【完結】ブルームーンを君に

水樹風

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Episode 7 **

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「本日の成果はいかがでしたか?」
「うん、まあまあかな。」

 僕が書斎からリビングへと出ると、徳永がタイミングをはかった様にコーヒーを淹れて待っていてくれた。

 僕は普段デイトレードで収入を得ている。御崎にいた時も、藤堂に嫁いだ今も、僕は金持ちの気まぐれで、いつ渡してきた金を返せと言われてもおかしくない境遇だった。
 ありがたいことに大学に行かせてもらって経済や経営を学べたから、僕は成人した後は渡される生活費に一切手を付けずに生活していた。

「僕も経済誌は読んでたのにな……。」

 テーブルの上の雑誌の何ページかを摘むと パラパラとそれを閉じる。
 僕の中の恭一さんは、目深に被った中折れ帽と花の香りの印象が強すぎて、写真で載っている『藤堂恭一』と結びつかなかったんだ。


 再会から一ヶ月以上が過ぎた。あれからSOSには弾きプレイに行っていない。そろそろ逃げるのをやめなきゃと思いながら、徳永と二人きりの生活はそれを許してくれているように心地良く、一日また一日と過ぎていっていた。
 僕はコーヒーを半分残し立ち上がると、部屋の隅に置いてあるピアノの前に立った。

「そろそろ悠様の音が恋しいですね。」

 徳永がコーヒーを片付けながら僕に言った。

「そう?ちょっと前までヒートだったしね。」

 もう十日程ピアノに音を出させていないことに気付き、僕はそこに座ると指に馴染む感触を確かめ始めた。

 今回のヒートは抑制剤を飲めると思っていたのに、徳永に小野田先生に許可をもらえなかったと言われて、また彼に助けてもらった。
 いつもなら3日程処理してもらってから弱めの抑制剤を飲んで終わらせるのに、今回は一週間ずっと彼に翻弄され続けた。
 ヒートが軽くなり理性が戻り始める後半も徳永の熱を感じ続けたせいで、僕は彼がカップを下げるたったそれだけの指の動きを見ただけで、あの快感を思い出し身体が疼くようになってしまっていた。

 ──なんて浅ましいんだろう……。

 こんなにも僕に尽くしてくれる彼に欲情しているだなんて…。しかも、心の中にはずっと恭一さんがいるのに……。

「卑しいオメガ…か…。」

 オメガは単なる性処理の道具。アルファの子を孕むためだけの存在。ヒートの度に蔑まれる存在だったのも昔のことだ。
 オメガ・アルファ両方の抑制剤の開発が進み、首輪カラーを着けるオメガはいなくなった。表面上は職業選択の自由も認められ、オメガアラームが広がってからは「オメガ保護法」も出来、僕達オメガの人権回復は急速に進んでいた。

 でも、オメガ自身が感じてしまう。抗いようのない衝動を死ぬまで身体に宿して、快楽を求めて乱れ続けてしまう、自分は卑しい存在だと。
 オメガでもこんなにも恵まれた環境で暮らしているのに卑屈になってしまう僕より、弓弦の方がずっと逞しい。自分の中のオメガを認め武器にして、自分の力だけで生き抜いてきたんだ。彼は僕とは相容れない存在だけど、僕に彼を否定することは出来なかった……。


「悠様?お顔が火照っていらっしゃいますよ。まだ、どこか具合でも?」

 一曲弾き終わった僕の頬に、徳永のひんやりとした手が触れる。僕は思わずそこに自分の手を重ね、彼の手のひらに口づけてしまった。

「まだヒートが抜けませんか?そんな潤んだ瞳でとろけた顔をなさって……。」

 徳永の余裕に溢れる整った顔が僕に近づく。キスされるのかと反射的に目を瞑った僕の耳元で、彼の吐息まじりに笑った声がした。

「そのお顔は、決して私以外の前ではお見せになりませんように。いいですか?」

 穏やかなのに有無を言わせないその声に、僕は熱にうなされたようにボーッと頷く。彼はそれに満足したように頬に置いていた手を僕の肩へと下ろし、鎖骨の辺りを焦らすように親指で撫で始めた。

「おかしいですね?確かにヒートは終わったはずなのに……。」

 そういう徳永の瞳が熱を帯びて見えるのは、僕がおかしいからだろうか?
 徳永は鍵盤の蓋を閉じると僕の身体を半回転させてピアノに押し付けた。

「徳永……?」

 どうしよう……なんで?なんでこんなに身体が熱いの?……まるでヒートみたいに。

「このお身体はいつからこんなに淫らになられたのですか?」

 そう言いながら跪いた徳永が、口で僕のズボンのファスナーを下ろした。
 こんなのダメだ。ダメって言わなきゃ……!そう頭の中で繰り返すだけで、身体をピアノに預け掴むように椅子に手を置く。彼に下着まで一気におろされると、僕の昂りは今までにないほどに熱を集めて反り上がっていた。
 徳永はそれを握りこむと、既に蜜をこぼし始めていた尖端のそこを人差し指でクニクニと捏ね始める。

「あっ、そんな……んんっ!」

 こんな理性の残っている状態で自分の声を聞きたくなくて、僕は自分の手首を咥えて耐えた。

「何故こんな風になられたのですか?……再会したあの男せい?」

 僕は違うと必死に首を横に振る。

「では何故?」

 徳永が溢れた蜜を昂りに塗付け、緩々とそこを扱きだす。ゆっくりと与えられる快感が焦れったくて、涙が滲む。

「悠様?」

 こんな優しい声なのに、どうしてゾクゾクと震えてくるの?

「あっ、ん……!徳永がっ!この前の徳永の指が……、ああっ、気持ちよかったからぁ。」
「ヒートの時を思い出されたのですか?」

 僕が乱れた息で必死に頷くと、彼は満足して妖艶に微笑む。

「そう、貴方の身体を知っているのは私だけなのですよ…。貴方の側にいるのは私だけです。今までも、これからも……。」

 忘れないで…。そう言うと荒々しく僕の熱を咥え込んでじゅぶじゅぶと口を上下させる。

「ひゃあぁぁんっ!あ、ダメっ!徳永、離してぇぇ!」

 僕は彼の頭に手をやって逃れようともがくけれど、徳永の手は力強く僕の太腿を押し広げて押さえ付け、腰から下が動かせなくて逃げ場がない。堪らない快感が頭まで突き上がる。

「お願い!あ、あぁっ!!出ちゃうからぁっ!」

 欲の全てを放ちそうになったとき、彼は呆気なく口を離した。

「えっ?何で!?」
「離して欲しかったのでしょう?」

 徳永は僕の蜜と自身の唾液に濡れた唇を親指で拭ってニッコリと笑う。絶頂の一歩手前で昂りを放置され辛くて身体が震えてきた。

「徳永ぁ……。」

 情けない声で縋る僕の手に、彼は僕自身の熱を握らせた。

「出していいのですよ、さぁ。」

 自慰をしろというの?徳永の目の前で!?
 とてつもない羞恥心に襲われたのは一瞬だった。自分の手の感触すら気持ち良くて堪らない。すぐに自分が与える快感に頭の中がとろけてグチャグチャになった。

「ん、ふぅんっ……、徳永、僕、上手?」

 うっとりと彼に問いかける。

「とてもお上手ですよ。」

 彼の甘美な微笑みが媚薬のように僕を追い立てる。気付けば僕は徳永の指を思い出し、自分で胸の小さな尖りをクニクニと捏ねていた。

「ふん……、あ、あんっ!気持ちいい、気持ちいいよぉ!」

 僕の蕾からはもう一つの蜜がタラタラと流れ出てくる。あぁ、僕はオメガだ……こんなにも乱れる……。

「さぁ、イって。」

 素直にその言葉に従って、一気に絶頂へと自分を虐めあげた。

「ひゃ、あぁぁんっ!!」

 何度か身体を波打たせるようにその欲を吐き出す。まだ絶頂の余韻が残る僕に徳永が覆い被さってきた。

「悠様、とても可愛らしかったですよ。」
「とく……なが?」
「今日はもう少し先に行ってみましょうね。」

 グチュンと長い指が何本も蕾を押し広げて突き入れられる。

「──っ!?あ、あぁーっ。待って、待って!」

 快感の支配が残る身体には恐ろしい程の刺激だった。徳永は容赦なく、僕の一番感じる場所を楽しみ続ける。

「あぁ、こんなにも胎内なかをうねらせて……。」

 喘ぎ声すら上手く出せない。僕の楔はタラタラと蜜を垂れ流し続け、口からは唾液が伝い落ちる。徳永は僕の顎でそれを舐め上げ、首筋から鎖骨へと味わうように舌を這わせる。

「先程は、ご自分で弄っていましたね。」

 ピンと痛いほどに硬くなった尖りをわざと避けて、彼の舌がクルクルと僕の胸で円を描いた。

 ──助けて、助けてっ!あぁ、気持ちいい……。

「貴方はずっと私の側にいて。私を側に置いて。」
「あ、あぁんっ!」
「そのためならなんだって……!」

 カリッと尖りに歯をたてられ、後孔の中で曲げられた指が快感のしこりを激しく攻め上げた。

「─────っ!!」

 痙攣したような絶頂がずっと頭を痺れさせ、目の前でチカチカと光りながら真っ白になる。
 僕はパチンとスイッチを切られるように意識を失っていた──。



 微かにチャイムの音がする。徳永と誰かが言い争っているような声がした。ガチャンとドアが閉まる音と共に静寂が訪れた。
 気付くと僕は自分のベッドに寝かされていた。まだ後ろに残る感触が、あれが夢じゃなかったと突き付けてくる。

「あぁ、ごめんなさい……、ごめんなさい……。」

 ヒートでもないのに、あんな風に徳永の前で淫らになってしまった。
 母さんは父さんを失ってあんな風に壊れてしまうくらい、一途に一人を愛した人だったのに。そんな愛情が僕に命を与えてくれたのに。

「母さんみたいになれなくて……、ごめんなさい……。」

 僕は自分の拳を噛むように、ベッドの中で声を殺して泣き続けた。
 来週からまたピアノを弾こう。恭一さんは僕の大切な想い出の人……。それだけで十分なんだ。あの人にこんな卑しい自分を知られたくない……。僕は貴文のオメガとして彼に会おう。


 たとえ恭一さんが、僕の運命の番だったとしても……。






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