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男はくだらぬことに闘争心が湧いたりする5
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抑々、客を入れなかったらアドレス帳に入っているのは両親と兄弟、佑さんくらいでほんとに使い道がない。
携帯に繋がらなかったらこの店に電話してくるし大抵僕は此処にいるから、携帯なんてはっきり言って不必要な代物だ。たまに出かけた時にあればいいだけだから、携帯の重要度だけでなく執着する意味もよくわからない。
目玉焼きの白身を口に入れて咀嚼しながら、携帯に手を伸ばすとなんとか指先に触れて手繰り寄せる。
着信のランプが付いていた。
「あ、マリちゃんから。みんなで食べられるようにケーキたくさん焼いて行きますね、だって」
「みんなって、どの範囲だ。客に出せってことかよ」
「さあ? わかんないけど素人が一人で焼ける量なんて知れてるでしょ。僕らと、あとカウンターに置いて食べたいって人に提供すればいいんじゃない?」
ああ、そうだ。
誕生日だからと何人か呼んでおけば、食べる面子も増えるだろう。
そう思いついて、アドレス帳から声をかけられそうな客を探す。
本当はマリちゃんが二人で食べたいと思っていたケーキかもしれない。
僕が『店で待ってる』と言ったから、渋々皆の分もと考えてくれたのかもしれない。
けど僕にはこういう対応しかできないから、お店に来てくれた時はせめてできるだけ優しく話を聞いてあげよう。
少し心の中で懺悔をしながら、画面をスクロールする。
はっきり言って、携帯番号を教えている客なんてしつこく聞いてきて仕方なく教えた、少々面倒くさい客ばかりなのだが。
こういう時にお願いすれば確実に来てくれる、貴重なお客様ともいえる。
って、これじゃほんとにホストだな……佑さんが良い顔しないのも当然か、と少しばかり反省した。
携帯を弄りながらもなんとか朝食を腹におさめて、温くなった珈琲を飲んでいると今度は鎮痛剤のシートが目の前に置かれた。
「飲んで時間まで寝てろよ。キツかったら休んでいいぞ」
この人は僕の母親だろうか。
とたまに思う時がある。
実在の母親よりもよほど甲斐甲斐しいと思うのは気のせいじゃない。
「いいよ、別になんともない」
と言いつつ薬だけは受け取ると、水の入ったデキャンタとその傍らに伏せてあったグラスを手に取った。
薬だけ飲んで後はいつもの流れ。
店内の掃除を簡単に済ませて時間までは好きに過ごし、夕方六時には店を開ける。
ぴたりと身体に添うチューブトップを身につけてから、きっちりとアイロンをかけた白のワイシャツを着て黒のスラックスを履く。
ネクタイも黒。
上半身がベストになった黒いカマーエプロンを付けて腰で結び、準備完了。
店に入ると、佑さんはカウンターの換気扇の下で煙草を吸って待っている。
週の中日、夕方早々から客がくるとは思えないけれど。
「開けてくるね」
「おお、頼むわ」
少し大仰なデザインの扉を開くと表のプレートをOPENにひっくり返し、外の大通りに繋がる階段を上がる。
店の電飾看板のコンセントを差し込むと、まだ薄闇程度の明るさの中でbarプレジスの文字が頭上で点灯した。
「慎さんっ」
高めの女の声が聞こえて、ヒールの音が小刻みに近寄ってきた。
振り向くと、そこにはよく知っている客の女の子が居た。
早々客なんて来ないだろ、という僕の予測は外れたらしい。
「いらっしゃい、マリちゃん。ラインごめんね? 返信遅くなっちゃって。週末に来るんじゃなかったの?」
多分、僕の返信が素っ気ないから気になって来たんだろう。
少し唇を尖らせた、拗ねた表情の彼女は俯いてこちらを睨みあげる。
「そうよ、週末も来るけど、今日も来たの。いいでしょ別に」
「勿論、嬉しいけど」
ありがとう、と言って手を差し伸べると、嬉しそうに重ねてくる姿は本当に可愛らしい。
だから僕は、ちょっと厄介かなと思ってもできる限り店にいる間は優しく接するし、幸せな気分でお酒に酔ってもらえるよう心がける。
女の子は皆、優しく、大事にされるべき存在だと思うから。
携帯に繋がらなかったらこの店に電話してくるし大抵僕は此処にいるから、携帯なんてはっきり言って不必要な代物だ。たまに出かけた時にあればいいだけだから、携帯の重要度だけでなく執着する意味もよくわからない。
目玉焼きの白身を口に入れて咀嚼しながら、携帯に手を伸ばすとなんとか指先に触れて手繰り寄せる。
着信のランプが付いていた。
「あ、マリちゃんから。みんなで食べられるようにケーキたくさん焼いて行きますね、だって」
「みんなって、どの範囲だ。客に出せってことかよ」
「さあ? わかんないけど素人が一人で焼ける量なんて知れてるでしょ。僕らと、あとカウンターに置いて食べたいって人に提供すればいいんじゃない?」
ああ、そうだ。
誕生日だからと何人か呼んでおけば、食べる面子も増えるだろう。
そう思いついて、アドレス帳から声をかけられそうな客を探す。
本当はマリちゃんが二人で食べたいと思っていたケーキかもしれない。
僕が『店で待ってる』と言ったから、渋々皆の分もと考えてくれたのかもしれない。
けど僕にはこういう対応しかできないから、お店に来てくれた時はせめてできるだけ優しく話を聞いてあげよう。
少し心の中で懺悔をしながら、画面をスクロールする。
はっきり言って、携帯番号を教えている客なんてしつこく聞いてきて仕方なく教えた、少々面倒くさい客ばかりなのだが。
こういう時にお願いすれば確実に来てくれる、貴重なお客様ともいえる。
って、これじゃほんとにホストだな……佑さんが良い顔しないのも当然か、と少しばかり反省した。
携帯を弄りながらもなんとか朝食を腹におさめて、温くなった珈琲を飲んでいると今度は鎮痛剤のシートが目の前に置かれた。
「飲んで時間まで寝てろよ。キツかったら休んでいいぞ」
この人は僕の母親だろうか。
とたまに思う時がある。
実在の母親よりもよほど甲斐甲斐しいと思うのは気のせいじゃない。
「いいよ、別になんともない」
と言いつつ薬だけは受け取ると、水の入ったデキャンタとその傍らに伏せてあったグラスを手に取った。
薬だけ飲んで後はいつもの流れ。
店内の掃除を簡単に済ませて時間までは好きに過ごし、夕方六時には店を開ける。
ぴたりと身体に添うチューブトップを身につけてから、きっちりとアイロンをかけた白のワイシャツを着て黒のスラックスを履く。
ネクタイも黒。
上半身がベストになった黒いカマーエプロンを付けて腰で結び、準備完了。
店に入ると、佑さんはカウンターの換気扇の下で煙草を吸って待っている。
週の中日、夕方早々から客がくるとは思えないけれど。
「開けてくるね」
「おお、頼むわ」
少し大仰なデザインの扉を開くと表のプレートをOPENにひっくり返し、外の大通りに繋がる階段を上がる。
店の電飾看板のコンセントを差し込むと、まだ薄闇程度の明るさの中でbarプレジスの文字が頭上で点灯した。
「慎さんっ」
高めの女の声が聞こえて、ヒールの音が小刻みに近寄ってきた。
振り向くと、そこにはよく知っている客の女の子が居た。
早々客なんて来ないだろ、という僕の予測は外れたらしい。
「いらっしゃい、マリちゃん。ラインごめんね? 返信遅くなっちゃって。週末に来るんじゃなかったの?」
多分、僕の返信が素っ気ないから気になって来たんだろう。
少し唇を尖らせた、拗ねた表情の彼女は俯いてこちらを睨みあげる。
「そうよ、週末も来るけど、今日も来たの。いいでしょ別に」
「勿論、嬉しいけど」
ありがとう、と言って手を差し伸べると、嬉しそうに重ねてくる姿は本当に可愛らしい。
だから僕は、ちょっと厄介かなと思ってもできる限り店にいる間は優しく接するし、幸せな気分でお酒に酔ってもらえるよう心がける。
女の子は皆、優しく、大事にされるべき存在だと思うから。
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