作り方

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 ローマン・アイン・フォックス侯爵に許可を得てから、ヴィクターの部屋に見舞いと称して伺ったラリマールは、今丁度意識が戻ったところだというヴィクターに会うことができた。
 ラリマール一人の来訪に戸惑いを見せたヴィクターと、その母であるニーナ侯爵夫人だったが、その姿をもとに戻す方法があると持ち掛けると、何となくだが納得してくれたらしい。

 その元に戻す方法とは何かと、とりわけ母ニーナが詳しく聞きたがったけれど、ラリマールは詳しいことを話すのは躊躇われたため、魔術的な講釈をくどくどと説明した。
 余りにもチンプンカンプンでニーナ夫人が「もうよろしいですわ」と引きつった笑みを浮かべたところで、これは秘術だから人払いをしてヴィクターと二人にさせてほしいと願い出ると、しぶしぶと言ったふうに使用人を引き連れてニーナ夫人は退室していった。

 ニーナ夫人と使用人たちが全て退室すると、ヴィクターはその小さくなってしまった体でふう、と一つ溜息をついてラリマールを見た。

「……それで、ラリマールでんか。そのほうほうとは、ははにもきかせられないおはなし、なのでしょうね」

 舌っ足らずなボーイソプラノで、子供らしくない喋り方をするヴィクターに、ラリマールは苦笑しながら「さすが、お見通しだねえ」と言って、ヴィクターのベッドの横に椅子を置いて座り込んだ。

 ラリマールはヴィクターに掛けられた妖精の祝福と呼ばれる魔法、最早呪いのようなそれを解くため、妖精の「大人嫌い」「子供好き」の性質を事細かに説明した上で、ヴィクターに問うことにした。

「このまま過ごしても普通にゆっくり成長するだろうけど、侯爵も若くないし、そんな悠長に待ってはいられないだろう?」
「はい……」
「そこでね、一番手っ取り早い方法が、異性、ないし同性との性的接触、意味分かる?」
「……! そ、そっちから、おとなに、なる、ということですか……!」
「うん。性的快感によって強制的に処女童貞の禁を破り妖精の呪いを打ち破るのが理想。けどねえ、今の君の姿で娼婦と同衾させたりなんて、単なる虐待だから」
「それは、たしかに……」

 ヴィクターは自分の小さくなってしまった両腕を開いてしげしげと眺めて、ふう、とため息をついた。

「何より、アビゲイルちゃんが君を心配して嫌がってる」
「あ、あねうえが……というか、あねうえにこのことをはなしたの、ですか……?」
「君を心配して相談していて仕方なくね」
「そうですか……でも、それじゃあどうやって……?」
「侯爵は息子の君が成人したから、そろそろ閨教育のために娼館を紹介しようと思っていたと言っていたけど、さすがにその姿じゃ嫌がる娼婦だっているだろうし、何より口封じの金を積むのもバカバカしいだろう?」
「まあ……そう、ですね」
「そこでね、君に淫夢を見てもらおうと思う」
「い、ん……む……?」

 聞き慣れない言葉に目を白黒させるヴィクター。かみ砕いて言うとエッチな夢だよとラリマールが軽く説明して、ようやく理解したヴィクターは顔面を真っ赤にして手で覆ってしまった。

 さすがに成人したとはいえ、十六歳のシスコン拗らせ気味で初心な少年にこんな話は酷だったか、とラリマールは思ったが、ヴィクターはしばらくして、はーっと大きくため息をついてからようやく顔を上げた。

「……たしかにまあ……ゆめのなかなら、だれにもうしろゆびさされることもないでしょうし……それしかげんじてんでほうほうがない、とおっしゃるなら……」
「了承、ってことでいい?」
「はい……おねがいします。さすがにいつまでもこんなすがたのまま、いられませんし」

 未だ顔を赤くしながらも、心は成人した十六歳であるから、貴族の子弟としての責任感の方が強く出たのかもしれない。話している間に、心なしか幼児の姿から七、八歳の少年の姿に若干戻ったように見えなくもないが、ふと言葉が途切れると幼児の可愛らしい姿に戻ってしまう。これは難儀な呪いだと、ラリマールは改めて思った。

 弟を守ろうと決死の覚悟をしてすぐに大人に戻ったアビゲイルに比べたら、ヴィクターは姉よりも数百倍は妖精たちに愛されていたらしい。妖精たちがあの魔物に食べられてしまっても、未だ残り続ける妖精の意地とも言える呪いの様な物の執拗さがよくわかる。

「ちなみにさ、そういう夢は見たことはあるんだよね?」
「あり、ます……」
「いや、恥ずかしいこたあないからね。男なら誰でも通る道だし」
「……あの、ラリマールでんかも、そういうこと、おありになるのですか?」
「あるさ。夢ん中だから心置きなくクーちゃんを後ろからガッツンガッツンといってる」
「(クーちゃんってだれだろう……でんかのこいびとかな。よかった、あねうえじゃなくて)」

 最近やたらとラリマールは姉と仲が良いので、もしかしたらそういう妄想の材料オカズに姉が抜擢されてしまっていたらどうしようと思ったが、聞き慣れない女性の愛称らしきものがラリマールの口から出て、何故か安心をしてしまうヴィクター。

 じゃあ準備をするね、と言って、ラリマールは空中で指を滑らせて何やら宙に浮かんだ光る文様を複雑怪奇に描き始める。何をしているのか問うと、術式を色々と組み込んで、魔法を作っていると、ラリマールは片手間にヴィクターに説明する。ヴィクターは初めて見る魔法の作り方を見て興味津々で見つめる。

「本当はこういうのは、夜魔一族が得意なんだけども。僕が作ろうとするとテンプレートがないから、こうして一から術式を色々組み込まないとならなくて、ちょっと面倒臭いんだよね。……けど、夜魔一族は旧魔大公派の者も多くて」

 夜魔一族やら旧魔大公派やらとよくわからない言葉が出るが、そういう夢の扱いの魔法を得意としている魔族がいるようだが、どうもラリマールとは相いれないらしいのはわかった。何だか面倒臭い話になりそうだったので、あえて聞き流してそれ以上その話は広げないことにした。

 しばらく複雑怪奇な文様を描き続けて、最後に縦横に指をなぞって、その文様を手のひらに吸収させてから、ラリマールはできあがり、と一言。
 ラリマールは、上半身を起こしていたヴィクターを横たわらせると、ヴィクターの額に手を当てた。
 すぐに瞼が重くなり、目を閉じる瞬間に天井が二重三重に見えて以降、そのまま意識が朦朧としてきた。

「君の夢の中だから、君の希望は百パー取り入れるよ。どんな女性がいいかな。髪の色は? 長さは? 瞳の色、肌の色、全て君の理想の女性がそこに登場する。君だけの女性だよ」
「…………」

 夢うつつ状態のヴィクターが、やや緩慢な口の動きでゆっくりとラリマールに応え始める。

 プラチナブロンド。
 アメジスト色の大きな瞳。
 白い肌に少し厚めの艶光る唇。
 豊かな胸と細腰、丸い尻に長い手足。

 ラリマールはそれらの特徴を彷彿とさせる人物をありありと思い浮かべることが出来た。催眠に入り夢うつつ状態の心はそれはそれは素直に望みを言う。ヴィクターの思い浮かべる理想の女性像はアビゲイルそのものであることに、今後ヴィクターの妻になる女性は大変だと、ラリマールは苦笑する。
 しかし所詮は夢の中。夢の中に禁忌は存在しない。
 ヴィクターの性格上、目覚めたあとに起こるであろうと予想される強烈な罪悪感から心を守るため、見た夢を全て忘れてしまう術式を組み込んだ魔法であるから、夢の中では我慢をしなくてもいい。
 ラリマールはそう苦笑しながら、ヴィクターの希望を全て魔法の中に取り込むと、本格的にヴィクターをめくるめく淫靡な夢の世界へといざなう呪文を唱え始めた。
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