神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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認識の違い。

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 奥宮に潜入してから三日、内務卿はティシューをリリィナの主治医にねじ込んだ。ゲス乳兄弟は難色を示したようだけど、直接クズ王に話を通したらしい。

 そもそもゲス乳兄弟になんであんな権力があるのかって言うと、代々王家に仕える影の一族だからだ。影の一族って言われると、てっきり暗殺とか密偵とかを想像しがちだが(実際俺もそう思った)、奥宮の影を取り仕切る集団で、ざっくり言うとお抱えのお手伝いさんなんである。政治には一切口を出さないけど、王族の私生活は影の一族に牛耳られている。彼らはかなり盲目的に王の血脈を崇めている。

 俺の主治医だった御殿医は、影の一族だった。それを押しのけてティシューがリリィナの主治医になれたのは、クズ王が珍しくゲス乳兄弟の言いなりにならなかったからだ。影の一族に女医はいないらしい。

 ティシューはいい仕事をした。

『愛妾様は悪阻の症状がひどく、お子が危険な状態です。夜のお渡りはお控えください』

 そう言って小間使い用の小部屋に寝泊まりして、二十四時間体制で見守ると宣言する。流石のクズ王も流産しそうだと言われて焦ったのか、ティシューの言うことを聞き入れた。ひとまず安定期までは時間が稼げる。

 実際、切迫流産の兆候があったらしい。最初に乱暴されたとき出血があったらしいんだけど、それってかなり危険な状態だったんじゃないか。前世の奥さんがふたり目を授かったとき、切迫流産で入院したんだ。トイレ以外、ベッドから一歩も出られなかったんだからな!

 クズ王はその出血を破瓜と勘違いして有頂天だったみたいだけど。医療が発達していないこの世界で、リリィナが生きてるのは奇跡だ。流産やお産で、ひとは簡単に死ぬ。

 マジでもげろ。

 去勢だ、去勢。

 クズ王は鍛えてないからな。俺でも一発、殴れないかな。こぶしが砕けるから、上段回し蹴りのほうがいいか? 

「なにか物騒なことを考えていないか?」

「別に」

 侯爵家の俺の私室。居間のソファーで何故かぴったりくっついて座って、ジェムが俺の手を取った。やめろ、スキンシップが激しい。

 トーニャはお義母様の話し相手をしてもらっている。クズ王とゲス乳兄弟の話は、あの子の耳に入れたくない。話し相手コンパニオンのトーニャがいないなら、女中か侍女がいても良さそうだけど、俺たちは籍が入った夫婦だ。遠慮して出て行ってしまった⋯⋯プリーズ・カムバック‼︎

 さりげなく身動いでジェムとの隙間を確保する。コラ、不満げに眉を寄せるな。割と無表情だけど、しばらくそばにいたら、なんとなく感情の機微はわかるようになるもんだ。それは相手にも同じことで、俺がクズ王に対して殺伐とした感情を抱いたのを察したようだ。

「アリスに直接行かせるのは、あれきりだ。あのときは咄嗟のことだったため、妥協した。私の腕で陛下を弑逆するのは造作もないが、まだそのときではない。あなたになにかあっても、すぐに救いに行けるとは限らないのだ」

 言葉に詰まる。そうだ、ヴィッツの腕なら、感情に任せて斬るのは簡単だ。だけど王の血脈が途絶えたら、その瞬間に王国の崩壊が始まるかもしれない。今まで女神の加護で抑えられていた天災が一気に押し寄せる可能性があるんだそうだ。

 王家は外に血を撒かない。花嫁を迎え入れても降嫁はさせないんだ。させても子は産ませない。女神の加護を王家で独占するためだ。血脈が枝分かれしていくと、王家の知らないところで強力な加護持ちが産まれてくる可能性がある。それを未然に防ぐためだ。

 それの弊害は、王族が他国に比べて極端に少ないことだ。クシュナ王には兄弟がいないし、父方の従兄弟もいない。女神の加護を持つ、ただひとりの王。それがクズ王だ。

「なぁ、女神のほうにご機嫌伺いしちゃ駄目かな」

 ふと思った。王族のご機嫌を伺うより、加護を授けてくださった女神ご本人⋯⋯ご本柱か? にアピールしたら駄目なんだろうか?

「神殿で祈祷も繰り返しているし、教会は女神を讃える説法を欠かしていない。だが、神託は未だない」

「なんで神殿? 直接頼めばいいじゃん」

「は?」

「は?」

 びっくりしてこっちを見るから、俺も、びっくりだ。

「直接?」

「え⋯⋯? この世界、神様めっちゃ身近にいるじゃん。シュトレーゼンの領民、大抵子供の頃にイェンに遊んでもらってるよ⁈」

「イェン⋯⋯⋯⋯、女神エレイアの双子の子供神。姉神イェンか?」

「うん」

 獣神ヴォルフの末裔たる獣人族とか、精霊と人間ひとの狭間の民たる妖精族とか、普通にいるし。

 あれ?

 シュトレーゼン領だけ?

「そうか、あなたは真実、ユレの末裔なのだな」

 いや、前々からみんな、そう言ってるじゃないか。だからアリスレアを神輿に担ぐんだろう?

 俺が不思議に思っているのがわかったのか、ジェムが苦笑した。

「王家の加護を神聖視するための作り話、はるか昔のお伽噺。王都では、いや、エーレィエン国内ではそういう認識なのだが」

「シュトレーゼンもエーレィエンの領土だよ。間違いなくユレはシュトレーゼンうち先祖せんそさんと恋に落ちて、人間ひととして生きて亡くなったんだ」

 ユレと先祖さんの息子、二代当主の手記にはラブラブな両親の様子が愛と呆れでもって詳細に綴られている。なにしろ姉神イェンがそれを肯定するので、シュトレーゼンの民はそれを事実として受け止めている。

「⋯⋯では、姉神イェンが頻繁に現れるとして、何故シュトレーゼン伯爵は、イェンにあなたを取り戻すよう願わなかったのだろうか」

 それな。

「⋯⋯神様に人間の時間の概念なんてない。神様規模では三年なんて、瞬きする程度の時間なんだ。多分、会えてないんだよ」

 アリスレアはイェンのお気に入りだったから、クズ王の所業が知れたら、女神エレイアの加護がなくなる前にイェンの怒りで国が滅びそうだ。

「五卿は俺を話に参加させないけど、どうやってクズ王を退位させるつもりなんだ?」

 辛い目にあったアリスレアには、これ以上の負担はかけたくないって気持ちはわかるけど。

「宰相と五卿は陛下を弑逆する方向で進めているのだ。予想される災害を見据えて備蓄を増やしたり、軍部に災害救助の訓練を課したりしている。国境では魔獣の侵入を防ぐための防護壁を建設しているな」

 そっちかぁ。加護を維持するんじゃなくて、加護が失われる前提で計画してるんだな。

「それはそれとして、俺、イェンに会いに行ってこようと思う。て言うか、父上に挨拶もしてないや」

「⋯⋯ッ!」

 あ、ジェムが衝撃を受けている。そう言えば『息子さんを嫁にください』ってイベントやってないね。

「アリス、共に行かせてくれ⋯⋯」

 天下の将軍様がどちゃくそ緊張して真っ青になっていた。

 ぷす。

 ごめん、笑っちゃった。
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