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出会い
しおりを挟む姉に頼まれて出席したパーティーは、まさかの婚活パーティーだった。朝倉蒔名、二十七歳、事務員。偽りのネームプレートを首にかけて、立食形式の会場に牛のように放牧された真雛ははじめての現場を前に身動きがとれずにいる。
そもそも結婚願望があるのは姉のマキナの方で、マヒナにその気はない。だが、マヒナがどうしても行きたいと思っていた美術展のペアチケットを渡されてしまったら、断れるわけがない。
――大学歴史博物館特別展示、海のお堂のみほとけのすべて!
大学博物館の、年に一度の仏像展。学生時代は毎年欠かさず通っていた展示会だが、社会人になってからは足が遠退いていた。学生料金で気軽に通えていたときと異なり、フリーランスで活動しているげんざいは収入も安定せずバイトと節約の日々がつづいている。そのうえ六月はなにかと入り用でお金がかかる。先週もジューンブライドだという学生時代の友人の結婚式にお祝儀を渡して力尽きたのだから。
そんなカツカツな妹を見かねて、姉はパーティーの代役になってご馳走を食べてこいと甘い言葉でマヒナを言いくるめたのだ。まさか婚カツパーティーだとは思わなかったけどね!
――お姉ちゃんはそんな堅苦しいものじゃないから適当に楽しんでこいって言ってたけど、周りのひとたちの目つき、怖いよぉ。
いちおうパーティーだからと淡い橙色のワンピースを着てきたが、平均年齢三十代前半と思われる婚カツパーティーのなかでは古くさく、浮いている感が否めない。これなら大学の卒業式に着ていたスーツの方がまだ社会人らしかっただろう。周囲の男性は仕事帰りの人間が多いのか、ほとんどが黒やグレーのスーツ姿……あれ、ひとりだけ着物の男性がいる?
「よろしければご一緒しませんか?」
マヒナが目を向けると、男もまた、彼女へ視線を返す。レトロなワンピース姿の女性が珍しいのだろう、ふふ、と柔らかな笑みを浮かべながら手招きをしてくる。吸い寄せられるように男の隣に行き、マヒナはまじまじと彼を観察した。濃紺の長着に上質な白の角帯、手には脱いだばかりのインバネスコート。そこだけ時間が過去に舞い戻っているような場違い感だが、妙に似合っている。
「アサクラマキナさん?」
「あ、はい!」
ネームプレートに書かれた名前を読み上げられて、マヒナは慌てて首を振る。いまは姉の代わりにこの場にいるのだ、間違えないようにしないと。
思わず彼が着ているものをまじまじと見つめてしまったが、彼は嫌な顔ひとつせず、彼女のすきなようにさせてくれた。
ネームプレートには合川清峰、三十一歳、自営業と記されている。
「俺、アイカワキヨミネっていいます。あの、マキナさんとお呼びしても」
「ええ」
どこか朴訥としたキヨミネの態度を見て、マヒナもこくりと頷く。周囲のキラキラしているカップルからすれば地味で場違いなふたりだろうが、いまのマヒナにはキヨミネのような男性の方が安心できる。テーブルの上に並べられた料理に舌鼓を打ちながら、ふたりは会話に夢中になっていく。思わず仏像鑑賞が趣味だと口走ってしまったが、彼はそんな彼女にひくこともなく、相槌を打ってくれた。マヒナをやさしく包み込んでくれる彼の姿はまるで仏様のようだ。
きけば、キヨミネは市内にある寺院の僧侶をしているのだという。寺の名前をきけば、姉がかつて通っていた大学にほど近い場所だ。
「お坊さん?」
「まだ半人前ですけどね。マキナさんらしき女性を以前見かけた気がしたんです。それでつい、声をかけてしまいました」
「そうなんですか」
「女々しいですよね」
「いえ、そんなこと」
キヨミネはマキナをここではないどこかで見初めていたのだろう、だからマヒナをマキナだと思いながら口説いているのだ。なんだか複雑な気分である。
「プレートに自営業って書かれてるのは……」
「寺の檀家収入だけでは生活できませんから。大学出て修行して住職である父親の跡を継ぐために僧侶になりましたが、ふだんは敷地内にある不動産管理の方を」
「しっかりなさってるのですね」
大学を出てから就職もせずフリーランスの木工作家として実家に居座っているマヒナとは大違いだ。堅実な姉が彼を見たら、どんな反応をするだろうと思わず考え込んでしまう。
――やっぱり結婚を前提にした出会いの場なんだな。
二十三歳のマヒナははは、と乾いた笑みを浮かべる。それでも彼が自分に向けて話してくれたことが嬉しくて、ついつい自分の推しである海堂尊阿弥陀について語ってしまう。それくらいしか提供できる話題がなかったからなのだが、キヨミネは知ってますよと彼女の話に付き合ってくれた。
「そういえばいま海堂尊の阿弥陀如来が近くの博物館に来てますよね」
「あ、ご存じでしたか! そうなんです、大学博物館の特別仏像展で」
「マキナさんは行かれたのですか?」
「いえ、これからなんです。それで、もし、ご興味がありましたら……」
マヒナがマキナから入手した大学博物館の歳末展示のチケットを見せると、キヨミネは嬉しそうに首を振る。
「まさかマキナさんの方から誘っていただけるとは思いもしませんでした。喜んで」
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