【完結】五年苦しんだの、次は貴方の番です。~王太子妃は許す気はありません~

なか

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19話

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「来てもらって悪いけれど、私は貴方と話すことなんてありません」

 ロザリンの生家、テルモンド公爵家に着いて早々。
 彼女は対面した私に対して、さも被害者かのように涙で瞳を潤ませて呟いた。

「私とエリクの醜聞を広めて……本当に酷い人ね」

「……どいてください。貴方と話をしたい訳ではないの」

 今さら被害者面で、厚顔無恥なロザリンの相手などしていられない。
 私を睨む彼女を尻目に、使用人に案内されるまま応接室へ向かう。
 そこで待つのはロザリンの父、テルモンド公爵だ。

「よ、ようこそお越しくださいました。フィリア妃……い、以前の話はなにも事情を知りませんでしたから。失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」

 謝罪の言葉と共に、殊勝な態度で私へと応対するテルモンド公爵。
 彼に問いかけたいのは、この屋敷で雇われているという私に『子が出来ない』と偽りの診断をした医師についてだ。
 しかしテルモンド公爵はこちらが問いかける前に口を開いた。

「その……失礼ながら、こちらでも色々と事情を調べさせていただきました」

「調べたとは?」

「貴方に誤った診断が五年前に伝えられていた事実です。その件に我が公爵家の医師が関わっているとも……まぁ、その医師本人が騒動の大きさの焦りと自責の念から、自白があったおかげですが……」

 その情報をすでにテルモンド公爵が知っているとは思わなかった。
 医師が自白したとはいえ、腐っても公爵家という事か。

「それを知っているならば話は早いですね。その医師の身柄をこちらへ渡してくれますか?」

「も、もちろんです。ただ……こちらにも譲歩していただきたい事があります」

「譲歩とは?」

「貴方を貶めた事、これはまさしく王家の罪であり、我が娘にかけられた不義の嫌疑などゆうに超えるものです」

 なにを要求する気なのか、手に取るように分かった。
 その上で無言のまま、テルモンド公爵の口上を待つ。

「ゆえに罪を咎めるのは王家のみとして……我が娘、ロザリンの不義は見逃していただきたい」

「お、お父様……どうして、認めて」

 傍らに立っていたロザリンが叫ぶが、どうやら不義を認めないように伝えていたのだろう。
 しかしテルモンド公爵が諌めるような睨みを向ける。

「黙っていなさい、ロザリン。どうせ不義の件は言い訳もできん。なら交渉するしかあるまい」

「……お父様」

「フィリア妃、娘の度重なる無礼。加えて以前の私自身の無礼も合わせて謝罪をさせてほしい」

 再び頭を下げたテルモンド公爵は、こちらを見て言葉を続けた。

「その上で、フィリア妃が望む医師の身柄を引き渡す代わりに……我が娘の不義を不問としてほしい。我が公爵家の評価を落とす訳にはいかんのです」

「こちらに受け入れる理由はない」

「でしたら……その場合、私の合図で直ぐに医師をこの屋敷から逃亡させる手筈を整えております」
 
 一気に場の空気が張り詰めて、私は自分自身の瞳が鋭くなるのを感じる。
 心に宿る怒りを嘲笑するようにして、テルモンド公爵は頬を余裕げに歪めた。

「フィリア妃、貴方があの医師の身柄を最も欲しているのはこちらも把握しております。ここで逃せば貴方の痛手は大きいはずだ」

「……」

「だからこれはね、対等な交換条件なのですよ。これぐらいはフィリア妃にも、ご理解いただけますよね?」

「対等な、交換条件ですか……貴方の娘が犯した罪を不問とする事が、対等なものだと?」

「ご理解いただきたい。フィリア妃。賢明な判断はできましょう?」

 最初の殊勝な態度から、いまや一変しているようにも思えるが……
 この態度の変化も含めて、テルモンド公爵の交渉術なのかもしれない。

「お時間はそうありません。賢明なフィリア妃ならば、どうすべきかは分かるはず。よもやこの優良な交渉を蹴るような事はしませんよね?」

 時間で区切って判断を迫り、加えてこの決断こそが最良だと言い切るやり方。
 そこらの令嬢では判断に迷い、あっさりと了承してしまうだろう。
 しかし安易に断れない、私にとってテルモンド公爵が抱えている医師の存在は大きい。
 身柄を逃せば……エリク達の大罪を明るみにできないのだから。
   
「分かっておりますよ、フィリア妃。貴方にとってあの医師の存在がどれだけ大きいか」

 テルモンド公爵の意図を、ようやく娘のロザリンも汲み取ったのだろう。
 途端に勝ち誇った笑みを浮かべて、私の隣へと歩いてきた。

「お父様の言う通りにして、フィリアさん」

「こらこらロザリン、あまりフィリア妃を困らせるな。優秀な王太子妃ならば、どう判断すべきかは分かっておられるはずだ。断るなんて馬鹿な真似はするまい」

 不愉快だが、医師を逃してしまえばこちらは大きな痛手となる。
 相手が出している条件は、不遜な態度を取ってしまえる程に大きな交渉材料だ。

「さぁ、フィリア妃。話し合いはもう終わりましょう。こちらの条件を呑んでいただけますね」

 問いかけに答える前に、私はリューグを見つめる。
 彼は応接室の窓へと視線を向けてから小さく頷いた。
 予想通り、上手くいっている事を確認できた。

「……分かりました、テルモンド公爵。話し合いは終わりましょう」

 私の答えに、テルモンド公爵がホッと安堵したように息を吐く。
 ロザリンも自らの不義が不問となると分かり、安心したような表情を浮かべた。

「流石はフィリア妃、心よく受け入れてくださり感謝いたしますよ。賢明な判断で、ご立派です」

 どうやら私の返答を勘違いしているようね。

「ではテルモンド公爵、この条件はお断りさせていただきます」

「ははは、この交渉を正式な書面にて契約を……は?」

 断る。
 そうハッキリ告げた言葉に対して、テルモンド公爵は目を丸くする。
 ロザリンも驚いており、こちらを見つめていた。
 そんな二人に頬笑みで答える。

「だから、断ります。貴方の条件は呑まないし、ロザリンの不義だってしっかり罪に問います」

「な、なにを言って……あの医師の身柄を逃せば、そちらが困るはずで」

「ご安心を、窓の外をご覧になってください」

「は?」

 テルモンド公爵とロザリンが慌てて窓へと向かう。
 そして外の光景を見て絶句していた。
 当然だ。
 なにせ我がシルヴァン王家騎士が、すでに医師の身柄を捕らえているのだから。

「すでに医師の身柄は、我が祖国……シルヴァン王家騎士団が捕らえさせていただきました」

「な……」

「逃亡の恐れがあり、こういった条件を出してくる可能性を考慮するのは当たり前です。だから交渉中に秘密裏に医師の身柄を拘束するよう指示させて頂きました。そのための人員を父が手配してくれたので」

 今や驚きの表情のまま固まるテルモンド公爵、そしてロザリンの前に立つ。
 好き勝手に言って、優位に立っていると思ったようだけど。
 少し……我がシルヴァン王家を舐め過ぎだ。

「テルモンド公爵の言う通り、賢明な判断をさせていただきました。ご満足いただけましたか?」

 私が誰か一人でも逃がすはずがないでしょう?
 皆に然るべき報いを与える……それがシルヴァンの名を背負う私の務めなのだから。
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