涅槃に行けない僧侶サマと極楽浄土で戯れを

ささゆき細雪

文字の大きさ
2 / 6

出会い

しおりを挟む



 姉に頼まれて出席したパーティーは、まさかの婚活パーティーだった。朝倉蒔名、二十七歳、事務員。偽りのネームプレートを首にかけて、立食形式の会場に牛のように放牧された真雛ははじめての現場を前に身動きがとれずにいる。

 そもそも結婚願望があるのは姉のマキナの方で、マヒナにその気はない。だが、マヒナがどうしても行きたいと思っていた美術展のペアチケットを渡されてしまったら、断れるわけがない。

 ――大学歴史博物館特別展示、海のお堂のみほとけのすべて!

 大学博物館の、年に一度の仏像展。学生時代は毎年欠かさず通っていた展示会だが、社会人になってからは足が遠退いていた。学生料金で気軽に通えていたときと異なり、フリーランスで活動しているげんざいは収入も安定せずバイトと節約の日々がつづいている。そのうえ六月はなにかと入り用でお金がかかる。先週もジューンブライドだという学生時代の友人の結婚式にお祝儀を渡して力尽きたのだから。

 そんなカツカツな妹を見かねて、姉はパーティーの代役になってご馳走を食べてこいと甘い言葉でマヒナを言いくるめたのだ。まさか婚カツパーティーだとは思わなかったけどね!

 ――お姉ちゃんはそんな堅苦しいものじゃないから適当に楽しんでこいって言ってたけど、周りのひとたちの目つき、怖いよぉ。

 いちおうパーティーだからと淡い橙色のワンピースを着てきたが、平均年齢三十代前半と思われる婚カツパーティーのなかでは古くさく、浮いている感が否めない。これなら大学の卒業式に着ていたスーツの方がまだ社会人らしかっただろう。周囲の男性は仕事帰りの人間が多いのか、ほとんどが黒やグレーのスーツ姿……あれ、ひとりだけ着物の男性がいる?

「よろしければご一緒しませんか?」

 マヒナが目を向けると、男もまた、彼女へ視線を返す。レトロなワンピース姿の女性が珍しいのだろう、ふふ、と柔らかな笑みを浮かべながら手招きをしてくる。吸い寄せられるように男の隣に行き、マヒナはまじまじと彼を観察した。濃紺の長着に上質な白の角帯、手には脱いだばかりのインバネスコート。そこだけ時間が過去に舞い戻っているような場違い感だが、妙に似合っている。

「アサクラマキナさん?」
「あ、はい!」

 ネームプレートに書かれた名前を読み上げられて、マヒナは慌てて首を振る。いまは姉の代わりにこの場にいるのだ、間違えないようにしないと。
 思わず彼が着ているものをまじまじと見つめてしまったが、彼は嫌な顔ひとつせず、彼女のすきなようにさせてくれた。
 ネームプレートには合川清峰、三十一歳、自営業と記されている。

「俺、アイカワキヨミネっていいます。あの、マキナさんとお呼びしても」
「ええ」

 どこか朴訥としたキヨミネの態度を見て、マヒナもこくりと頷く。周囲のキラキラしているカップルからすれば地味で場違いなふたりだろうが、いまのマヒナにはキヨミネのような男性の方が安心できる。テーブルの上に並べられた料理に舌鼓を打ちながら、ふたりは会話に夢中になっていく。思わず仏像鑑賞が趣味だと口走ってしまったが、彼はそんな彼女にひくこともなく、相槌を打ってくれた。マヒナをやさしく包み込んでくれる彼の姿はまるで仏様のようだ。
 きけば、キヨミネは市内にある寺院の僧侶をしているのだという。寺の名前をきけば、姉がかつて通っていた大学にほど近い場所だ。

「お坊さん?」
「まだ半人前ですけどね。マキナさんらしき女性を以前見かけた気がしたんです。それでつい、声をかけてしまいました」
「そうなんですか」
「女々しいですよね」
「いえ、そんなこと」

 キヨミネはマキナをここではないどこかで見初めていたのだろう、だからマヒナをマキナだと思いながら口説いているのだ。なんだか複雑な気分である。

「プレートに自営業って書かれてるのは……」
「寺の檀家収入だけでは生活できませんから。大学出て修行して住職である父親の跡を継ぐために僧侶になりましたが、ふだんは敷地内にある不動産管理の方を」
「しっかりなさってるのですね」

 大学を出てから就職もせずフリーランスの木工作家として実家に居座っているマヒナとは大違いだ。堅実な姉が彼を見たら、どんな反応をするだろうと思わず考え込んでしまう。

 ――やっぱり結婚を前提にした出会いの場なんだな。

 二十三歳のマヒナははは、と乾いた笑みを浮かべる。それでも彼が自分に向けて話してくれたことが嬉しくて、ついつい自分の推しである海堂尊阿弥陀について語ってしまう。それくらいしか提供できる話題がなかったからなのだが、キヨミネは知ってますよと彼女の話に付き合ってくれた。

「そういえばいま海堂尊の阿弥陀如来が近くの博物館に来てますよね」
「あ、ご存じでしたか! そうなんです、大学博物館の特別仏像展で」
「マキナさんは行かれたのですか?」
「いえ、これからなんです。それで、もし、ご興味がありましたら……」

 マヒナがマキナから入手した大学博物館の歳末展示のチケットを見せると、キヨミネは嬉しそうに首を振る。

「まさかマキナさんの方から誘っていただけるとは思いもしませんでした。喜んで」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

処理中です...