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第十三話 訓練

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「ねぇ! なんでこんな所で寝転がってるの!? さぁ、起きなよ! これって、せっかくお兄ちゃんが用意してくれた君のための訓練なんだよ!?」

 うつ伏せに押し倒されたまま動けずにいるバンプに、エリザが声をかける。
 どうやら体力も尽き、動く気力も尽き果てたようだ。
 そんなバンプを、エリザは無造作に片手で引き起こした。

「ねぇ。聞いてる? おーい!」
「え……エリザ……様?」
「ほら! 頑張って! ミスリルウルフの一匹や十匹くらい倒せなくてどうするの? というか、君……この前入ったばかりの人だね? 入ったばかりでお兄ちゃんに訓練してもらえるなんて、羨ましい!!」
「え……? あ、あの……?」

 笑顔で無茶を言うエリザにバンプは困惑した。
 知っているエリザとは口調もテンションも全然違う。
 年齢を超越したような厳格さは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
 
 ――訓練? もう少しで死ぬところだったアレが訓練?

 バンプにとってエリザは崇拝の対象。
 エリザが白といえば、どんな色だろうが白と答えるくらいの気持ちがある。
 意識が朦朧とした中、バンプは目の前に突然現れたエリザの言葉の意味を理解しようと必死に頭を使う。
 今までのアークの言動が全てバンプの訓練を目的としたら……無茶振りも甚だしい。
 魔物の群れとの戦闘も、一度敵前逃走に甘んじたシルバーウルフとの一戦もなんとか理解できる。
 確かに今まで経験したことのない複数の敵を相手にした戦闘は、バンプにとって貴重な体験だったかもしれない。
 シルバーウルフを相手に、自分に合った戦闘スタイルとは何かを思い知らされたのも、悔しいが認めざるを得ない。
 今思えば、あのままエリザへの憧れだけで自分の長所を殺した戦闘スタイルを続けていたら、中途半端な実力にしか至れなかったかもしれない。
 マリーと二人でようやく倒せた相手だが、それも計算済みだとしたら、どれだけギリギリを攻めた訓練だというのだろうか。
 だとしても、ミスリルウルフたちは絶対に敵うイメージが湧かない。
 こんなの訓練ではなく、殺人行為だ。
 バンプが答えられずにいると、マリーが素直な気持ちを代弁した。

「あの……エリザ様。マリーと申します。訓練と言われましても、私たちにあの魔物を対処するのは無理です……」
「無理? 無理なんてものは、無理だって思うから無理なんだよ! 今乗り越えられなくても、死ぬ気で頑張ったらいつか乗り越えられる日が来るんだから! そのための訓練でしょ? さぁ、頑張ろう!」
「え……いや……あの……」

 エリザの勢いにマリーも返答に窮してしまう。
 今乗り越えられないのだとしたら、待っているのは死そのもので、気持ちの問題ではない気がするが、口答えを許さぬ凄みがあった。

『ウォオオオオオオン!!』

 一向に相手にされずに痺れを切らしたのか、ミスリルウルフの発声を合図に、シルバーウルフ三匹が一斉に駆け出した。
 狙うはエリザだ。

「あー! もう! 今話してる途中なのに! いい? シルバーウルフなんていくらでも相手のしようがあるでしょう!?」

 エリザはバンプをその場に置き去りにして、シルバーウルフに向かって走り出す。

「噛み付きなんて、躱したっていい! 受け止めたっていい! 投げ飛ばしたっていいの!!」

 三匹が絶妙なタイミングで連携した噛み付きを狙ったところ、エリザは一匹目を難なく躱し、二匹目を剣で受け止め、最後の一匹は空いている手で頭を掴んで地面に叩き付けた。
 グシャリと音がして、シルバーウルフの頭が潰れる。
 たった一度のやり取りで、実力の差を思い知らされたのか、残った二匹はエリザから距離を取る。

「攻撃は切ってもいいし、突いてもいい! どう? 簡単でしょ!!」

 エリザは爆発的な瞬発力でシルバーウルフとの距離を一瞬で詰め、勢いを殺さぬままその首を一太刀で切り落とす。
 着地と同時にもう一匹へと横飛びに移動し、剣を眉間に突き刺した。

「す、凄い……」

 マリーは思わず呟く。
 まさに瞬く間に出来事だった。
 マリーとバンプ二人であれだけ苦戦したシルバーウルフを、三匹とも一瞬で倒してしまった。
 甲冑を脱いだ後のバンプすら足元に及ばない機動力と、三匹とも一撃で沈める膂力。
 そもそもシルバーウルフの攻撃を片手で受け止めたまま、もう片方の手で掴んで叩き殺すなんて芸当、誰が真似できるのだろうか。

「あ……ミスリルウルフ。逃げちゃうよ?」

 間の抜けたアークの声が届く。
 ボスであるミスリルウルフは、シルバーウルフの敗戦の仇を討つのではなく、逃走を選んだようだ。
 元々ミスリルウルフはエリザから離れた距離に立っていた。
 いくらエリザが素早いとはいえ、本気で逃げるミスリルウルフを今から追って追いつけるだろうか。
 それとも諦めて逃すのだろうか。
 どこまで逃げるか分からないが、廃坑内に魔鉱石の鉱床が存在する以上、いつかは駆除しなければいけない対象だ。
 マリーがそう思っていたら、エリザの行動はその斜め上をいった。

「遠くにいる敵には。投げたっていい!!」

 いつの間に拾ったのか、それとも元々持っていたのか。
 エリザは左手に剣を持ち替え、右手に持っていた石を勢いよく投げつけていた。
 ほぼ直線的に向かって行った石は、ミスリルウルフの後頭部にぶつかった瞬間、爆ぜた。
 衝撃に石自体が耐えられなかったのだ。
 一方のミスリルウルフの頭も、石と同じ運命を辿った。
 エリザはバンプの元へとゆっくり戻り、変わらぬ笑顔で話しかける。

「と、いうことで! 分かった!?」
「あ、はい」

 バンプは、ただひたすら頷くしかなく、同時にエリザに追い付くのは無理かもしれないと思ってしまった。
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