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第一部
跳び族での日々 9
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レフラを取り巻く大人から、日々向けられる焦りや苛立ち。そんな中で女性としての性徴を待ち侘びていたはずだった。
子を成せる胎だけでも存在すれば、務めはどうにか果たせるのだ。黒族との取り決めは子を成せる者であって女性体ではないのだからと、重鎮の老女はそう言っていた。だからレフラ自身もこの状況にホッとして良いはずだった。それなのに心は怯えに震えていた。
女性とも男性とも言えない身体は、受け入れるには歪すぎた。心の内の醜さを具現化されたような状態は、咎を抱えているようだった。それに加えて、大切な何かを失ってしまうような気がしているのだ。一族の為に少しでも喜ぶべきなのに、そんな恐れを抱く自分にレフラは泣きたくなっていた。
「大丈夫だ。通常と違うとは言っても、ちゃんと子を成す事はできる。滅多に無い事ではあっても、それなりに事例はあるからな」
レフラのそんな様子を通常の女性体とは異なる胎への気落ちと思ったのかもしれない。「安心しろ」と医癒者らしい慰めが掛けられた。
そうじゃない。そう思いながらも本当の不安など告げれる訳がない。増していく不安と痛みがレフラの精神を苛んでいく。
「族長もお喜びになるぞ。良かったな」
心は一切伴わないまま、レフラはその言葉に頷いた。
「胎の形成へ影響すると困るからな。あまり強い薬は出せないが、少しは痛みを和らげる薬を出してやる。今日、明日は痛みが強いはずだ。この薬を飲んでここで休んでいろ」
与えられた水薬を飲み干して、レフラが寝台へ横になる。少しでも痛みが減ってくれたらいい。供物でしかない事に気付いたばかりの心はただでさえ疲れ果てていた。それでも折れる訳にはいかないのだから。苛むモノが減ってくれればと思っていた。
だが一向に痛みが弱まる気配はないままだった。レフラには真っ暗な部屋で一晩中、痛みと恐れに震える身体を丸くして堪え続けるしか術はない。『良かったな』と告げた医癒者も、投薬を最後に立ち去ったまま戻っては来なかった。
誰もレフラを振り返らない。それなのに、急激に変わっていく自分の身体さえも、レフラの心を置いていく。
辛い。苦しい。恐い。痛い。
ぐるぐると回り続けるそんな言葉を聞いてくれる人など居ない。そして御饌である自分にはそんな弱音を吐き出す事さえ許されなかった。
別な部屋には怪我をしたイシュカがいるため、その看病に時間を割く必要もあるだろう。仕方ない事だと分かっている。むしろ立ち去る直前に聞こえた医癒者と看護手伝いの女性の会話は。
『まあ、胎が!その痛みでしたら安心ですね!あれはもともと痛みますからね。先日は私の娘も夜中に痛い痛いって訴えて一晩中ずっと摩ってやりましたよ。私も経験がありますけど、あの痛みは嫌ですよ。まぁ、先生には分からないでしょうけどね』
レフラの不調を心配する様子は全くなかったのだから。
命に関わる事ではない。むしろ一族にとっては喜ばしい事なのだ。ただ辛いのはレフラの心の内だけだった。そんな供物の心など意識にさえ上がりはしないのだと気が付いた。
堪えていた涙がついに溢れ出す。
扉の向こうで人が動く気配を感じる夜に、忍び寄る孤独は深かった。供物として誰も寄り添ってくれない孤独の絶望は、飲み込まれてしまえばレフラという自分は消えてしまう気がしてくる。レフラはしがみつくように自分の身体を抱きしめた。
子を成せる胎だけでも存在すれば、務めはどうにか果たせるのだ。黒族との取り決めは子を成せる者であって女性体ではないのだからと、重鎮の老女はそう言っていた。だからレフラ自身もこの状況にホッとして良いはずだった。それなのに心は怯えに震えていた。
女性とも男性とも言えない身体は、受け入れるには歪すぎた。心の内の醜さを具現化されたような状態は、咎を抱えているようだった。それに加えて、大切な何かを失ってしまうような気がしているのだ。一族の為に少しでも喜ぶべきなのに、そんな恐れを抱く自分にレフラは泣きたくなっていた。
「大丈夫だ。通常と違うとは言っても、ちゃんと子を成す事はできる。滅多に無い事ではあっても、それなりに事例はあるからな」
レフラのそんな様子を通常の女性体とは異なる胎への気落ちと思ったのかもしれない。「安心しろ」と医癒者らしい慰めが掛けられた。
そうじゃない。そう思いながらも本当の不安など告げれる訳がない。増していく不安と痛みがレフラの精神を苛んでいく。
「族長もお喜びになるぞ。良かったな」
心は一切伴わないまま、レフラはその言葉に頷いた。
「胎の形成へ影響すると困るからな。あまり強い薬は出せないが、少しは痛みを和らげる薬を出してやる。今日、明日は痛みが強いはずだ。この薬を飲んでここで休んでいろ」
与えられた水薬を飲み干して、レフラが寝台へ横になる。少しでも痛みが減ってくれたらいい。供物でしかない事に気付いたばかりの心はただでさえ疲れ果てていた。それでも折れる訳にはいかないのだから。苛むモノが減ってくれればと思っていた。
だが一向に痛みが弱まる気配はないままだった。レフラには真っ暗な部屋で一晩中、痛みと恐れに震える身体を丸くして堪え続けるしか術はない。『良かったな』と告げた医癒者も、投薬を最後に立ち去ったまま戻っては来なかった。
誰もレフラを振り返らない。それなのに、急激に変わっていく自分の身体さえも、レフラの心を置いていく。
辛い。苦しい。恐い。痛い。
ぐるぐると回り続けるそんな言葉を聞いてくれる人など居ない。そして御饌である自分にはそんな弱音を吐き出す事さえ許されなかった。
別な部屋には怪我をしたイシュカがいるため、その看病に時間を割く必要もあるだろう。仕方ない事だと分かっている。むしろ立ち去る直前に聞こえた医癒者と看護手伝いの女性の会話は。
『まあ、胎が!その痛みでしたら安心ですね!あれはもともと痛みますからね。先日は私の娘も夜中に痛い痛いって訴えて一晩中ずっと摩ってやりましたよ。私も経験がありますけど、あの痛みは嫌ですよ。まぁ、先生には分からないでしょうけどね』
レフラの不調を心配する様子は全くなかったのだから。
命に関わる事ではない。むしろ一族にとっては喜ばしい事なのだ。ただ辛いのはレフラの心の内だけだった。そんな供物の心など意識にさえ上がりはしないのだと気が付いた。
堪えていた涙がついに溢れ出す。
扉の向こうで人が動く気配を感じる夜に、忍び寄る孤独は深かった。供物として誰も寄り添ってくれない孤独の絶望は、飲み込まれてしまえばレフラという自分は消えてしまう気がしてくる。レフラはしがみつくように自分の身体を抱きしめた。
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