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2章-学園入学と大事件-

57話 vsヨシュア

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「ヴオォォーー…!」

変化を終えたヨシュアの咆哮により、部屋の中にいた騎士達に異変が起こる。
ある者は呻き声を上げながら眠り、ある者はあらぬ方向に向かって攻撃を始めた。恐怖に駆られて逃げ出す者、椅子や柱の影に隠れる者までいる。

「あの咆哮、精神状態異常効果があるのか!?
 それにしてもあの姿…もしかして獣化なのかな?」
「いや、先程あやつは『魔物に』と言っておった。
 ならばあれは魔物、つまりは人間を魔物に変える何かしらを施されていたと言う事だろう…
 っと、まずいな。ジラード!お主も一旦こちらに避難しろ!」
「……っ」

正気を保っているのは5人。ジルバとディランの王族組、その横で王族を護るようにして身構えている近衛騎士2人、そしてジラードである。
ヨシュアのすぐ近くで震えながら俯いていたジラードを見て、正気ではあるが突然の変化に対応できていないと見えたのだろう。しかし、ジルバが避難を呼びかけるが反応がない。

「くっ、はは、そうか…俺は捨て駒にされる程度の奴にいいようにしてやられていたのか…今にして思えば道連れなどと回りくどい手を使う必要もなかったではないか。
 まあ、過ぎた事を気にしても仕方ないか…それに魔物ならば…ただ殺せばそれで解決だ!」

そう宣言して一直線にヨシュアへ向かって走る。その目は殺意に染まっていた。
途中で転がっている騎士から剣を借り、動きの鈍いヨシュアを一方的に切り付けていく。
だが、その斬撃は分厚く硬い皮に阻まれてしまい、全くダメージを与える事が出来ていない。が、頭に血が昇っているのか他に方法がないのか、ただひたすらに切り付けている。
幸いにも魔物の姿になったことで知性が失われたのだろう、ヨシュアの攻撃はのしかかりや低空ジャンプからの踏みつけぐらいなものである。それなりに威力はあるものの全て予備動作がある上に攻撃自体も大ぶりなため、咆哮さえ防げればタフなだけで大した強さはなさそうだ。

「チッ、硬いにも程があるな。
 アーツでも傷一つつかんとはな。かろうじて『ピアース』が多少は効いていそうな程度か?
 やはり俺程度の剣技ではダメだな…」

ジラードは別に殺意にのまれているわけではなく、思考自体は冷静なままである。しかし、何故ジラードはダメと分かっていながら攻撃をし続けているのか。それはユリスとの模擬戦で使用したスキル『不退転の決意』のせいである。
あれからまだ1ヶ月経っていないのだ。流石に攻撃を避けることまでは制限されていないが、一旦距離を取るなどの逃避行動は取れないため、仕方なく有効打が無い状態でも攻撃し続けているのだ。謁見の間へ入るに当たり自前の武器も置いてきてしまっている。

「…父上、そういえばジラードくんは今逃げる事が出来ないのでは?」
「ああ…そういえばそうだったか。まああの様子なら大丈夫だろう。
 しかし、あの魔物の特性はデバフ系なのか?先程から魔法の発動も阻害されておるし、力も入れづらい。精神異常は防げたが、デバフ解除のスキルやアーツなど持っておらんし…面倒な。大して強い攻撃もなさそうなのが余計腹立たしい」

ジルバ達も何の理由もなく参戦していないのではない。ジラードは気づいていないが、ヨシュアの咆哮には精神異常以外にもアビリティの低下や、魔法発動の阻害、新たなバフの付与阻害など様々なデバフを付与する効果があったのだ。
故に立場から万が一を考慮して前に出る事が出来ず、遠距離からの魔法での援護も出来ないでいたのだ。
もっとも、危険が少ないと判断した今では別の理由から参戦していないのだが。

「うーん……あ、あった。
 よし、ジラードくん!これを使いな!」

何か使えそうなものはないかと先程から収納を漁っていたディランが投げ渡したのは真っ白な蛇のような鞭であった。模擬戦を見てどのような使い心地なのか試そうと宝物庫から取り出していた物がそのまま入っていたのだ。

「ありがとうございます!」

鞭を受け取ったジラードはすぐさま猛攻を仕掛ける。
剣の時とは違い、腹を中心に至る所で傷ができているためこのまま続けていけば倒せる。
そう希望を抱いたのも束の間…みるみるうちにヨシュアの腹は綺麗な肌へと戻っていってしまう。

「傷が治っているだと…!?
 くそっ、つくづく面倒な奴だ!」
「ふむ…どうやら精神異常にかかった騎士達から魔力を吸い上げて肉体を再生しているようですね。
 父上、流石にジラードくん1人に任せきりなのもいかがなものかと。一気に倒せないと騎士達も危なくなる可能性があります」
「ふむ…あやつ1人で倒せれば功績として扱えるかと思ったのだが、倒し切るのは…!!
 これは…このままではまずいな。マイス、ダン、分かっているな?手伝ってこい」
「「はっ!!」」

ようやく許しを得たとばかりにすぐさま剣を抜いて向かっていく近衛騎士。2人は先程からのジラードの戦いを目の当たりにして、何故自分はあの戦場で、そして彼の隣で戦っていないのかと逸る気持ちを抑えていた。それでも職務を忘れずに飛び出さなかったのは流石は近衛騎士と言うべきだろう。

「ダン、気づいているよな?」
「攻撃力が上がっている事だろう?当然だ」
『2人とも聞こえているかな?ああ、返事は不要だ。
 気づいているとは思うけど解析結果を伝えておく。奴は周囲にいる精神状態異常にかかった者達から魔力を奪って自身の力を高める能力を持っている。
 その結果が先の再生や攻撃力の上昇だ。だが、脅威なのはそれだけでは無い。人間族である頃に受けていた加護の名残なのか奴はステータスを部分的に得ているらしい。加護自体は失われているようだが、傷が出来ていることからHPなどを除いた一部のアビリティは残っていると推測される。
 そのせいで通常の天然魔物よりも肉体強度がかなり高いし、天然魔物よりも魔力での強化効率が遥かに高い。
 多少は好きに戦ってもいいけど、時間をかけすぎるのはまずそうだから早めに頼むよ』

そしてジラードを挟むようにして到着したマイスとダンはジラードにディランの言葉を伝える。

「だが、我々はあくまで君の戦場に手を貸すだけだ」
「好きに戦うといい。私達が合わせよう。希望する動きがあるのなら指示をしてくれても構わない」

いくら近衛騎士といえど王族が直接襲われており、それを守るために強大な魔物と戦うなどというシチュエーションに出くわすことはそうそう無い。というか王族がそこまで前線に出ることも追い込まれることも稀なため、一生に一度あるかどうかというレベルだ。
そしてその強大な敵と対峙しているのは自分達の半分も生きていない子供1人。使用している武器は王国では好まれない物だが、目の前の光景を見てそれを嫌悪するような者は近衛騎士には存在しない。むしろ、不謹慎だとは思いながらもかつて夢に描いていた光景に心躍らせていたのだ。
故に2人がジラードに抱く感情は敬意。あくまでもこの場の主役はジラードで、脇役に過ぎない自分達が指示を仰ぐのは当たり前との対応だ。

「…分かりました。
 では、あいつを一気に仕留めることは可能ですか?
 どうやら私の攻撃ではトドメを刺す事が出来ません。奴を拘束しますので後をお願いします」
「了解した。マイス、“挟閃”をやる。
 右側は頼むぞ。私が後ろから行く」
「オーケーだ。しっかりと合わせろよ?」
「…では、いきます!『スティンガー』からの『スネークバインド』!」

ジラードが振るった鞭の先端が真っ直ぐにヨシュアへと伸びていき肩を貫通。そのままグルグルと絡みつきその体をがっちりと拘束して、動きを止める。

「ダン!行くぞ!」
「よし!くらえ!」
「「『衝波一閃』!」」

そこへ左後ろからはダンが、右前からはマイスが同じアーツを発動してヨシュアの首を挟むようにして斬撃を繰り出す。
衝波一閃は何かに当たると炸裂する斬撃を飛ばすことの出来るアーツだが、わざと飛ばさずに維持する事で斬撃の威力上昇や近距離ではあるが任意のタイミングで放射状に斬撃を炸裂させる事ができる効果に変化するという優秀なアーツだ。
どうやら前後から首を斬り裂いて互いの剣が止まったところで同時に炸裂させて確実に落とそうという作戦のようだ。アビリティやスキル構成が似ている2人だからこそ出来る芸当である。炸裂させるタイミングを間違えるとどちらか遅れた方が敵ごと吹き飛ばされるという危険な連携技なのだ。
そしてその作戦は見事成功し、斬撃の炸裂と同時にヨシュアの首が宙を舞う。
ここまでやれば再生は出来ないだろう…その思考がジラードの力を緩める。しかし、それは明らかな油断であった。後ろから見ていたジルバとディランが注意を促そうとしたその時。首がない状態だというのにヨシュアがジラードの方へ飛びかかってきたのだ。
騎士達は炸裂の反動で後ろに飛ばされ、未だ空中に漂っている。慌てて己の力でどうにか止めようとするが、鞭では落ちてくる巨体を止める手段がなく、逃げることも出来ない。

(碌でもない人生だったが、ヨシュアはもう居ない。こんな俺でも少しは国を護るための役にはたった…よな?)

これで終わりかと足掻きつつも目を閉じて己の死を受け入れたジラード。
だが次の瞬間、鞭から伝わる重量が急に軽くなる。何が起きたのかと開いたその目に映ったのは宙に浮かぶヨシュアの姿と…

「相手の死を確認するまでは油断しないことです…よく覚えておきなさい」

宰相レイト・ファブロの背中であった。
目の前に広がるその背中はジラードにとってとても頼もしく、そして不思議と安心感を与えてくれるものであった。

「王族の守護を目指すなら尚のこと。途中で諦めるなどもってのほかです。
 …『斬締』……分かりましたね?」

そうジラードへ諭すように忠告するレイトは手を握り締めてアーツを発動。すると宙に浮いていたヨシュアの体に無数の裂傷が生まれていき、最終的には細切れになって落ちてくる。
そしてそれらは床に触れる前に黒い靄となって消えてしまうのであった。
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