優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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月と太陽2

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小さく肩を竦めて俯く。
此処までの会話で、なんと乗りの悪いことだろうと自覚はあるが。事実、あまり外に出たことがないのでどこで何をすればいいのかわからないのだ。

こんな相手と出掛けてもつまらないだろうに、と心底そう思う。
だけど、陽介さんは少し思案した後。


「わかりました。とりあえず、行きましょう」


と、いきなり僕の手を掴んだ。


「ちょっ! 手! やめてください!」
「いいじゃないですかデートなんだし」
「違います!」


ってか、男同士で手を繋いで歩いたらどんだけ好奇の目に晒されると思ってんだ。
しかしどれだけ抗議しても「騒いだら余計目立ちますよ」と言われ結局店に入る直前まで、その手は離してもらえなかった。


――――――――――――――――――――――
――――――――――――――


カキン!
と小気味よい音がするときもあれば、大きく空を切るだけの時もある。
バットに当たるのは、二分の一くらいの確率だろうか?
多分余り上手くない……んじゃないだろうか。


「よく来るんですか?」
「いや、全然。かなり久しぶりで」
「でしょうね……」


ブランチの後に彼が連れて来てくれたのは、住宅街の少し辺鄙な場所にある、古びたバッティングセンターだった。


「ひでー。下手くそって言いたいんですか」


僕は少し離れた場所にある丸椅子で、大人しく彼のバッティングを見ていたのだが、つい口を挟んでしまった。


「上手くはないですよね。意外でした」
「何がですか」


彼がバットを振るのを休んだので、ボールがバスッとネットにあてがってあるクッションに当たって落ちる。


「スポーツとか得意そうに見えました。学生時代は何かやってたんじゃないんですか?」
「バスケをずっと」
「ああ……デカいですもんね」


納得して彼の上背を眺める。
彼くらいの背丈があればバスケットでも有利だったんじゃなかろうか、とそう思ったのだが。


「全然っすよ。高校、大学に入ったらもっとデカい奴がたくさんいて、俺なんか埋もれてましたよ」
「埋もれる……陽介さんが?」


どこ歩いてても頭一つどころか肩から飛び出そうな、陽介さんが?


「大学まで結構真剣にやってたんすけど、たいして強くもなれないまま実業団にも入れず、結局しがないサラリーマンです」


ぶんっ!
と、また力強く空振りをして、彼がバットの先を床に付け、くしゃっと嬉しそうな顔を向けた。


「……なんですか」
「俺のこと聞いてくれたのが嬉しくて。ちょっとは興味持ってくれました?」
「別に、普通です」


ふっつうの、知人に対して持つのと同じ程度の興味です。
と相変わらず可愛げのない僕の態度を特に気にする様子もなく、突如彼が近づいて来る。


「なんですか」
「慎さんも、ちょっとやってみてくださいよ」

「はっ?!」
「ここ立って立って」


ぐんっと腕を引っ張られて、拍子にそのまま立ち上がってしまう。
そして無理やりバッターボックスに立たされて、すぐにバスッ!と音を立ててボールが飛んできた。


お……思ったより、早い!


間近で見たボールの速さに、つい腰が引けた。


「ちょっ、無理無理無理、やったことないって!」
「ほんとに? 授業とかでやらなかったっすか」


その程度なら確かにやった気もするが、そんなの殆ど記憶にない。


「ほら、こうやって」


と、両手でバットを握らされて背後からデカい手が上から覆う。
近いわ!と抗議する間もなく、飛んできたボールめがけて誘導されるままバットを振った。
当然ながら綺麗に空振った、どころかタイミングすら全く合ってなかったけど。


「ちょっと! タイミングずれまくってるじゃないですか!」
「あははははホントだ。あ、ほらすぐ次来ますよ」


後ろからサポートされたままのスイングは、二度目も空振りだ。
当然だ、こんな不自然な体勢でふざけながらやったって当たるわけがない。

しかもなんか、密着しすぎて
身体が熱い。


「ちょっ、離れて! 気持ち悪い!」
「えー」


そうこうするうちに三球目が飛んできて、焦って振ったら今度はあきらかに早すぎた。


「もう離せ! 一人でやるから!」


ちぇー、とか言いながら離れていく男が、楽し気に笑っているのが気配で伝わる。
なんだかそれがムカつくので、絶対ホームランを打ってやると両足を改めて踏ん張って構え直した。

真正面の一番遠くに見える、当てたらホームランらしい若干傾いた的を睨んで。





「……慎さんって、何でも器用にこなすタイプだと思ってました」
「何が、言いたいんです……」
「結構、運動音痴ですね」


ベンチに座って肩で息をしながら、隣に座る陽介さんを横目で睨む。
僕のこういう視線にも大概慣れて来たらしい男は、少しも応えた様子もなく飽きもせず楽しそうに笑っている。

結局一球もまともに当てられなかった、人の滑稽な姿を見て何が可笑しいのか。
性格の悪いやつだ。


「あんなちっさいボールが飛んで来るんだぞ、そう簡単に当たるわけがない」
「そういうスポーツなんすけどね。空手してるんだから運動が嫌いってわけじゃないんですよね? あ、球技が苦手とかですか」

「…………ビリヤードなら得意です」
「おお、カッコイイ……ってあれ、球技ですか?」
「さあ」


漸く息が整って、顔を上げて改めて周囲を見渡した。
祝日だというのに、客が殆どいない。
出入り口付近にあったゲームセンターのようなスペースにも、かなり古臭く感じるものばかりだったから、余り人寄せなども気にしていないそういった店なのだろう。


……僕が、人の多い所は嫌だと言ったから。


恐らく、そうなんだろう。
同じバッティングセンターでも、繁華街の方に行けばもっと設備の整ったところはきっとある。
そう思うと、隣に座る存在がやけにくすぐったかった。


「そろそろ行きますか」


立ち上がって此方を見下ろす陽介さんを、つい見つめてしまう。
反応しない僕を不思議に思ったのか、首を傾げて手を差し伸べてくる。


「どうかしましたか?」
「……いえ」


それが余りに自然だったから、僕も自然に自分の手を重ねた。


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