優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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僕と、勝負してください2

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彼女がどうして男に成りすましてるのか。
その理由を推し量れば、何か「男」にトラウマでも抱えてるのかそれとも逆に「女」にトラウマがあるのか。

どちらにせよ、とても軽い事情だとは思えなくて簡単に此方からは踏み込めない。
何か怖い経験をしたのだろうか。
真っ先に思い浮かぶ可能性は多分誰しも同じだろう。

想像でしかないけれど、まさかと思う度に軋むほどに強く奥歯を噛みしめてしまう。


「そう簡単には、話せないんだろうなー……」
「何が」
「別に」


浩平に聞いたところで、答えがあるわけじゃなし、詳しくを話せるわけじゃなし。
仕事上がり、久々に浩平と飯でも行くかという話になって、会社を出たところだった。


「陽ちゃん! 浩平くん!」
「げ」


一番ややこしいのに、待ち伏せされていた。


「ちょっとお! 二人そろって顔顰めないでよ酷い!」


ぷんすか怒った顔で近づいてくる翔子は、もっと憔悴してるのかと思いきや案外元気そうだった。
なんだ、それほど心配することでもなかったかと、少し安心もしたが損した気分にもなる。


「そうだ、此間お前、翔子ちゃんからの電話俺に丸投げしやがったな」
「悪い。デート中だったから」

「それだよ。相手誰だったんだよ、お前の好きな人って誰だってめちゃくちゃ問い詰められたんだぞ俺」
「慎さんに決まってるだろ」

「もう無視しないでよ! 陽ちゃんの好きな人? まことさんって言うんだ!」


翔子の横を浩平と二人素通りしたが、しつこく後をついてきた。
なんだかすげー、嫌な予感がする。


「お前、マジであのひとと付き合うの?」
「付き合うよ、絶対なんとかする」


断言すると、浩平が呆れた顔で絶句した。


「やっぱ、浩平くん知ってるんじゃない! 誰々? 会社の子?」
「っつか、お前、俺のことに首突っ込むより真田さんと仲直りしろよ!」

「したよー、陽ちゃんに言われた次の日にちゃんと! えへへ」
「だったらデートでもして来い」


翔子の恋愛観は、若干一般からはずれている。
友達として楽しい奴だったし、人の陰口悪口は絶対言わない裏表のないところが好きだった。

反面、かなり自由奔放なところがあり、それに気づいたのは付き合ってからだ。
人を悪く言わないイコール、他人にも自分にも、どこまでもおおらかな人間だった。


「今日は接待でいないんだもん。ねえねえ、どっか飲みに行かない?」
「行かない。浩平、悪い。今日無しにしよう」

「あー……わかった」


このまま浩平と飲みに行ったのでは、絶対、もれなく翔子がついて来る。
浩平もそれは理解してくれたのか、そのことには頷いてくれたのだが。


「悪い、ソレ頼むな」
「は⁉」

「絶対バラすなよ!」
「ちょっ! ソレとか酷くない⁉」


キィー!という翔子の金切り声と重なって、浩平の「ふざけんなよ!」という声も背中で聞きながら、全速力で逃げ出した。

仕方ない、これは仕方ない。
あいつ、言い出したら本当に聞かねーんだから。




浩平と二人居酒屋のつもりだったのを、急遽駅前の牛丼屋でひとり掻っ込んで、すぐに慎さんの元へ向かった。
翔子の勢いに負けて、浩平が連れて来てしまう可能性も少なからずあるからだ。


「いらっしゃいませ」
「こんばんは」


店内には既に二人来客があり、カウンターの両端が埋まっている。
ちょうどど真ん中のスツールに決めて座ると、すぐに慎さんがオシボリを差し出してきた。


「いつもより少し早くないですか?」
「そうっすか?」


そりゃ、万一のことを考えて大急ぎで食ったもんですから。
翔子に待ち伏せされて浩平を生贄に撒いて来たことは、言わなかった。
浩平には改めて酒でも奢って許してもらおう。



二時間ほど経った頃だ。


「陽介さん、こんなに頻繁に飲みにきていて大丈夫なんですか」
「懐具合のことっすか? だったら問題ないです」


ちょくちょく佑さんがまけてくれてるので、それがかなりありがたい。
元々外食が多かったし、そこを少し節約すればなんとかなる程度のことだった。
だけど、慎さんの言いたいのはどうやら懐具合のことではなかったらしい。


「まあ、それもありますけど。貴方、毎回結構飲むから」
「あ……もしかして。身体の心配をしてくれてますか」


そう尋ね返すと、「まあ、倒れられても困りますし」と照れ隠しにいつもの仏頂面を浮かべて頷く。


「あざっす。最近ここ以外では抑えてるんで大丈夫ですよ」


ああ、客が居なかったら手を握りたいとこだ。
ほんと可愛い。

と、一人悶絶しそうになっていた時、賑やかな声が店に飛び込んで来た。


「あっ! 陽ちゃん見つけたぁ!」


来た……。


振り向かなくても当然わかる。
声と呼び方で、きっと慎さんにもわかっただろう。
恐る恐る見上げると、接客スマイルを浮かべてはいるけれどまるでお面を被ったかのように、固い。


「陽ちゃんも来るんだったら私も連れて来てくれたらよかったじゃない」
「それが嫌だから浩平に頼んだんだろ……」


ヒールの音を鳴らしながら近づいた翔子は、俺のスツールの横を陣取る。
俺は反対側から振り向くと、翔子の後から近づいてきた浩平を恨めしく睨んだ。


「浩平……」
「んなこと言ったって、言い出したら聞かないのお前が一番知ってるだろ」


うんざりした顔で、浩平は翔子を挟む形でカウンターに付く。
接客スマイルを一切崩さずに、慎さんはそれぞれに会釈した。


「いらっしゃいませ、浩平さん。今日は素敵な女性をお連れなんですね」
「初めまして。陽ちゃんがよく来る店だって聞いて、連れて来てもらったんです」





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