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【陽介さんは怖くない】絶賛アピール実施中5
しおりを挟む時間を確認して、すぐに悟る。
「だめだ、走っても間に合わねっす……あのOLさんがまだ居るから、てっきりまだ時間あるもんだと……」
「あの方は家が近くなので、終電も関係ないんです」
まあ、でもそれならそれで、始発までここに居座る理由が出来た、と俺は逆に喜んでいたくらいなんだけど。
慎さんは、怖い顔をして数秒黙り込み。
「……暫く、待っててください」
と言い残して、ふいっとカウンターの奥の慎さんの部屋の方へ一度消えてしまう。
やべ、いよいよ本気で怒らせたかもと気が気じゃなくて、すぐに戻って来た慎さんに話しかけようとしたけれど、彼女はそのままOLさんの方へ行ってしまった。
それから数分程、変わらず話をしていた様子だったが、女性が席を立って化粧室に向かった時だった。
「陽介さん」
とカウンターの中から手招きをされた。
「え、なんすか」
「こっち。今なら、誰も見てないですから」
カウンターの中へ入るように促され、近寄ると手を引っ張られて、前にも一度だけ入ったことのある扉の奥へと押し込まれる。
「あの、慎さん?」
「一度入ったから知ってるでしょう? あのお客さんは多分、朝方まで帰らないのでまだ長くなります。スエットも出してあるし、ベッド使ってもらっていいです」
言われたことを把握するのに、一瞬時間がかかってしまった。
が、つまり。ベッドを使っていいから休んでいろ、ということらしい。
休めるか!
余計興奮するわ!
じゃ、なくて!
そりゃ、どうせ休みだし朝までいたら慎さんと一緒に居られる、とか考えてはいたけれど。
「いや、大丈夫っすよ。慎さんまだ仕事してるのに」
「僕は貴方が仕事してる時に寝てるんですちゃんと!」
どん、と胸を突かれて迫力負けしてしまう。
その一瞬で下から睨みあげられて、また言葉を飲み込む羽目になる。
「さっきから貴方が何か申し訳なさげなのは伝わってますが、僕はバーテンダーだし貴方の元カノが来たところでちゃんといつもどおり接客するだけのことです、貴方が気に病むことではありません、それと」
それと。
とそこで、一旦言葉を区切り、彼女は目線を落とすと眉間に皺を寄せたまま、少し頬を染めた。
「……心配してるんですこれでも。伝わりませんか」
「え……」
「少し、隈が出来てるし。この前は、僕のせいで無茶な酔わせ方をしたし、心配してはいけませんか」
いけないことなんてありません。
めちゃくちゃ嬉しいし、そんな風に照れながら言われると、今すぐ抱きしめたくなって困る。
うず、と手が動きそうになった時、また慎さんの目がぎろっと上向いた。
けどやっぱり顔は赤いままで、怖いというより別の意味で心臓を直撃する。
「…………馬鹿」
そんな顔でそんな捨て台詞を言われ、バタンと目の前を扉で遮断される。
その可愛さに、その場で一人悶絶した。
反則。
今の「馬鹿」は反則。
可愛げのない態度で通してくれなくちゃ!
ああ、でもダメだ何しても可愛い!
悶えながら壁を伝って奥の部屋に入り、そして今度は途方に暮れる。
あの日は、浴室を借りただけだったからあんまり見ないようにしていたけれど。
広めのワンルーム、奥にはしっかりベッドもある。
そしてなんか、すげーいい匂いがする。ような、気がする。
どうしたものかと入り口で立ち尽くして、先ほども思ったことをもう一度、脳内で叫んだ。
休めるかぁ!
余計に興奮してきたわ!
その後、折角出してくれたのだからと以前にも借りたスエットに一応着替えてはみたものの。
自分に言い聞かせるべく、「陽介さんは怖くない、陽介さんは怖くない」と唱え続けたのは言うまでもない。
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