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いざ! 魑魅魍魎が蠢く、ダンジョンへ!

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 マリーン……マリーン……マリーン……どこで聞いたんだ?

「あっ! パルディオス・マリーン! あいつだ!!」

 喉のつっかえが取れたような感覚を覚えたのも束の間の出来事。
 次第に、あのわがままで、どうしようもない勇者パルディオス・マリーンの顔が浮かんで来て、胸のあたりがムカムカとしだす。

 そうか、パルディオスは子爵の子供だったんだ。
通りでわがままな訳だ。

 そんな俺の前へ、緊急クエストの概要を見終えた三姉妹が戻ってくる。
3人とも、人波に揉まれてボロボロだった。

「探索場所は、竜の祠だってさ……コンは何か見えた?」

「これ成功型のクエストらしいな。つまり、報酬は例のパーティーを見つけたもん勝ち。シンはパーティーメンバーの内容とか見えた?」

「行方不明なのがリーダー1、他4名としか書いてなかった」

 普通は名前や特徴が書いてあるはずなんだけど……まぁ、でも、勇者とその一党がダンジョンで行方不明になっただなんて、おいそれと書けるもんじゃないよな。
最近、冒険者春秋の批判も物凄いし……

「確か1人リーダーの無事が2000万Gで、他メンバーが一人当たり800万Gだったから……やっぱり全員、無事生還で5200万G!? なにこの報酬額!?」

 キュウは報酬額を再計算して、改めて無茶苦茶驚いた。
 普通じゃ、こんな報酬額、詐欺が何かと思うだろう。
だけど依頼者は貴族で、更に大体的に緊急クエストとして張り出したんだから嘘や詐欺の類とは考えられない。

「5200万Gさえあれば、借金の目処が立つ……!」

「そうだけどさキュウ姉、場所が竜の祠なんだぜ?」

 コンの懸念は最もだ。
 竜の祠とある通り、そこには危険度SS、大災害級の魔物“ドラゴン"が生息している。

「でも、クエスト内容が竜の討伐じゃない! パーティーの救出だけ! シン達にもワンチャンある!」

 確かにシンの言う通りだ。
 そして多額の金が必要な三姉妹にとっては、これでもないチャンスではある。

「……盛り上がっているとこ悪いんだけど、このクエストは見送らないか?」

 水を刺すのは覚悟の上で、俺はそう言った。

「やっぱりそう思いますか……?」

 キュウは少し残念そうに聞き返して来た。

「ああ。幾ら紅等級に上がったとはいえ、今のキュウ達には早すぎると思うんだ」

「「「……」」」」

「気持ちが昂っているのはわかる。だけど、気持ちだけで動くのは危険だと考えている。本当にドラゴンなんかに出会っちまったら、それこそ大変だ。命あっての冒険者なわけだし」

 三姉妹は押し黙ったまま、何も言い返しては来なかった。

……これで良いんだ。これで。

俺たちは緊急クエストに沸く冒険者ギルドを、そっと出てゆく。

 無理をしちゃいけない。
 自分の力量をきちんと見定めなければならない。
 取り返しのつかないことになってからじゃ、何もかも遅いんだ。

 かつて自分の判断ミスで大事な仲間を失った、俺のようになっちゃいけないんだ。
そう思うだろ、シオン、サフト……


⚫️⚫️⚫️


「おはよう」

 あくる日の朝。
 いつも俺よりも先に起きて、仲良く朝食を摂っている筈のサク三姉妹の姿がなかった。
 机の上には、いつも置かれていない紙が一枚。

 はっきりと嫌な予感を覚えた俺は、その紙に飛びついた。


 トクザ先生へ

 昨日はご忠告ありがとうございました。
 ですが、私たち3人は例の緊急クエストを受注することに決めました。
これは私たち、三姉妹の総意です。叱られるのは覚悟の上です。
 借金返済のためという意味もありますが……私たちみたいな新人冒険者が、本当に紅等級に相応しいかどうか見極めたいからです。
我儘をお許しください。
危なくなったらすぐに引き返すことをお約束します。

 それでは気を付けながら行ってきます!

キュウ・サク/コン・サク/シン・サク


「馬鹿野郎……! まだ早いって言っただろうが!」

 背筋が凍りつくのと同時に、俺の胸がカッと熱くなる。
 俺は部屋へ戻る。
そして無我夢中で、タンスの中をひっくり返した。

 そして奥へしまい、厳重に封印していた刀剣を引っ張り出す。
 鞘を抜けば、鋼の刃がキラリと鋭い輝きを放つ。

「相変わらず、お前は血に飢えてるみたいだな……」

【湊村正丸(みなとむらまさまる)】は例え10年封印していようとも、その妖艶な輝きは失っていなかった。

 相棒を手にした瞬間、俺の心は冒険者訓練士から、数多の歴戦を経験した冒険者へと切り替わる。

 俺は手早くあらゆる装備を整える。
そして最後にもう二度とぶら下げまいと誓った、紫の認識表――最上位冒険者紫等級――を首へかけた。

現在の俺のLevelは193。
元が500近くだったから、相当落ちたな……まぁ、この10年まともに鍛錬なんてしてなかったから落ちるのも当然か。

 準備が整った俺は遮二無二駆け出し、三姉妹が入った竜の祠を目指して走り出す。
無理やりにでも竜の祠から、三姉妹を連れ戻すために。
彼女たちの無茶な行動が、かつての自分と被って見えてしまったからだ。


 俺の判断ミスでシオンとサフトを失い、もう10年……俺は紫等級冒険者ということを封じて、一介のトレーナーとしての人生を送っていた。
もはや冒険者のような自ら危険に身を晒し、一獲千金を狙う生活に嫌気がさしたからだった。

俺に冒険者のような分厚い人生は必要ない。紙切れのように薄い人生で十分。
そう思った筈だった。これからもそうあろうと誓っていた。


 しかし……ここ数ヶ月で俺の人生はまた分厚さを取り戻しつつあった。

 しっかり者のようで実はうっかりさんなところが可愛い長女のキュウ・サク。

 豪放磊落だけど、繊細なところもある愛らしいコン・サク。

 変わり者で、素直なところが魅力的なシン・サク。


 あの三姉妹と再会し、時間を重ねるごとに、俺の人生がまた厚みを取り戻したような気がした。
そして今度こそ、その厚みを失いたくはないと強く思うになっていた。

 例え杞憂だったとしても、あの子たちを失う可能性が1%でもあるのなら、
その可能性を潰したい。その一心で。

 だから俺は10年ぶりに、装備を整え走った。
 走って、走って、時々体力が落ちた自分にため息を吐きつつ……俺は迷うことなく、竜の祠へ体を滑り込ませた。

「GUE GUE!」

「邪魔だ!」

「GUE!?」

 祠へ入って早々、俺は刀剣を抜き、複数のゴブリンの首を同時に跳ねた。
 湊村正丸の相変わらずの切れ味の良さに手応えを覚えつつ、ダンジョンの奥へと駆け込んでゆく。

「邪魔だと言っている!」

「GUEEE――!!」

 湊村正丸が闇へ軌跡を描くたびに、魔物の首が飛び、道が切り開かれてゆく。
 俺は次々と現れる魔物を刀の錆に変えつつ、どんどん下層を目指して行く。

 ダンジョンの中はあちこちで報奨金に目がくらんだ、冒険者たちが戦闘を繰り広げている。

 この騒ぎはあまり良く無い状況だと思った。

 こんな大騒ぎをして竜が黙っているはずが無い。

 早く三姉妹の無事を連れ戻さなければ! 杞憂ならばそれでも構わない。
俺はただひたすらに三姉妹の姿を追い求めて、ダンジョンを突き進んで行く。

 しかし幾ら上層を探索して回っても、彼女達の姿は見つからなかった。

 まさか、もう既に下層へ? いや、紅等級に上がったばかりのあの子達がありえない。
ならば考えられることとしては……

 すると目の前に崩れた石橋が現れた。
 
「あっ! そこ危険ですよ! さっき、そこから女の子が3人落っこっちゃったんですよね」

「それは本当か!?」

 俺は親切に声をかけてくれた冒険者へ飛びついた

「落ちたのはもしや顔の似ている3人の女の子か!? 弓使い、戦士、魔法使いの一党だったか!?」

「は、はいぃ! た、たしか、そうだったような」

「くそっ、嫌な予感があたっちまったか……情報ありがとう!」

「あ、ちょっと、おっさん!?」

 俺は親切な冒険者へ金を握り渡し、崩れた石橋へ向かって行く。
橋の下に広がる暗闇からは冷たい風が吹き付けてきている。
相当な深さらしい。もしも、もあり得る。


――そして嫌な予感は、封じたはずの凄惨な記憶を無理やり思い出させる。


『兄貴、殺してくれよ……』

 不意にサフトの最期の言葉が蘇った。

『トクさん、殺して! もう私とサフトは……!』

 更に魔物に寄生され、自ら死を望むシオンの姿も……



……もう二度とあんなことになるのはごめんだ。

 そしてもしもこの先で、あの子達が助けを求めているならば!

 俺は迷わず、石橋を飛び降りた。
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